【戦の前は孤独のハイウェイ】
文字数 2,370文字
何かが始まる前の孤独感たらない。
厳密にいうと、孤独感ではないのかもしれないけど、あの内臓をキューッと締められるような緊張感、あれが本当に好きにはなれない。
まぁ、緊張に関しては何年経っても、どんなに経験しても慣れないし、好きにもなれないのだけど、考えてみれば緊張なんて所詮は一時の幻想に過ぎないと思うのだ。
いってしまえば、これは恐怖や不安といった感情のひとつだとは思う。そして、それは人を殻に籠らせ孤独にする。
だが、いざ人前に立ってしまえば、そんなこともいっていられない。
時間は常にリアルタイム。おどおどしていても時間は過ぎていくだけだし、無駄に時間を食えば食うほどに、バイタリティは失われていく。ならば、ボッとしている余裕などない。
最初に書いたように、かくいうおれも緊張は大嫌いだ。緊張の果てに自分の殻に閉じ籠り、周りが見えなくなりそうになることだって普通にある。そしてその度に、それはいつだって、戦場に立つ前の幻想でしかないとわかる。
勝負ごとの前はいつだってそうだ。そして、それに対してどう立ち回っていくかで、すべての結果は変わっていく。
さて、『遠征芝居篇』の第九回である。前回の稽古篇が地味にもたついたんで、今日からは飛ばして行くわ。あらすじーー
「『デュオニソス』の稽古が始まった。そして、それは非常に面白く、遣り甲斐のあるモノだったのだーー」
あらすじの薄さで前回の内容の薄さがわかるよな。まぁ、おれの書く文章なんて、いつだって薄味なんだけどな。さて、やってくーー
寂れた公道の孤立したバス停。そこに男がひとり立っている。それが、おれだった。
肩には大きなドラムバッグを担いでおり、緊張で顔は強ばっている。
バスの時刻を確かめる。あと少し。
偽りはない。これまでやって来たことに偽りなど存在しない。今まで通りにやれば何ひとつ問題はないだろう。これまで何度となく自分にいい聞かせてきたことばだ。
時計の日付は六月の後半を指している。間違いなく現実。時間の経過は鬼のように早い。
バスが来る。その先にはどうなるかわからない、不確定の未来が待っている。
ここまでの稽古は順調に進んだ。確かに、これまでの芝居の中では圧倒的に稽古の回数は少ない。ブラストでは稽古を最低でも三〇は行っていたが、デュオニソスではメンバーの予定もあって、五回程度しか稽古できなかった。
その間に、本の内容が少し変わったりもした。毎回の稽古も楽しかった。だが、不足はないーー不思議とそう思えた。
不安なんか何もなかった。とはいえ、緊張はいつものことで、おれのマインドをがっちり捕捉して逃がさない。
バスに乗り、五村市駅へ。ちょっとした外の景色の揺れですら、酔いを誘いそうだった。五村市駅につき、電車に乗って、森ちゃんの住む街へ向かった。
目的の駅に着き電車を降りると、朧気な記憶を頼りに森ちゃんの家へと向かった。森ちゃんの家へ到着。森ちゃんは家の前で既に待っていた。車に荷物を積み込み、いざ出発。
「よっしーさんとゆうこさんは、別の場所で拾う形になりますね」森ちゃんはいった。
ふたりは集合時間には間に合わず、職場の近くで乗せることになっていた。そういうワケで、おれと森ちゃんのふたりでいざ出発。
車内は穏やかに見えるが、何処か波が立っているようにも思えた。ささやかな緊張感。そんな感覚がおれを取り巻く。恐らく、森ちゃんも緊張していたことだろう。どこか声は強ばって、話しぶりも何処と無く固いように思えた。
「五条さん、メシ食いました?」
「いや、これからだよ」
「じゃあ、ちょっと食って行きますか」
おれはイエスと答えた。反面、おれの身体は緊張のせいか、気持ち悪くなっていたーーおれの存在が、とかでなくて体調のほうな。
ぼんやりと吐き気がする。まるで、パニックが戻って来たかのよう。車に乗っているからこそ余計にそうで、正直、メシなんか食えそうになかった。
「適当に見つけた店に入って済ませましょうか」
おれは何事もないよう装いつつ、その提案に乗ることにし、おれたちは道端の揚げ物屋に入った。
結論からいうと、メシは食えた。少々、キツかったけど、食えなくはなかった。
メシを食い終わり、再び出発。それから三〇分後、よっしーを拾い、それから更に三〇分後にはゆうこを拾って、いざ目的の地へ。
ゆうことよっしーの同乗によって、おれと森ちゃんの間に流れていた靄のような緊張感は幾分晴れたように思えた。
夜のハイウェイ、暗闇に輝くストリートのネオンが宝石のようでキレイだった。おれはそんな夜景をぼんやりと見つめていた。
翌日のこの時間にはもう本番は始まっている。そう考えると、ここまで本当に早いもんだと思わざるを得なかった。
車内はずっと賑やかだった。いつしかおれを蝕む気持ち悪さも消え去り、幾分、気分も楽になっていた。緊張、体調不良、それらが生み出す孤独という幻想。それらすべてがボヤけたような気がした。
