【藪医者放浪記~玖拾玖~】

文字数 682文字

 牛野寅三郎の足取りは重かった。

 それもそうだろう。寅三郎の立場からいえば、今やっていること自体、彼に求められていることの範囲を余裕で超えていた。そもそもが部外者であり、本来の仕事は武田藤十郎の世話役であるにも関わらず、今ではそれをほっぽり出して、仕えるはずのない松平天馬の元に起きた問題を解決しようとしている。

 ふた手に分かれると猿田源之助にいわれた時は、寅三郎の表情もそこまで乗り気ではなかった。というも、そもそもが彼の領分を超えており、出しゃばっても、その果てに失敗しても非難されるばかりになり得るからだ。

 寅三郎という男は元々そこまで真面目な人間でもないし、器用でもなかった。まぁ、真面目は真面目なのだが、兎に角要領が悪く、どんなに時間を掛けようと、頑張ろうとそこまでの結果は出せなかった。

 殆ど唯一といっていい特技は手裏剣を投げることで、サムライとして肝となる刀の扱いに関しては、その積みに積んだ経験によってある程度のところまでは上手くなったが、結局のところ、そこまででしかなかった。

 寅三郎さんは表門のほうをお願いいたしますーーそう猿田にいわれた時は自分でいいのかといわんばかりの戸惑いを見せた。そもそも表門のところにいるのは半分ボケてしまったような老人に同心の斎藤。まず相手が斎藤の時点で猿田が行ったほうが話は早い。とはいえ、邸内のことを寅三郎が見に行くのは可笑しいし、妥当といえば妥当なのだが。

 また声が聞こえた。今度は女の声だった。思わず立ち止まる。一体、何が起きている。

 寅三郎は静かに溜め息をつき、そして重い足取りで再び歩き出した。

 【続く】
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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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