【帝王霊~参拾弐~】
文字数 2,625文字
悲鳴は轟く。
平穏を切り裂くヒステリックな響きは、五村のストリートを一気に凍りつかせる。ざわめく野次馬。通行人も足を止めたり、歩を緩めながらその様子を伺っている。
ストリートの真ん中では激しく口論する声が響いている。名前を呼ぶ声がする。
「……あ?」舌打ち。「……何だよ?」
面倒くさそうに弓永は早歩きで寄っていう。
「この人に痴漢されたんですッ!」
とゴブリンのような容姿をしたオバサンが誰かの手を取って叫ぶ。その手の主は、
祐太朗だった。
祐太朗は一見してウンザリしているとわかるほどに表情を歪めている。
「だからぁ……」
「だから何だっていうのッ! アンタがわたしのお尻を触ったのは事実じゃないのッ!?」
時が止まる。祐太朗も弓永も、周りのギャラリーたちもみな、そのことばにザワつく。
「いや、だからぁ……」
「警察よぉッ! 警察を呼んでぇッ! この男、変態につきッ!」
わめくオバサンの姿に、ギャラリーの殆どは祐太朗へ同情の眼差しを送る。弓永はそんなことはお構いなしに爆笑する。
「おい、お前あまりにモテなさ過ぎて、こんなクリーチャーで妥協することにしたのか」
「んなワケねぇだろ。いいから助けろ」
「まッ! クリーチャーって何ですの! アナタ、わたしのことを侮辱するつもりッ!?」
「残念だけど、冤罪だよ。オバサン」と弓永は含み笑いをして続ける。「だって、こいつ、女に興味ないからな!」
またもや時が止まる。かと思いきや、辺りはドッとした笑いに包まれる。オバサンはあからさまに動揺している。祐太朗は、
「おい、それだとおれと一緒に行動してるお前はそういうヤツってことになるぞ」
「はぁ? おれにだって人を選ぶ権利はあるんだよ。それにおれはノンケだしな」弓永は尚も品のない笑い声を上げる。
笑う弓永にため息をつく祐太朗。そんな中、ひとり取り残されたオバサンは歯軋りをし、
「まったく! 何だっていうのッ! ねぇ、誰か警察呼んでぇーッ!」
「うるせぇぞババア」と弓永。
「ヴァヴァア、ですってぇーッ!?」
「そうだよ、ババア。このマヌケの性癖がどうかは別にしてもな。テメェみてぇなゴブリン面のババアのケツを触りたいヤツなんか世界中何処にもいるワケねぇだろ」
ゴブリン面のババアというワードでギャラリー数人が遠巻きに吹き出す。
「おい、止めとけよ……」祐太朗が弓永を止めに入る。
「うるせぇな。こんな自意識が高いだけが取り柄の公害みたいなバカに下手に出る理由なんか何処にもないだろ」
「まぁ、チンピラよぉ! 誰か警察ぅ! 警察ぅ!」
と弓永は「うるせぇな……」と懐から警察手帳を取り出しオバサンに見せる。オバサンはその手帳を見て一瞬ギョッとするが、手帳を見てフッと笑って見せると、
「こ、こんなの偽物よぉ! 手帳なのに手帳の形してないわぁッ!?」
「ドラマの観すぎなんだよ。今の警察手帳は縦折りで、手帳の形はしてないんだよ」
「ウソよッ! 身分詐称よ! 誰かァッ! 助けてッ! チンピラに殺されるぅ!」
突然、オバサンの左アゴが歪む。オバサンの首がとんでもない方向に向き、そのままコンクリートの上に大の字になって倒れ込んでしまう。オバサンは頭を打ち、口から泡を吹きながら身体を微かに痙攣させている。
「老害が。黙って寝てろ!」
弓永は奮った右手の拳に走ったダメージを振り払うように、何度か振る。祐太朗は居心地悪そうに顔を歪めるばかり。
「お前、どうすんだよ、これ……」
「仕方ないだろ。警察が来たら来たでキーキーいいやがって。こんなゴミ処理のために国家権力の手をわざわざ煩わせる必要ねえだろ」
「どうなされました?」
ふたりがそんなやり取りをしている内に制服姿の警察官が二名ほどやって来る。が、その光景は異様も異様。周りを取り囲むギャラリーにその真ん中にはふたりの男と倒れて痙攣しているゴブリンのようなオバサン。
警察官ふたりは倒れたオバサンを見て絶句し、弓永のほうを見て、
「どうか、されたんですか……?」
「あ?」威圧的に弓永。「痴漢冤罪だよ」
「はぁ……」
「このアホ面が、ここで寝てる肝硬変みたいな面したババアのケツを触ったとかで冤罪掛けられてな」
「はぁ、で、冤罪という証拠は……?」
