【数字の定義は崩れない】
文字数 2,771文字
ちょっとした不注意が命取りになることがある。
これはおれもしょっちゅうやってしまうのだけど、自分がそうだと思っていることが実はとんでもない間違いだということは多い。
特にやらかしがちなのが、思い込みによる失敗だ。
そもそも人間は自分の信じたいモノを信じる傾向にある生き物だ。まぁ、傾向というよりは殆どそうなると考えていいのだろうけど、やはり誰だって自分に不都合なことは信じたくないだろうし、想定もしたくはないだろう。
ただ、この世には基本的に絶対ということはない。自分の思考や偉い人、知識人の考えというモノがパーフェクトだとは決していえないし、絶対的な概念やシステムというのも存在しないーーいくつかのモノを除いては。
そう、例外的に、あるいくつかのモノに関しては絶対的な信頼を寄せてもいいと思うモノがあるとおれは思っている。まぁ、そのいくつかのモノというのも、その中のあるひとつの絶対的な概念によって支配されているのだけど。
では、その「あるひとつの絶対的な概念」とは何なのか。それはーー
数字だ。
これは算数、数学と置き換えてもいいけど、残念なことにこの世はすべて数字に支配されている。
この世にはあらゆる支配者や権力者、宗教、政治的信条、主義、あらゆる概念があるが、そのすべても数字の元には絶対的に服従せざるを得ないとおれは思っている。
数学における定理は学術であり芸術だ。それはいってしまえば、この世の真理をひとつ解き明かした証である。そんなモノが美しくないワケがない。
よく、数学なんて社会に出たら役に立たないという意見を聴くが、その殆どは所詮、数学が苦手な人の負け惜しみでしかない。
数学ができるということは数字に強いということ。そう、この世は数字で出来ている。そんな世界で数学が役に立たないということは絶対に有り得ない。
さて、そんなことをいいつつも実は数学が苦手な五条氏ではあるけれど、今日はそんな数学の話に加えて、不注意から起きたとあるミスの話をしていこうと思う。まぁ、数学的要素は薄いと思うけどーー
あれは高校三年のこの時期のことだった。
まぁ、高三のこの時期のことといった時点で、受験の話だろって思った人はかなり勘が良くて、まさにその通りだ。
その日は都内にある某私立大の受験日だった。とはいえ、この日の受験で既に四校目で、それまでに受けた三校もすべて合格済みだったこともあって精神的にはかなり余裕があった。
ついでにいえば、おれは昔からどちらかというとテストが好きだったこともあって緊張なんかしなかった。テストが好きだった理由?ーー退屈な授業を受けなくていいから。
そんなワケで、その日も朝早くに起きて、いつも通りに朝食を取り、電車で試験会場となる大学まで向かったのだ。
試験会場に着くと試験開始まで最後の勉強に取り組んだ。ほんと、この試験開始までの数分に何をするかで結果が大きく変わってしまうからこそテストは面白い。
時間になり試験官から試験に関係ない参考書等はすべて仕舞うようにいわれ、従った。
その場にいる受験生全員が試験に関係ないモノを仕舞ったことを確認すると、試験官はテスト用紙を配り始めた。
自分の目の前に計算用紙をはじめ、問題用紙とマーク方式の解答用紙が配られた。おれは問題用紙の表紙から透けて見える情報から問題を想像しつつ、試験が開始されるのを待った。
腕時計を確認する試験官。そして数分後、試験官の口から試験の開始がアナウンスされた。その場にいたすべての受験生が一斉に問題用紙の一ページ目を捲る。
何てことのない問題だった。大学受験の数学の試験は最初の大問に基礎的な計算問題が出題されることが多いが、この時もそうだった。
小問を難なく解き終え、次の大問へ。有りがちな図形問題だった。おれは一旦問題を解くのを止め、残りの大問の数を確かめた。
四つーー無難といえば無難な数。となると普通にやっていても変な躓きがない限りは全然間に合うだろう。プラス最初の基礎問題以外はすべて基本的な図形問題で、見た感じからして何てことのない感じだった。
おれは再度問題を解き始めた。やはり躓く要素はひとつもなかった。問題ひとつにつき、わら半紙の一部を計算で黒く塗り潰し、解答が出たらマークをひとつ塗り潰していく。
大問のふたつ目も難なくこなし、大問三へ。これもどうということもなく、最後の大問へとたどり着いた。が、これも難しくはなかった。
