【帝王霊~捌拾弐~】
文字数 1,068文字
ありがとう、なんてことばは彼には似合わなかった。
もちろん、人から何か施しを得た時は感謝のことばを掛けるのは当たり前だ。しかし、ことに弓永くん相手ではどうもそういうことばが出て来づらい傾向にある。恐らく、自分の中で弓永くんに何か施しをされることに何かしらの抵抗があるからに違いない。
確かに弓永龍という男は尊大で、他者のことなどろくに気を掛けない感じがある。彼の行動の一つひとつに彼なりの行動原理、メリットがあるのではと邪推してしまって、どうも素直に礼をいうことが出来なくなる。そのせいもあって、あたしが彼に最初に掛けたことばはーー
「どうしてここに?」
だった。だが、その答えは当然といっていいほどに彼には不服だったようでーー
「礼より先に質問か?」
と突っ込まれてしまった。あたしは反射的に彼に謝罪のことばをいい、続けて彼に礼をいった。だが、彼は満更でもない様子で相づちを打ってズカズカと室内に入り込んで来たーーだから、あまり礼をいいたくないのだ。
「......で、どうしてここがわかったの?」
改めて訊ね直すと弓永くんは答えた。
「勘だよ」
まったくといっていいほどに答えになっていなかった。この適当な感じは昔からまったく変わっていない。あたしが不満さを全面に押し出して興味なさげに返事をしてやると、弓永くんは弁解するようにことばをついだ。
「おれも成松からいわれたモンでね」
「成松から?」
「そうだ。でも、ソイツじゃない」弓永くんは倒れている成松だったモノをさした。「少なくとも、顔はな」
「どういうこと?」
あたしには皆目ワケがわからなかった。だが、弓永くんは真剣なのかウソをいっているのかわからないような適当なスタンスで、
「お前、山村貞子って知ってるか?」
と訊ねて来た。知ってるも何も、日本で一番有名な幽霊だろう。あたしは映画を観たくらいで詳しいことは知らないけど。
「知ってるよ、でもそれがどうしたの?」
「知ってるっていっても、ビデオテープを観ると呪われて、テレビに映った井戸の映像から画面の外へと出て来るとかそんな程度だろう?」
皮肉めいたモノいいは相変わらずイラッとしたが、こんなところで一々モメている場合でもなかった。あたしは可能な限りの寛大さを胸に、彼のことばに同調した。
「つまり、成松って男は何処にでもいるってことさ」
何をいっているのか、さっぱりだった。と、弓永くんはゆっくりとあたしのほうへと歩み寄って来たかと思うと、今度は突然に持っていた拳銃を佐野に向けた。
「やっと追い詰めた」
弓永くんはニヤリと笑った。
【続く】
もちろん、人から何か施しを得た時は感謝のことばを掛けるのは当たり前だ。しかし、ことに弓永くん相手ではどうもそういうことばが出て来づらい傾向にある。恐らく、自分の中で弓永くんに何か施しをされることに何かしらの抵抗があるからに違いない。
確かに弓永龍という男は尊大で、他者のことなどろくに気を掛けない感じがある。彼の行動の一つひとつに彼なりの行動原理、メリットがあるのではと邪推してしまって、どうも素直に礼をいうことが出来なくなる。そのせいもあって、あたしが彼に最初に掛けたことばはーー
「どうしてここに?」
だった。だが、その答えは当然といっていいほどに彼には不服だったようでーー
「礼より先に質問か?」
と突っ込まれてしまった。あたしは反射的に彼に謝罪のことばをいい、続けて彼に礼をいった。だが、彼は満更でもない様子で相づちを打ってズカズカと室内に入り込んで来たーーだから、あまり礼をいいたくないのだ。
「......で、どうしてここがわかったの?」
改めて訊ね直すと弓永くんは答えた。
「勘だよ」
まったくといっていいほどに答えになっていなかった。この適当な感じは昔からまったく変わっていない。あたしが不満さを全面に押し出して興味なさげに返事をしてやると、弓永くんは弁解するようにことばをついだ。
「おれも成松からいわれたモンでね」
「成松から?」
「そうだ。でも、ソイツじゃない」弓永くんは倒れている成松だったモノをさした。「少なくとも、顔はな」
「どういうこと?」
あたしには皆目ワケがわからなかった。だが、弓永くんは真剣なのかウソをいっているのかわからないような適当なスタンスで、
「お前、山村貞子って知ってるか?」
と訊ねて来た。知ってるも何も、日本で一番有名な幽霊だろう。あたしは映画を観たくらいで詳しいことは知らないけど。
「知ってるよ、でもそれがどうしたの?」
「知ってるっていっても、ビデオテープを観ると呪われて、テレビに映った井戸の映像から画面の外へと出て来るとかそんな程度だろう?」
皮肉めいたモノいいは相変わらずイラッとしたが、こんなところで一々モメている場合でもなかった。あたしは可能な限りの寛大さを胸に、彼のことばに同調した。
「つまり、成松って男は何処にでもいるってことさ」
何をいっているのか、さっぱりだった。と、弓永くんはゆっくりとあたしのほうへと歩み寄って来たかと思うと、今度は突然に持っていた拳銃を佐野に向けた。
「やっと追い詰めた」
弓永くんはニヤリと笑った。
【続く】