【ウィズアウト・スクール】
文字数 1,968文字
学校がないのは嬉しいというか退屈というか。
正直、勉強は好きではないし、生活安全係の仕事のプレッシャーから解放されている。オマケに昼間なのに学校に行かなくていいというのはとても気楽でいいもんだ。自室に閉じ籠っていても文句もいわれないしね。
とはいえーーとはいえ、である。
いざ時間を持て余して家にいても、何もやることがない。録り溜めていた映画放送を観るとか、積んでいる小説を読むとか、やれることは案外あるとはいえ、急にナーバスな状況から解放されると、変な興奮状態にあるせいか、落ち着いて何かを観賞する気にもなれない。
アクション映画を流し観しながら何かをやるのならまだしも、文芸的な作品をゆったりと観たいかといわれるとそれはノー。だが、無駄に時間は持て余している。スマホで動画配信を観ていても、何だか落ち着かないのだ。
もはや何をやるにしても集中が続かない。
メッセージアプリを開いてみても、誰からも新規のメッセージは来ていない。それもそうだろう。年末ともなれば、それぞれの家庭にそれぞれの事情がある。親の実家に帰ったり、その他、家の用事だったり色々ある。
だが、うちはそんな特殊な事情はない。実家は母さんが埼玉で、父さんは千葉だけど、千葉のほうの実家は父さんとあまり関係が良くないとのことで殆ど帰ったことはない。埼玉の実家も、同じ川澄市内にあるせいで、特段帰ったような気にもならないし、何ならこっちが行くどころか、向こうから来ることもあって、大した変化もない。それに、この年にもなると、じいちゃんばあちゃんに会えることにワクワクするということもなく、結局ふたりが来ても、ぼくは付き合いでその場にただ座っているか、宿題のふりして部屋にこもるかしかない。
身体が沸き立つよう。とにかく退屈でたまらない。ぼくはコートに袖を通し、スマホを片手に家を出た。
川澄通り商店街は相変わらずの賑やかさ。昼間だというのに、人はバカみたいに多い。同じ年代はもちろん、自分より少し上であろう人たちの姿もたくさんある。みんな、学校も終わって時間潰しに勤しんでいるのだろう。だが、ぼくと彼らには圧倒的な差がある。それはーー
ぼくはひとりで、彼らはふたり以上ということだ。
年末だというのに、よく予定が合ったモノだ。まぁ、ぼくも誰かと遊びたいかといわれると、そんな気分でもなかったのだけど。
ただ、人通りの多いストリートをひとりで歩いていると、余計に自分のシングルさが際立って感じられるから困る。ブルートゥースイヤホンを通じて流れてくるハードロックのサウンドはホットではあったが、その熱さが逆にぼくの中にある寒気を浮き彫りにしているようだった。
「おう、シンゴ」
唐突に聴こえた聞き慣れた声に、ぼくは振り返る。
いずみだった。長野いずみは同じ演劇部の一年生だ。クラスは違うけれど、ぼくが演劇部に入る切っ掛けを作ったのは、紛れもない彼女だった。まぁ、そのことに関してはまた改めて話すとするよ。
「あぁ、どうしたんだよ」イヤホンを外しながらいう。
「何つうかさぁ、暇で仕方なくてさ」いずみは同士を見つけて安心したとでもいわんばかりにいう。「てか、お前も暇なら遊びに誘えよな」
「そんなさぁ、年末なんて何処の家も忙しいんだから、気使うだろ」
「......まぁ、そうだな。あたしの家もあたし以外はバタついてるし」
「だろ?」
「だろ? じゃなくてさ、お前、少し人に気使いすぎなんじゃね? そんなんじゃ、生活安全係でやってけねえだろ」
いずみはぼくが生活安全係で、ぼくが受け持っている仕事のこともよく知っている。だからこそ堂々とこんなことがいえるのだ。
「まぁ、そうだけどさ」
「お前、もっと自分を大事にしろよ。まるで人の目をうかがってるみたいで情けねえってかさ。ちょっと強気に出たくらいで離れて行くヤツなんて友達じゃねえんだし、本当の友達なら何があっても離れはしねえんだから」
ぼくは少し黙り、それから相槌を打つ。
「いずみはさ」ぼくはいう。「何があっても友達でいてくれるか?」
「あー、うるせえな。いちいち確認すんなよ。お前とあたしが友達だなんて、いって確認しなくったって......」
いずみはそこで黙りこくってしまった。その横顔は少し赤く、バツが悪そうに見える。ぼくはいずみの顔を覗き込むようにいう。
「いずみ? 大丈夫かよ?」
「うるせえな」いずみは自分の顔を隠すように、顔を叛ける。「......そんなことより、お前、このあと暇か?」
ぼくはぶっきらぼうにいういずみのことばに呆気に取られながらも、頷く。いずみは依然として顔を叛けたままーー
「......ちょっと付き合え」
ぼくはそのことばに一瞬驚いたが、その意味を理解して、フッと笑い頷く。