一応補足しておくと実は大学受験における数学、物理、化学というのは、出題パターンが殆ど決まっていて、基本的なやり方さえわかっていれば応用問題も結構解けてしまうのだ。
だから特段おれが勉強できるとかそういうことはなく、要は基本的なやり方さえ抑えていれば、どの大学のテストも結構似たようなモノなので、どれもある程度は解けてしまうのだ。
そんなこんなで最後の大問も難なくクリアした時には時間も残り五分になっていた。
五分か。なら、ちょっとした見直しができるな。そんな感じで、おれは大問一からざっと見直しをし始めた。が、おれはとんでもないことに気づいてしまったのだ。何とーー
大問一のラストからマークシートの解答がひとつズレていたのだ。
数学でマークシートというとピンとこない人もいるだろうから説明すると、「1+1=」という式を解く問題があるとすると、これが、「1+1=①」となっていて、この①の項目に答えの数字である2をマークするパターンがある。
そして、もうひとつは、「5√2/3」みたいな解答が予め「⑥√⑦/⑤」のように記述してあり、⑤、⑥、⑦にそれぞれ、3、5、2をマークするというパターンなのだけど、
このマークがひとつでもズレれば、以降の答えがすべて合わなくなるワケだ。
もう血の気が引いたよな。
仮に大問2から4までをパーフェクトに正答したとしても、マークがひとつズレただけで大惨事になるんだから。
とはいえ、おれは残り五分弱という時間の中で何とか下のマークをトレースしてズレた解答を埋めていったのだ。そして、
試験が終了した。
が、焦りもあって結果的にマークの修正は半分もできなかったよな。
その後も英語と物理で何とか点を稼げば何とかなると信じて試験に取り組んだんだけどーー
普通に不合格だったよな。
正直、大学受験に関しては殆ど心残りはないのだけど、唯一このマークミスに関しては心残りだったりする。
仮にこの大学に合格していても、地方の三流大へ進学していただろうけど、だとしてもこのミスだけは今でも忘れられないでいる。
これを読んでいる受験生のみんなもマークミスにはお気をつけーーてか、こんな文章読んでないで勉強しなさい。
ちょっとした不注意にはご注意を。
アスタラビスタ。
これはおれもしょっちゅうやってしまうのだけど、自分がそうだと思っていることが実はとんでもない間違いだということは多い。
特にやらかしがちなのが、思い込みによる失敗だ。
そもそも人間は自分の信じたいモノを信じる傾向にある生き物だ。まぁ、傾向というよりは殆どそうなると考えていいのだろうけど、やはり誰だって自分に不都合なことは信じたくないだろうし、想定もしたくはないだろう。
ただ、この世には基本的に絶対ということはない。自分の思考や偉い人、知識人の考えというモノがパーフェクトだとは決していえないし、絶対的な概念やシステムというのも存在しないーーいくつかのモノを除いては。
そう、例外的に、あるいくつかのモノに関しては絶対的な信頼を寄せてもいいと思うモノがあるとおれは思っている。まぁ、そのいくつかのモノというのも、その中のあるひとつの絶対的な概念によって支配されているのだけど。
では、その「あるひとつの絶対的な概念」とは何なのか。それはーー
数字だ。
これは算数、数学と置き換えてもいいけど、残念なことにこの世はすべて数字に支配されている。
この世にはあらゆる支配者や権力者、宗教、政治的信条、主義、あらゆる概念があるが、そのすべても数字の元には絶対的に服従せざるを得ないとおれは思っている。
数学における定理は学術であり芸術だ。それはいってしまえば、この世の真理をひとつ解き明かした証である。そんなモノが美しくないワケがない。
よく、数学なんて社会に出たら役に立たないという意見を聴くが、その殆どは所詮、数学が苦手な人の負け惜しみでしかない。
数学ができるということは数字に強いということ。そう、この世は数字で出来ている。そんな世界で数学が役に立たないということは絶対に有り得ない。
さて、そんなことをいいつつも実は数学が苦手な五条氏ではあるけれど、今日はそんな数学の話に加えて、不注意から起きたとあるミスの話をしていこうと思う。まぁ、数学的要素は薄いと思うけどーー
あれは高校三年のこの時期のことだった。
まぁ、高三のこの時期のことといった時点で、受験の話だろって思った人はかなり勘が良くて、まさにその通りだ。
