【西陽の当たる地獄花~捌~】
文字数 2,118文字
極楽の門の先は生前に牛馬が見ていた川越の景色と特には変わらない。
一見してそこが極楽だとは誰も思わないだろう。だが、鬼水がいうにはーー
「極楽、地獄関係なく門を潜った先の幾分かは、あの世界と似たような景色にしてあるんです。というのも、門の先が極楽か地獄かを人々に悟らせないためです。仮に地獄に堕ちても、ある程度のところまで行ってしまえば、逃げ出せなくなりますからね」
鬼水の話に牛馬は興味もなさそうに反応しつつも、鬼水は尚もーー
「加えて、見慣れたような景色を見せることで、安心させる目的もあるんです」
「はぁ、なるほどな」鼻をほじる牛馬。「でもよ、現世ーーここからしたらあの世かーーがヘドが出るほどに嫌いなヤツだっているだろうに。そういうヤツのことは無視か」
「それもそうですが、そういう人でもそこに辿り着くまでが夢だとでも思うことでしょう」
極楽門に入って幾分かの距離を進む。牛馬と鬼水は極楽行きの者たちの列を引き連れて歩く。列の者たちの顔からは緊張感が漂っている。みな、自分が極楽か地獄か、どちらに行くかをわかっていないのだから、それもそうかもしれない。
「で、これからどうするんだ? ずっと、この列にくっついているワケにもいかないだろ」
「まずは『極楽院』に行くことですね」
「極楽院?」
「極楽の最高機関だと思って下さい。極楽に送られて来る者はまず、極楽院にて住む場所を決められることになっているのです」
「もしかして、神に、か?」
「いえ。神はそんなことはしません。住む場所を決めるのは極楽界の中級役人です。上級役人以上は極楽の政をするのが役目ですから」
「それじゃあ、どうしろっていうんだ?」
「まず、わたしたちがすべきなのは、極楽院に潜り込むことです」
「何だよそれは、まったく何も考えてねぇんじゃねぇか」
「残念ながら。というのも、極楽院内を自由に行き来できるのは、中級役人以上です」
「何だよ、閻魔のジジイは入ったことねぇのか」
「そうです。地獄は極楽より格下ですから。身分でいえば、閻魔様は極楽の中級役人程度でしかなく、かつ極楽からのことづけは極楽から使者ーーそれも極楽の下級役人の仕事ですからね」
「何だよ。閻魔の野郎も舐められたもんだな」
「そこで、です。まず、極楽の役人の付き添いで中に入り、そこでーー」
鬼水のいうことに、牛馬は不敵に笑う。
それから更に半時ほど歩くと、見慣れたような景色から、現世では見られないような美しい景色が見られるようになった。
水は濁ることなく美しく、空は雲ひとつない。道は美しい花に囲まれ、花の甘い香りが道ゆく者たちに幸福をもたらす。真っ白な鳩が飛び、タヌキやキツネ、犬や猫がそこら辺を駆け回っている。だが、そのどれもが現世で見られたような野良の荒んだ様子は見られない。
「極楽にも獣はいるんだな」
「えぇ。しかも、そのどれもが人とことばを交わすことができる」
「ことばを? 喋れるのか?」
「えぇ。しかも互いが互いを殺し合うことなく、無限に湧く木の実を食べて生活しているため、死肉がそこらを転がることもありません」
「何だよそりゃ。なら別にいうことなしじゃねぇか。閻魔のジジイがおれに仕事を頼んだワケがまったくもってわからんね」
「その理由も、すぐにわかると思います。少なくとも、あなたのような自我の塊のような人には生きづらい世界だと思います」
「ケンカ売ってんのか?」
「そ、そんなことは……」鬼水が遠くを指差す。「ほ、ほら、街が見えて来ましたよ」
一行の水晶体極楽の街が姿を現す。それはまるで平安京のように幻想的で格調高く見える。建物のどれもが綺麗で、粗末な建物はまったく見られない。それは大名屋敷のような大きな邸宅はもちろん、いわゆる長屋のような平住まいでも同様だった。
「長屋があるじゃねぇか」
「えぇ。それも賃金は無用。住人が増えるほどにその規模は格調されます」
「まったくもって理想的だな。つくづくおれが罪な人間に思えてくる」呆れる牛馬。
一行が街に入ると、閻魔の手下たちの誘いによって、列は高貴な街並みを進んで行く。
豪奢な屋敷と屋敷の間を歩き、いつしか一行は非常に大きな門の前へと辿り着く。その高さはゆうに五重の塔を超えるほど。
「着きました。これが『極楽院』の門です」
「バカみたいにデカいな」
「ここまで大きければ上から侵入することは出来ませんから。まぁ、それをする者も、しようとする者もいませんがーー少々お待ちを」
そういって鬼水は門の脇に密かについている戸を二度、三度叩く。
「何者だ」戸の向こうから声が聴こえる。
「奉行の閻魔殿の遣いで来ました。極楽への新たな入居者をお連れしました」
鬼水がそういうと、少しして戸が開く。中からは白を基調にしつつ、金色の線が袈裟や様々な部位に入った服を纏った坊主頭の者が、
「入りなさい」
と、一行に入るように指示をする。
「何だよ、こんな大層な門を構えておいて、入る場所はこんなチンケな戸なのか」
「新たな入居者を入れるのに、この門全体を開ける必要はないですからね。この門が開くのは、神に纏わる何かがある時だけです」