ぼくは暇を持て余した同士と歩き出した。
正直、勉強は好きではないし、生活安全係の仕事のプレッシャーから解放されている。オマケに昼間なのに学校に行かなくていいというのはとても気楽でいいもんだ。自室に閉じ籠っていても文句もいわれないしね。
とはいえーーとはいえ、である。
いざ時間を持て余して家にいても、何もやることがない。録り溜めていた映画放送を観るとか、積んでいる小説を読むとか、やれることは案外あるとはいえ、急にナーバスな状況から解放されると、変な興奮状態にあるせいか、落ち着いて何かを観賞する気にもなれない。
アクション映画を流し観しながら何かをやるのならまだしも、文芸的な作品をゆったりと観たいかといわれるとそれはノー。だが、無駄に時間は持て余している。スマホで動画配信を観ていても、何だか落ち着かないのだ。
もはや何をやるにしても集中が続かない。
メッセージアプリを開いてみても、誰からも新規のメッセージは来ていない。それもそうだろう。年末ともなれば、それぞれの家庭にそれぞれの事情がある。親の実家に帰ったり、その他、家の用事だったり色々ある。
だが、うちはそんな特殊な事情はない。実家は母さんが埼玉で、父さんは千葉だけど、千葉のほうの実家は父さんとあまり関係が良くないとのことで殆ど帰ったことはない。埼玉の実家も、同じ川澄市内にあるせいで、特段帰ったような気にもならないし、何ならこっちが行くどころか、向こうから来ることもあって、大した変化もない。それに、この年にもなると、じいちゃんばあちゃんに会えることにワクワクするということもなく、結局ふたりが来ても、ぼくは付き合いでその場にただ座っているか、宿題のふりして部屋にこもるかしかない。
身体が沸き立つよう。とにかく退屈でたまらない。ぼくはコートに袖を通し、スマホを片手に家を出た。
川澄通り商店街は相変わらずの賑やかさ。昼間だというのに、人はバカみたいに多い。同じ年代はもちろん、自分より少し上であろう人たちの姿もたくさんある。みんな、学校も終わって時間潰しに勤しんでいるのだろう。だが、ぼくと彼らには圧倒的な差がある。それはーー
ぼくはひとりで、彼らはふたり以上ということだ。
年末だというのに、よく予定が合ったモノだ。まぁ、ぼくも誰かと遊びたいかといわれると、そんな気分でもなかったのだけど。
ただ、人通りの多いストリートをひとりで歩いていると、余計に自分のシングルさが際立って感じられるから困る。ブルートゥースイヤホンを通じて流れてくるハードロックのサウンドはホットではあったが、その熱さが逆にぼくの中にある寒気を浮き彫りにしているようだった。
「おう、シンゴ」
唐突に聴こえた聞き慣れた声に、ぼくは振り返る。
いずみだった。長野いずみは同じ演劇部の一年生だ。クラスは違うけれど、ぼくが演劇部に入る切っ掛けを作ったのは、紛れもない彼女だった。まぁ、そのことに関してはまた改めて話すとするよ。
「あぁ、どうしたんだよ」イヤホンを外しながらいう。
「何つうかさぁ、暇で仕方なくてさ」いずみは同士を見つけて安心したとでもいわんばかりにいう。「てか、お前も暇なら遊びに誘えよな」
「そんなさぁ、年末なんて何処の家も忙しいんだから、気使うだろ」
「......まぁ、そうだな。あたしの家もあたし以外はバタついてるし」
「だろ?」
「だろ? じゃなくてさ、お前、少し人に気使いすぎなんじゃね? そんなんじゃ、生活安全係でやってけねえだろ」
いずみはぼくが生活安全係で、ぼくが受け持っている仕事のこともよく知っている。だからこそ堂々とこんなことがいえるのだ。
「まぁ、そうだけどさ」
「お前、もっと自分を大事にしろよ。まるで人の目をうかがってるみたいで情けねえってかさ。ちょっと強気に出たくらいで離れて行くヤツなんて友達じゃねえんだし、本当の友達なら何があっても離れはしねえんだから」
ぼくは少し黙り、それから相槌を打つ。
「いずみはさ」ぼくはいう。「何があっても友達でいてくれるか?」
「あー、うるせえな。いちいち確認すんなよ。お前とあたしが友達だなんて、いって確認しなくったって......」
いずみはそこで黙りこくってしまった。その横顔は少し赤く、バツが悪そうに見える。ぼくはいずみの顔を覗き込むようにいう。
「いずみ? 大丈夫かよ?」
「うるせえな」いずみは自分の顔を隠すように、顔を叛ける。「......そんなことより、お前、このあと暇か?」
ぼくはぶっきらぼうにいういずみのことばに呆気に取られながらも、頷く。いずみは依然として顔を叛けたままーー
「......ちょっと付き合え」
ぼくはそのことばに一瞬驚いたが、その意味を理解して、フッと笑い頷く。
ぼくは暇を持て余した同士と歩き出した。