【藪医者放浪記~捌拾壱~】

文字数 1,002文字

 腑に落ちない、気の進まないことなどいくらでもあるだろう。

 況してや、江戸で同心を長年勤めた後で、川越に左遷された年長者の斎藤なら余計にそういう場面に出くわして来たに違いない。

 同心の袴をはかない着流し姿というのは、町人たちからは粋に見えたモノだが、斎藤からすれば粋がどうとかはどうでも良かった。ただ、見た目がどうとかよりも、その内情がまとも、或いは少しはマシでさえあれば良かった。だが、それは叶うはずのない現実。

 だからこそ、川越に左遷された時は随分と安心したことだろう。川越も小江戸と呼ばれる将軍のお膝元ではあったが、かといって江戸ほど忙しいワケでもなく、ある種の立身出世から遠ざかった人間が配置されることも多かったようだった。

 だが、斎藤にはそれが逆に心地良かったようだ。江戸で立身出世を望む同僚たちはみな野心が高く、他者を出し抜いてやろうという姿勢が強くて疲れてしまったが、川越ではそういう人がいないとはいわないが、江戸ほど人の欲望は渦巻いておらず、そもそも立身出世だって、江戸へ配属されることを希望して躍起になるにしても、そこまで大きな問題は起きないのだから暇もいいところだった。

 斎藤は門の前へと戻った。そこには困り果てた老人の姿があった。斎藤は顔を歪めたが、すぐにまた神妙な顔つきに戻り、やや早足で老人のほうへと寄って行った。

「足が早いモノ盗りでして、角を曲がった時にはもういなくなっていました。かたじけない」

 そうはいったモノの本当は角を曲がったところで、黒装束の牛野寅三郎が待ち構えており、そしてそのうしろには猿田源之助の姿があったのはいうまでもない。そして、彼らが斎藤に頼んだのはーー

「何とかして老人を帰らせてくれないか?」

 ということだった。確かに仕事の道具がなければ何も出来ないだろう。とはいえ、モノ盗りを正当化するこの策は、斎藤としてはいささか腑に落ちないモノだった。

「そういうことですので、今日のところは宿のほうへお引き取り願えませんか? 道具のほうはわたしが責任を持って探しますので」

 というか、すべてが済んだら猿田から返して貰って、それをただ渡せばいいだけの話だ。斎藤としてもそこら辺の段取りを理解しているからこそ、この話はもう終わったようなモノとして話していた。だがーー

「いや、そういうワケにはいかない!」

 と老人は張り切るばかり。斎藤は静かに溜め息をついた。

 【続く】
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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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