【西陽の当たる地獄花~死拾漆~】

文字数 1,756文字

 まばゆい日差しがささやかにせせらぐ川面に反射して美しく輝いている。

 牛馬。精悍な顔つき。着物をはだけさせて、ただひたすらに『神殺』を振っている。その振りはブレることなく正確で、その一手いってが確実に仮想敵の急所を捉えている。

 身体はよく絞られながらも、盛り上がっている。引き締まった身体。ほどよくついた筋肉。肉体はノミで刻まれたように凹凸が出来ており、一切の無駄がない。

 あの神の軍勢と奥村新兵衛との殺し合いから数年が経っていた。以来、牛馬はひたすらに自分の肉体をいじめ抜いた。大地獄の幻想を自らの手で操作し、そこに架空の武士を作り上げることで己を鍛錬していた。しかも、牛馬はそれをこの数年間毎日続けていた。

 大地獄の天気というのは、基本的にその人物の精神的な様相がそのまま反映される。つまり、精神的に荒れていれば天気は荒れ、安定していればちょうどいい気候に晴れた空となる。

 いってしまえば、あの神の軍勢と奥村との勝負の時は、牛馬のこころは荒れていたということだ。こころは荒れ、悲しみが暴風雨となって吹き荒れていたということだ。

 逆に気持ちが感情が荒ぶっていながらも何処か冷淡であれば、常に乾いたような気候となり、安定しつつ冷淡であれば、空気は冷える。これまでの牛馬の感情が丸っきり天候となって現れていた、ということだ。

 そして今は真っ白な太陽が輝き、その日差しが河原の草原を照らしている。暑すぎず、寒くはないちょうどいい気候。まさに牛馬の気持ちは晴れ渡っていた。

 神殺を鞘に納め、地面に置く牛馬。と、そこに架空の人形が現れる。黒く、顔のない丸腰の架空の存在が、牛馬の前に立ちはだかる。

 飛び掛かってくる人形。が、牛馬は人形の飛び掛かる力を利用し受け流し、逆に投げ返して地面に叩きつける。

 架空の存在とはいえ、これまで大地獄の幻影の中で斬ってきた存在と同様に、その手応えは確かに存在するようで、人形の手を、身体をしっかりと掴む感触と、その重みは牛馬の身体にしっかりと掛かっているようだった。

 地面に叩きつけられた人形は背中から落ちて弾み、そのまま身体は砂に変わって消失する。

 と、次から次へと人形は現れ、牛馬は向かってくる人形をちぎっては投げを繰り返す。

 続いて刀や槍、棒を持った人形が現れる。

 得物を持った人形たちが襲い掛かってくる。その一撃をかわすと、牛馬は受け身を取りながら地面を回転し、置いておいた神殺を手に取ると、すぐさま鞘を投げ捨て抜刀する。

 襲ってくる人形。が、牛馬は慌てることなくその攻撃を捌き、神殺で人形の腹を、袈裟を、顔面を叩き斬っていく。

 すべての人形たちが土に返るのに、大した時間は必要なかった。一瞬で充分だった。

 牛馬は静かに息を吐く。肩を上下させ、その場に佇む。とそこに、

 足音が聴こえる。

 ガサッという草を踏み締める音。

 牛馬の視線が鋭く光る。が、その表情にはもはや猟奇的な趣はない。ただ、そこにはひとつのことに執着するひとりの男の精悍な顔がある。そんな牛馬の顔が険しくなる。

 まるで蜃気楼、陽炎のように揺れる地平線からふたつの影が近づいてくる。

 片方は小さく、片方は大きい。牛馬の顔には、もはや残酷な笑みはなく、あるのは緊張感と真剣味のある硬い表情だけだった。

 揺れる影の片割れ、小さなその影が少しずつ形を伴って明らかになっていく。

 小さな影は悩顕だった。

「待たせたな」

 牛馬の前で足を止めると悩顕はいう。と、牛馬はニヤリと笑っていい返す。

「待ちくたびれたぜ」

「それも仕方ないだろう。何にせよ、わたしの力でも、主の力でもこればかりはどうにもならん。だが、これで主との約束は果たした」

「まだだろ」

「まだ……?」

「あぁ。テメェは今から立会人としてこの場に立ち合って貰わなきゃならねぇのさ。何故ならこれが、おれの最期なんだからな」

 そういって牛馬はもうひとつの揺れる影のほうを見る。黒、というか紺色の揺れる影が少しずつその姿を明らかにしていく。

 紺色の着物に黒の袴。淡青色の柄巻の刀に総髪の髪を金属の髪留めでうしろへ撫で付けた姿。がっしりとした身体に業が刻まれた顔。

 牛馬はささやかに笑う。

 男は口を真一文字に結んだまま、牛馬の前で立ち止まる。その男は、

 猿田源之助だった。

 【続く】
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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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