弓永はそう質問してきた警察官をにらみつける。にらまれた警官はその獲物を見つけた蛇のような禍々しい視線にビクつく。
「お前はこのゴブリンの尻を触りたいか?」
「い、いえ……」弓永の視線がもうひとりのほうを向く。「まったく……ッ!」
警官のストレートないいぐさにギャラリーたちがドッと笑い出す。
「お前ら、それは流石に失礼なんじゃないか?まぁ、でもこれで冤罪な確定か。じゃあ、あとは任せた。行くぞ穀潰し」そういって弓永はその場を去ろうとする。
「あのぉ……」警官のひとりが去ろうとする弓永に声を掛ける。「アナタは……?」
立ち止まる弓永。
「あ?」
「だから、勝手に去られると困るんですよ。色々とお訊きしたいこととかもありますし」
弓永はズカズカとふたりの警官のもとへ近寄り、懐から警察手帳を取り出して見せる。
「これを見せたら手帳型じゃないから偽物だ、警察を呼ぶって騒ぎ出したから公務執行妨害で張り倒した。何か文句あるか?」
「……ちょっと拝見」
ふたりは弓永の手帳を受け取り改め、無線で連絡を取る。が、その表情は見る見る内に引き吊って行く。そして、確認が終わると手を震わしながら弓永に手帳を返す。
「失礼、致しました!……弓永警部補」
「わかればいいさ。で、そっちのバカ面はおれのツレだ身分はおれが保証する。じゃあ、後は頼んだぞ、若い衆」
と、弓永はその場を後にする。祐太朗もすぐについて行く。祐太朗は苦虫を噛み潰したよう。
「あれ、大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ。悪いのは向こうだし、思い切り脳が揺れてんだから何が起きたか覚えてねえだろうしな。まぁ、頚椎やってたらそれどころじゃないだろうけどな」爆笑する弓永。
「……だから、それがどうかってことだよ」
「お前もビビりだな。大丈夫だよ。何かあったら最初におれがいわれるんだからな。ま、何かあったらお前に罪なすりつけて逃げるけどな」
「はぁ? ふざけんなよ」
「冗談だよ、マヌケ」
「……で、何処なんだよ?」
「あ?」
「例の」
「……あぁ、地獄だよ」
ストリートの喧騒がいっぺんに消えたようだった。
【続く】
平穏を切り裂くヒステリックな響きは、五村のストリートを一気に凍りつかせる。ざわめく野次馬。通行人も足を止めたり、歩を緩めながらその様子を伺っている。
ストリートの真ん中では激しく口論する声が響いている。名前を呼ぶ声がする。
「……あ?」舌打ち。「……何だよ?」
面倒くさそうに弓永は早歩きで寄っていう。
「この人に痴漢されたんですッ!」
とゴブリンのような容姿をしたオバサンが誰かの手を取って叫ぶ。その手の主は、
祐太朗だった。
祐太朗は一見してウンザリしているとわかるほどに表情を歪めている。
「だからぁ……」
「だから何だっていうのッ! アンタがわたしのお尻を触ったのは事実じゃないのッ!?」
時が止まる。祐太朗も弓永も、周りのギャラリーたちもみな、そのことばにザワつく。
「いや、だからぁ……」
「警察よぉッ! 警察を呼んでぇッ! この男、変態につきッ!」
わめくオバサンの姿に、ギャラリーの殆どは祐太朗へ同情の眼差しを送る。弓永はそんなことはお構いなしに爆笑する。
「おい、お前あまりにモテなさ過ぎて、こんなクリーチャーで妥協することにしたのか」
「んなワケねぇだろ。いいから助けろ」
「まッ! クリーチャーって何ですの! アナタ、わたしのことを侮辱するつもりッ!?」
「残念だけど、冤罪だよ。オバサン」と弓永は含み笑いをして続ける。「だって、こいつ、女に興味ないからな!」
またもや時が止まる。かと思いきや、辺りはドッとした笑いに包まれる。オバサンはあからさまに動揺している。祐太朗は、
「おい、それだとおれと一緒に行動してるお前はそういうヤツってことになるぞ」
「はぁ? おれにだって人を選ぶ権利はあるんだよ。それにおれはノンケだしな」弓永は尚も品のない笑い声を上げる。
笑う弓永にため息をつく祐太朗。そんな中、ひとり取り残されたオバサンは歯軋りをし、
「まったく! 何だっていうのッ! ねぇ、誰か警察呼んでぇーッ!」
「うるせぇぞババア」と弓永。
「ヴァヴァア、ですってぇーッ!?」