牛馬は不敵に笑う。
「……神に纏わること、ねぇ」
【続く】
一見してそこが極楽だとは誰も思わないだろう。だが、鬼水がいうにはーー
「極楽、地獄関係なく門を潜った先の幾分かは、あの世界と似たような景色にしてあるんです。というのも、門の先が極楽か地獄かを人々に悟らせないためです。仮に地獄に堕ちても、ある程度のところまで行ってしまえば、逃げ出せなくなりますからね」
鬼水の話に牛馬は興味もなさそうに反応しつつも、鬼水は尚もーー
「加えて、見慣れたような景色を見せることで、安心させる目的もあるんです」
「はぁ、なるほどな」鼻をほじる牛馬。「でもよ、現世ーーここからしたらあの世かーーがヘドが出るほどに嫌いなヤツだっているだろうに。そういうヤツのことは無視か」
「それもそうですが、そういう人でもそこに辿り着くまでが夢だとでも思うことでしょう」
極楽門に入って幾分かの距離を進む。牛馬と鬼水は極楽行きの者たちの列を引き連れて歩く。列の者たちの顔からは緊張感が漂っている。みな、自分が極楽か地獄か、どちらに行くかをわかっていないのだから、それもそうかもしれない。
「で、これからどうするんだ? ずっと、この列にくっついているワケにもいかないだろ」
「まずは『極楽院』に行くことですね」
「極楽院?」
「極楽の最高機関だと思って下さい。極楽に送られて来る者はまず、極楽院にて住む場所を決められることになっているのです」
「もしかして、神に、か?」
「いえ。神はそんなことはしません。住む場所を決めるのは極楽界の中級役人です。上級役人以上は極楽の政をするのが役目ですから」
「それじゃあ、どうしろっていうんだ?」
「まず、わたしたちがすべきなのは、極楽院に潜り込むことです」
「何だよそれは、まったく何も考えてねぇんじゃねぇか」
「残念ながら。というのも、極楽院内を自由に行き来できるのは、中級役人以上です」
「何だよ、閻魔のジジイは入ったことねぇのか」
「そうです。地獄は極楽より格下ですから。身分でいえば、閻魔様は極楽の中級役人程度でしかなく、かつ極楽からのことづけは極楽から使者ーーそれも極楽の下級役人の仕事ですからね」
「何だよ。閻魔の野郎も舐められたもんだな」
「そこで、です。まず、極楽の役人の付き添いで中に入り、そこでーー」
鬼水のいうことに、牛馬は不敵に笑う。
それから更に半時ほど歩くと、見慣れたような景色から、現世では見られないような美しい景色が見られるようになった。
水は濁ることなく美しく、空は雲ひとつない。道は美しい花に囲まれ、花の甘い香りが道ゆく者たちに幸福をもたらす。真っ白な鳩が飛び、タヌキやキツネ、犬や猫がそこら辺を駆け回っている。だが、そのどれもが現世で見られたような野良の荒んだ様子は見られない。
「極楽にも獣はいるんだな」
「えぇ。しかも、そのどれもが人とことばを交わすことができる」
「ことばを? 喋れるのか?」
「えぇ。しかも互いが互いを殺し合うことなく、無限に湧く木の実を食べて生活しているため、死肉がそこらを転がることもありません」
「何だよそりゃ。なら別にいうことなしじゃねぇか。閻魔のジジイがおれに仕事を頼んだワケがまったくもってわからんね」
「その理由も、すぐにわかると思います。少なくとも、あなたのような自我の塊のような人には生きづらい世界だと思います」
「ケンカ売ってんのか?」
「そ、そんなことは……」鬼水が遠くを指差す。「ほ、ほら、街が見えて来ましたよ」
一行の水晶体極楽の街が姿を現す。それはまるで平安京のように幻想的で格調高く見える。建物のどれもが綺麗で、粗末な建物はまったく見られない。それは大名屋敷のような大きな邸宅はもちろん、いわゆる長屋のような平住まいでも同様だった。
「長屋があるじゃねぇか」
「えぇ。それも賃金は無用。住人が増えるほどにその規模は格調されます」
「まったくもって理想的だな。つくづくおれが罪な人間に思えてくる」呆れる牛馬。
一行が街に入ると、閻魔の手下たちの誘いによって、列は高貴な街並みを進んで行く。
豪奢な屋敷と屋敷の間を歩き、いつしか一行は非常に大きな門の前へと辿り着く。その高さはゆうに五重の塔を超えるほど。
「着きました。これが『極楽院』の門です」
「バカみたいにデカいな」
「ここまで大きければ上から侵入することは出来ませんから。まぁ、それをする者も、しようとする者もいませんがーー少々お待ちを」
そういって鬼水は門の脇に密かについている戸を二度、三度叩く。
「何者だ」戸の向こうから声が聴こえる。
「奉行の閻魔殿の遣いで来ました。極楽への新たな入居者をお連れしました」
鬼水がそういうと、少しして戸が開く。中からは白を基調にしつつ、金色の線が袈裟や様々な部位に入った服を纏った坊主頭の者が、
「入りなさい」
と、一行に入るように指示をする。
「何だよ、こんな大層な門を構えておいて、入る場所はこんなチンケな戸なのか」
「新たな入居者を入れるのに、この門全体を開ける必要はないですからね。この門が開くのは、神に纏わる何かがある時だけです」
牛馬は不敵に笑う。
「……神に纏わること、ねぇ」
【続く】