【明日、白夜になる前に~漆拾伍~】

文字数 1,112文字

 疾走する車の中はやけに静かだ。

 車の性能がそうだから、といってしまえばそれまでかもしれない。だが、それ以上に、ぼくには世界から音という音が消え去ってしまったかのように思えて仕方がなかったのだ。

 ぼくは助手席に座っている。対して運転席に座るは、ポニーテールの女性ーー宗方さんだ。女性に運転を任せて何をしているのか、といわれば確かにそうなる。だが、今のぼくが運転なんかすれば、たちどころにふたり揃って黒い革製のバッグに容れられることとなるだろう。

 それくらいにぼくのこころは荒れた海のようになっていた。

「大丈夫ですか?」

 宗方さんの問いに対し、ぼくはうんといって頷く。だが、現実はその逆。大丈夫なことなどこれっぽっちもない。ぼくは深海に漂う藻くずのように重くも宙ぶらりんな精神状況にあった。というのもーー

「......そうですか」

 宗方さんは納得するどころか、何処か悲しそうな様子でそういう。でも、今のぼくに彼女を気遣う余裕なんかこれっぽちもない。恐怖、不安、緊張。ネガティブな感情が次から次へとぼくのこころのドアをノックしてくる。ぼくはそれを必死に無視しようするも、ノックの音だけでなく、ドアの外からはぼくのマインドを罵倒する声が聴こえて来るのだ。

「......ひとつだけ、いいですか?」

 今にも消え入りそうな声で宗方さんはいう。ぼくはその先を話すよう、簡単な相槌を打って促す。宗方さんはすぐには話さない。余程話しづらい内容なのだろう。まぁ、こんな空気の中で話し出すとなると、何を話すにも神妙な重圧に押し潰されてしまいそうになるのはいうまでもないだろう。

 結局、彼女は何もいわず、気づけば目的地へと着いてしまっていた。駐車場にて車が停まり、エンジンが切れても、ぼくはシートベルト外さずにただ座っていた。彼女のほうを横目で見る。彼女はうつむき今にも泣きそうになっている。ぼくはそんな彼女を見ていられなかった。ぼくは大きくため息をついて彼女に微笑み掛けながら口を開いた。

「知ってる? 辛く苦しい夜は真っ暗で先が見えないけど、そこに大切な人がいれば、真っ暗な夜も白夜のように明るく美しくなるんだよ。確かに今のぼくのこころは暗闇の中にあるのかもしれない。でもね、キミといれば、そんな暗闇も明るく美しく見えるんだ。だから、心配しないでよ」

 自分でも何をいっているのかと思った。彼女も彼女でハッとしてこちらを見る。ぼくは何だか、恥ずかしくなってしまった。でも、今はそれどころではない。まだやるべきことが残っている。

 明日、白夜になる前に、終わらせなければならないことがある。

 ぼくはシートベルトを外し、車のドアに手を掛けたーー

 【続く】
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み