【藪医者放浪記~百拾壱~】
文字数 590文字
ゆっくりと障子を開けると、そこには夕闇の薄暗さしかなかった。
ここまで数部屋覗いて来たが、順庵の振りをしてきた男の姿はなかった。一体何処へ行ったというのだ。確かに松平邸は広くたくさんの部屋があるが、この混乱で全体があたふたしている時に遠く適当な部屋まで行くには、人の通りが多すぎる。通りゆく給士や従者たちに話を聞くもみな、
「知らない」
「見てない」
「誰だそれは」
というばかり。この旗本の屋敷の中で、ーー失礼を承知でいうがーーあのようなみすぼらしい格好をしていれば必ず目立つ。あの男がそこらの廊下、縁側を歩いていれば、まず目を引くし、下手すれば狼藉者として従者に止められるだろう。現に犬吉は松平天馬と関わりを持ち、それが表向きの理由とはいえ周りにも認知されているにも関わらず、未だに止められるくらいだ。今日来たばかりのみすぼらしい男が止められないワケがないだろう。更にいえば仮に止められたとしたら、この人が行き来している中で誰かが見ているだろうし、止めた者も少なくはないだろう。
しかし、誰ひとりとしてあの男の姿を見た者がいないとなれば、考えられるのは、あの男はそう遠くへは行っていない。
ふと、源之助はハッとした。まさかーー源之助は呟き、おもむろに足を踏み出し始めた。まさか、そんな簡単には。しかし、そのもしかしたらが本当に起きたとしたらーー
源之助の表情が強張った。
【続く】
ここまで数部屋覗いて来たが、順庵の振りをしてきた男の姿はなかった。一体何処へ行ったというのだ。確かに松平邸は広くたくさんの部屋があるが、この混乱で全体があたふたしている時に遠く適当な部屋まで行くには、人の通りが多すぎる。通りゆく給士や従者たちに話を聞くもみな、
「知らない」
「見てない」
「誰だそれは」
というばかり。この旗本の屋敷の中で、ーー失礼を承知でいうがーーあのようなみすぼらしい格好をしていれば必ず目立つ。あの男がそこらの廊下、縁側を歩いていれば、まず目を引くし、下手すれば狼藉者として従者に止められるだろう。現に犬吉は松平天馬と関わりを持ち、それが表向きの理由とはいえ周りにも認知されているにも関わらず、未だに止められるくらいだ。今日来たばかりのみすぼらしい男が止められないワケがないだろう。更にいえば仮に止められたとしたら、この人が行き来している中で誰かが見ているだろうし、止めた者も少なくはないだろう。
しかし、誰ひとりとしてあの男の姿を見た者がいないとなれば、考えられるのは、あの男はそう遠くへは行っていない。
ふと、源之助はハッとした。まさかーー源之助は呟き、おもむろに足を踏み出し始めた。まさか、そんな簡単には。しかし、そのもしかしたらが本当に起きたとしたらーー
源之助の表情が強張った。
【続く】