その日は都内にある某私立大の受験日だった。とはいえ、この日の受験で既に四校目で、それまでに受けた三校もすべて合格済みだったこともあって精神的にはかなり余裕があった。
ついでにいえば、おれは昔からどちらかというとテストが好きだったこともあって緊張なんかしなかった。テストが好きだった理由?ーー退屈な授業を受けなくていいから。
そんなワケで、その日も朝早くに起きて、いつも通りに朝食を取り、電車で試験会場となる大学まで向かったのだ。
試験会場に着くと試験開始まで最後の勉強に取り組んだ。ほんと、この試験開始までの数分に何をするかで結果が大きく変わってしまうからこそテストは面白い。
時間になり試験官から試験に関係ない参考書等はすべて仕舞うようにいわれ、従った。
その場にいる受験生全員が試験に関係ないモノを仕舞ったことを確認すると、試験官はテスト用紙を配り始めた。
自分の目の前に計算用紙をはじめ、問題用紙とマーク方式の解答用紙が配られた。おれは問題用紙の表紙から透けて見える情報から問題を想像しつつ、試験が開始されるのを待った。
腕時計を確認する試験官。そして数分後、試験官の口から試験の開始がアナウンスされた。その場にいたすべての受験生が一斉に問題用紙の一ページ目を捲る。
何てことのない問題だった。大学受験の数学の試験は最初の大問に基礎的な計算問題が出題されることが多いが、この時もそうだった。
小問を難なく解き終え、次の大問へ。有りがちな図形問題だった。おれは一旦問題を解くのを止め、残りの大問の数を確かめた。
四つーー無難といえば無難な数。となると普通にやっていても変な躓きがない限りは全然間に合うだろう。プラス最初の基礎問題以外はすべて基本的な図形問題で、見た感じからして何てことのない感じだった。
おれは再度問題を解き始めた。やはり躓く要素はひとつもなかった。問題ひとつにつき、わら半紙の一部を計算で黒く塗り潰し、解答が出たらマークをひとつ塗り潰していく。
大問のふたつ目も難なくこなし、大問三へ。これもどうということもなく、最後の大問へとたどり着いた。が、これも難しくはなかった。
一応補足しておくと実は大学受験における数学、物理、化学というのは、出題パターンが殆ど決まっていて、基本的なやり方さえわかっていれば応用問題も結構解けてしまうのだ。
だから特段おれが勉強できるとかそういうことはなく、要は基本的なやり方さえ抑えていれば、どの大学のテストも結構似たようなモノなので、どれもある程度は解けてしまうのだ。
そんなこんなで最後の大問も難なくクリアした時には時間も残り五分になっていた。
五分か。なら、ちょっとした見直しができるな。そんな感じで、おれは大問一からざっと見直しをし始めた。が、おれはとんでもないことに気づいてしまったのだ。何とーー
大問一のラストからマークシートの解答がひとつズレていたのだ。
数学でマークシートというとピンとこない人もいるだろうから説明すると、「1+1=」という式を解く問題があるとすると、これが、「1+1=①」となっていて、この①の項目に答えの数字である2をマークするパターンがある。
そして、もうひとつは、「5√2/3」みたいな解答が予め「⑥√⑦/⑤」のように記述してあり、⑤、⑥、⑦にそれぞれ、3、5、2をマークするというパターンなのだけど、
このマークがひとつでもズレれば、以降の答えがすべて合わなくなるワケだ。
もう血の気が引いたよな。
仮に大問2から4までをパーフェクトに正答したとしても、マークがひとつズレただけで大惨事になるんだから。
とはいえ、おれは残り五分弱という時間の中で何とか下のマークをトレースしてズレた解答を埋めていったのだ。そして、
試験が終了した。
が、焦りもあって結果的にマークの修正は半分もできなかったよな。
その後も英語と物理で何とか点を稼げば何とかなると信じて試験に取り組んだんだけどーー
普通に不合格だったよな。
正直、大学受験に関しては殆ど心残りはないのだけど、唯一このマークミスに関しては心残りだったりする。
仮にこの大学に合格していても、地方の三流大へ進学していただろうけど、だとしてもこのミスだけは今でも忘れられないでいる。
これを読んでいる受験生のみんなもマークミスにはお気をつけーーてか、こんな文章読んでないで勉強しなさい。
ちょっとした不注意にはご注意を。
アスタラビスタ。