【冷たい墓石で鬼は泣く~参拾捌~】

文字数 1,166文字

 死がすぐそこに来ている時、すべての動きがゆっくりと感じられるらしい。

 多分、その時のわたしもそんな感じだったに違いない。手のひらは汗でグッショリと濡れ、肩は岩石のように固くなっていた。今、そこにある景色、光景がとてもゆっくりと動いているように思えた。

 多分ではあるが、そもそもわたしが確認出来る範囲で何も動いていなかったからこそ、そう思えたのかもしれない。 

 薄暗い部屋ーーそこは殆どのモノが端に追いやられた広い蔵の中で、明かりといえば小さな火がボウッといくつか灯っているだけ。非常に視界の悪い場所だった。まずここで死んだら、暗い闇から抜け出すことは一生出来ないであろうと思わせるには充分だった。

 自分の心ノ臓がドクンッと音を立てるのを聞いた。そしてその鼓動はわたしの中で響き渡った。目が震えていた。自分の目に見えている光景そのモノが震えていた。今まで緊張した経験はイヤになるほどあったが、ここまで酷い緊張は初めてだった。

 逃げたい。

 逃げ出したい。

 今ならもしかしたら逃げることが出来るかもしれない。わたしは辺りを見回した。だが、そこにはたくさんの下っぱヤクザに親分とその側近たちが不敵な笑みを浮かべてこちらを眺めていた。わたしはまるでなぶり殺しにされることを期待される闘鶏の鶏のようだった。そして、その対面にいる鶏はとてつもなく狂暴な爪を持っていた。

 馬乃助ーーその表情はまるで争うことを望んでいるかのよう。刀に手を掛けるどころか筒袖の中に腕をしまって余裕を見せていた。いくらそれなりの期間あっていなかったとはいえ、馬乃助がわたしよりも剣の腕を鈍らせているなどとは考えられなかった。

「さっさと始めようか」

 親分がいった。わたしはまるで処刑場にて両腕をうしろで縛られ、視界は白く覆われ、斬首を待つ下手人のような気分になった。そして気づいた時にはわたしの首は下に落ち、すべての意識は消えているだろう。

 馬乃助は刀を抜こうとしなかった。それどころか、筒袖から手を抜こうともしなかった。

「どうした?」親分が馬乃助に訊ねた。

「先に抜いたら分が悪ぃんでね」

 そう。刀は基本的に先に刀身を見せたほうが責任を被らなければならない。何故抜いたのか、そこに正しさは認められるか。色々な面倒が待ち構えている。だが、それ以上に馬乃助はわたしが先に抜き、仕掛けて行っても負けるワケがないと踏んでいたに違いない。わたし程度の相手なら、恐らく刀など抜かなくても勝てるだろう。

「おう、そうか」親分は納得すると、今度はわたしに向かっていった。「おい、さっさと刀抜け」

 親分がいっても、わたしは簡単には刀を抜けなかった。が、それをキッカケに三下どもが喚き出した。もう逃げられない。わたしはゆっくりと刀に手を掛け、抜き出した。

 刀はいつも以上に重かった。

 【続く】
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み