【マキャベリスト~暗中~】

文字数 2,477文字

「なるほど、そういうことか」大鳩博人は朝食代わりのポテトチップスをボリボリ噛み砕きながらいった。「で、要件ってのは?」

 弓永は眠たげな大鳩にはお構い無しといった調子でスマホの画面を提示しながら答えた。

「このアドレスからのメール、大丈夫か?」

 大鳩はウェットティッシュで手を拭い、弓永からスマホを受け取ると、目を消え掛けの半月のようにして画面をじっと眺めた。

「大丈夫かって、ウイルスが、か?」

 弓永が肯定すると、大鳩は、

「……まぁ、もしこの手のメールでウイルスを仕込むとしたら特定のURLを踏ませるか、添付ファイルを開くのがポピュラーなやり方で、胡散臭い相手からのメールは基本的に開かないのが一番なんだが……、相手のことはよくわからねぇんだろ?」

「まぁな。わかってるのは、ヤーヌスの社長を殺した容疑が掛かってること、利害が一致すればこっちをサポートをするってことだ」

 大鳩は唸った。

「だとしたら、その佐野って女はアンタをサポートしようとしてんじゃないか? 保障はないけどさ。まぁ、待ってな」

 大鳩は自分のゲーミングPCと弓永のスマホを同期し、PCの解析ソフトを立ち上げた。

「まぁ、大丈夫だとは思うけど、一応な」

 数秒で解析は終了した。結果は異常なし。

「悪いな」弓永はいった。

「アンタに礼をいう能力があったのか、驚きだな。そんなことより、早く中身を見てみろよ」

 大鳩に促され、弓永は佐野から届いたメールを開いた。が、そこに書いてあったのは、ただの住所だけだった。所在地は五村の駅近くのビルだった。弓永は住所を読み上げ、大鳩に解析を依頼し、大鳩はサーチを始めた。

「ーーなぁ、日谷学習塾って知ってるか?」弓永は知らないと答えた。「五村市駅近くにある個人経営の学習塾だ。カバーしているのは中学から高校まで。どうやらその住所はこの塾のことを指してるらしいぜ」

 日谷学習塾、そこと武井愛が何か揉めているというのか。仮にそうだとして、ならばどうして佐野が出しゃばってくるのだろうか。

「てことは、この日谷塾ってところはヤーヌスと関係があるってことか」

「いや、ビルの所有者や塾長、その他関係者の中にも成松の名前は見当たらないな。まぁ、ヤツが死んでもう二年だし、看板外されてても当たり前なんだけどさ。ヤツに関連する誰かの名前もなさそうだぜ」大鳩はPCを操作しながらいった。

「じゃあ、何で」弓永はPCのモニターを凝視した。「この塾のシステムにハッキングできるか?」

 大鳩は専用のソフトウェアを使って日谷塾のシステムにアクセスを試みた。が、

「一見すると可笑しな点はないけど、ひとつロックされてるファイルがあるな」

「生徒の個人情報や成績じゃないか?」

「どうだろうな。特にそんな風には思えないけど。取り敢えず、コードブレイクにはちょっと時間が掛かりそうだな。こっちは平行してやってく。他には何かあるか?」

 弓永は少し考えてから、

「武井のパソコンにアクセスしてくれないか?」

 大鳩は武井の事務所の位置を検索し、それからパソコンのほうへアクセスした。データベースの中にはこれまでの依頼内容や報告書のデータが残されていた。弓永はその中からここ一ヶ月程の依頼の確認を頼んだ。

「……最後に依頼があったのは一週間前か。飼い猫の捜索だとさ。それと、ちょっとした行方調査が二件。どちらも解決してる」

「まさか、ネコが猫を探す事件は関係ねぇだろ。それより、その行方調査ってのは?」

 その行方調査はどちらも関係がなさそうなものだった。片方は、四〇代の男性。失踪理由は不倫相手との駆け落ちで、不倫相手と中部地方にて密かに暮らしていたとのことだった。

 もう片方は十代の少女で、失踪理由は勉強したくないからとのこと。ただ、この理由が正確かどうかはわからない。

 というのも、彼女が発見されたのは従兄弟の青年の家で、その青年も彼女の両親には連絡はせず、かつ不思議なのは両親も警察ではなく、わざわざ探偵である武井に依頼をしたことだ。ここから推察できるのは、この家庭は世間体を気にしがちで、夫婦関係が冷えきっているか、親と少女の関係性が崩壊しているか、だ。

「うーん、この二件が武井の失踪と関係してるとは思えねぇな。まぁ、かたや子供ってこともあるし、この日谷塾と関係しているかもしれないし、ちょっと目を見張っててくれ」

「あいよ」

「朝っぱらから済まなかったな」

「いいよ。昨日は思うように結果も出なかったし、今日も夕方起きて動画の編集したら、また生配信するだけだから」

 大鳩博人は五年前、大学生の時にゲーム実況を始め、現在は動画の広告収入とメンバーシップ、配信中の投げ銭及びゲームに関する個人ビジネスだけで充分に生活していけるだけの収入を得ていた。

 ただ、その裏の顔は凄腕のハッカーで、依頼があるとゲーム配信の合間の時間を使ってハッキングをし、クライアントの欲しがっている情報を高値で取引していた。

「そうか。ゲーム配信ってのも大変そうだな」

「そうでもねぇよ。軌道には充分乗れてるし、人気に翳りが出たとしても、新しく展開するビジネスプランは用意してある」

「そうか。その様子だと、生活に困ることなんかねぇだろ」

「金銭的には、な」

「金銭的には?」

「あぁ、ウイルスが蔓延ろうが、おれには大した問題じゃない。食事は宅配サービスを利用すればいいし、必要なモノはネットショッピングで買えばいい。でも、何か……満たされない」

「そんなモンかね」弓永は呆れ半分にいった。「まぁ、たまには外出て散歩でもすればいいんじゃないか? 日光を浴びないと鬱になるぞ」

「やっぱ、そうなんかね……」

「そうさ。じゃ、改めてーー」

「弓永」大鳩は去ろうとする弓永に呼び掛けた。「もし暇だったら、また、来てくれよ」

 大鳩の申し出に対し、弓永は鼻で笑って見せた。

「おれがここに来るのは、仕事の依頼をする時だけだ。まぁーー」弓永は懐からハンカチを取り出し、床に投げた。「あとは、忘れ物を取りに来る時ぐらい、だな」

 弓永はそういって大鳩の部屋を跡にした。

 【続く】

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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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