「そうだよ、ババア。このマヌケの性癖がどうかは別にしてもな。テメェみてぇなゴブリン面のババアのケツを触りたいヤツなんか世界中何処にもいるワケねぇだろ」
ゴブリン面のババアというワードでギャラリー数人が遠巻きに吹き出す。
「おい、止めとけよ……」祐太朗が弓永を止めに入る。
「うるせぇな。こんな自意識が高いだけが取り柄の公害みたいなバカに下手に出る理由なんか何処にもないだろ」
「まぁ、チンピラよぉ! 誰か警察ぅ! 警察ぅ!」
と弓永は「うるせぇな……」と懐から警察手帳を取り出しオバサンに見せる。オバサンはその手帳を見て一瞬ギョッとするが、手帳を見てフッと笑って見せると、
「こ、こんなの偽物よぉ! 手帳なのに手帳の形してないわぁッ!?」
「ドラマの観すぎなんだよ。今の警察手帳は縦折りで、手帳の形はしてないんだよ」
「ウソよッ! 身分詐称よ! 誰かァッ! 助けてッ! チンピラに殺されるぅ!」
突然、オバサンの左アゴが歪む。オバサンの首がとんでもない方向に向き、そのままコンクリートの上に大の字になって倒れ込んでしまう。オバサンは頭を打ち、口から泡を吹きながら身体を微かに痙攣させている。
「老害が。黙って寝てろ!」
弓永は奮った右手の拳に走ったダメージを振り払うように、何度か振る。祐太朗は居心地悪そうに顔を歪めるばかり。
「お前、どうすんだよ、これ……」
「仕方ないだろ。警察が来たら来たでキーキーいいやがって。こんなゴミ処理のために国家権力の手をわざわざ煩わせる必要ねえだろ」
「どうなされました?」
ふたりがそんなやり取りをしている内に制服姿の警察官が二名ほどやって来る。が、その光景は異様も異様。周りを取り囲むギャラリーにその真ん中にはふたりの男と倒れて痙攣しているゴブリンのようなオバサン。
警察官ふたりは倒れたオバサンを見て絶句し、弓永のほうを見て、
「どうか、されたんですか……?」
「あ?」威圧的に弓永。「痴漢冤罪だよ」
「はぁ……」
「このアホ面が、ここで寝てる肝硬変みたいな面したババアのケツを触ったとかで冤罪掛けられてな」
「はぁ、で、冤罪という証拠は……?」
弓永はそう質問してきた警察官をにらみつける。にらまれた警官はその獲物を見つけた蛇のような禍々しい視線にビクつく。
「お前はこのゴブリンの尻を触りたいか?」
「い、いえ……」弓永の視線がもうひとりのほうを向く。「まったく……ッ!」
警官のストレートないいぐさにギャラリーたちがドッと笑い出す。
「お前ら、それは流石に失礼なんじゃないか?まぁ、でもこれで冤罪な確定か。じゃあ、あとは任せた。行くぞ穀潰し」そういって弓永はその場を去ろうとする。
「あのぉ……」警官のひとりが去ろうとする弓永に声を掛ける。「アナタは……?」
立ち止まる弓永。
「あ?」
「だから、勝手に去られると困るんですよ。色々とお訊きしたいこととかもありますし」
弓永はズカズカとふたりの警官のもとへ近寄り、懐から警察手帳を取り出して見せる。
「これを見せたら手帳型じゃないから偽物だ、警察を呼ぶって騒ぎ出したから公務執行妨害で張り倒した。何か文句あるか?」
「……ちょっと拝見」
ふたりは弓永の手帳を受け取り改め、無線で連絡を取る。が、その表情は見る見る内に引き吊って行く。そして、確認が終わると手を震わしながら弓永に手帳を返す。
「失礼、致しました!……弓永警部補」
「わかればいいさ。で、そっちのバカ面はおれのツレだ身分はおれが保証する。じゃあ、後は頼んだぞ、若い衆」
と、弓永はその場を後にする。祐太朗もすぐについて行く。祐太朗は苦虫を噛み潰したよう。
「あれ、大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ。悪いのは向こうだし、思い切り脳が揺れてんだから何が起きたか覚えてねえだろうしな。まぁ、頚椎やってたらそれどころじゃないだろうけどな」爆笑する弓永。
「……だから、それがどうかってことだよ」
「お前もビビりだな。大丈夫だよ。何かあったら最初におれがいわれるんだからな。ま、何かあったらお前に罪なすりつけて逃げるけどな」
「はぁ? ふざけんなよ」
「冗談だよ、マヌケ」
「……で、何処なんだよ?」
「あ?」
「例の」
「……あぁ、地獄だよ」
ストリートの喧騒がいっぺんに消えたようだった。
【続く】