森ちゃんの家を出発して四時間ほどが経って、漸く目的地へと着いた。
シティホテル。本番の会場近くの宿泊場。フロントで四人揃ってチェックインし、そのまま各々の部屋に向かう。
ゆうこはみんなでトランプでもやろうといっていたけど、そんな余裕は誰にもなかった。時間も遅かったしな。
部屋に入って、バッグの中からパソコンを取り出し、起動した。特に理由はない。ただ、何となく、いつものクセで持ってきてしまった。
それから、イングヴェイの1stアルバムを聴きながら風呂に入り、床に就こうとした時には、時刻は深夜一時。おれはラジコで三四郎のオールナイトを流しながら、床に着いた。
三四郎のふたりの声がおれの耳に届かなくなるには、そう時間は掛からなかった。
明日は戦争だ。
【続く】
厳密にいうと、孤独感ではないのかもしれないけど、あの内臓をキューッと締められるような緊張感、あれが本当に好きにはなれない。
まぁ、緊張に関しては何年経っても、どんなに経験しても慣れないし、好きにもなれないのだけど、考えてみれば緊張なんて所詮は一時の幻想に過ぎないと思うのだ。
いってしまえば、これは恐怖や不安といった感情のひとつだとは思う。そして、それは人を殻に籠らせ孤独にする。
だが、いざ人前に立ってしまえば、そんなこともいっていられない。
時間は常にリアルタイム。おどおどしていても時間は過ぎていくだけだし、無駄に時間を食えば食うほどに、バイタリティは失われていく。ならば、ボッとしている余裕などない。
最初に書いたように、かくいうおれも緊張は大嫌いだ。緊張の果てに自分の殻に閉じ籠り、周りが見えなくなりそうになることだって普通にある。そしてその度に、それはいつだって、戦場に立つ前の幻想でしかないとわかる。
勝負ごとの前はいつだってそうだ。そして、それに対してどう立ち回っていくかで、すべての結果は変わっていく。
さて、『遠征芝居篇』の第九回である。前回の稽古篇が地味にもたついたんで、今日からは飛ばして行くわ。あらすじーー
「『デュオニソス』の稽古が始まった。そして、それは非常に面白く、遣り甲斐のあるモノだったのだーー」
あらすじの薄さで前回の内容の薄さがわかるよな。まぁ、おれの書く文章なんて、いつだって薄味なんだけどな。さて、やってくーー
寂れた公道の孤立したバス停。そこに男がひとり立っている。それが、おれだった。
肩には大きなドラムバッグを担いでおり、緊張で顔は強ばっている。
バスの時刻を確かめる。あと少し。
偽りはない。これまでやって来たことに偽りなど存在しない。今まで通りにやれば何ひとつ問題はないだろう。これまで何度となく自分にいい聞かせてきたことばだ。
時計の日付は六月の後半を指している。間違いなく現実。時間の経過は鬼のように早い。
バスが来る。その先にはどうなるかわからない、不確定の未来が待っている。
ここまでの稽古は順調に進んだ。確かに、これまでの芝居の中では圧倒的に稽古の回数は少ない。ブラストでは稽古を最低でも三〇は行っていたが、デュオニソスではメンバーの予定もあって、五回程度しか稽古できなかった。
その間に、本の内容が少し変わったりもした。毎回の稽古も楽しかった。だが、不足はないーー不思議とそう思えた。
不安なんか何もなかった。とはいえ、緊張はいつものことで、おれのマインドをがっちり捕捉して逃がさない。
バスに乗り、五村市駅へ。ちょっとした外の景色の揺れですら、酔いを誘いそうだった。五村市駅につき、電車に乗って、森ちゃんの住む街へ向かった。
目的の駅に着き電車を降りると、朧気な記憶を頼りに森ちゃんの家へと向かった。森ちゃんの家へ到着。森ちゃんは家の前で既に待っていた。車に荷物を積み込み、いざ出発。
「よっしーさんとゆうこさんは、別の場所で拾う形になりますね」森ちゃんはいった。
ふたりは集合時間には間に合わず、職場の近くで乗せることになっていた。そういうワケで、おれと森ちゃんのふたりでいざ出発。
車内は穏やかに見えるが、何処か波が立っているようにも思えた。ささやかな緊張感。そんな感覚がおれを取り巻く。恐らく、森ちゃんも緊張していたことだろう。どこか声は強ばって、話しぶりも何処と無く固いように思えた。
「五条さん、メシ食いました?」
「いや、これからだよ」
「じゃあ、ちょっと食って行きますか」
おれはイエスと答えた。反面、おれの身体は緊張のせいか、気持ち悪くなっていたーーおれの存在が、とかでなくて体調のほうな。
ぼんやりと吐き気がする。まるで、パニックが戻って来たかのよう。車に乗っているからこそ余計にそうで、正直、メシなんか食えそうになかった。
「適当に見つけた店に入って済ませましょうか」
おれは何事もないよう装いつつ、その提案に乗ることにし、おれたちは道端の揚げ物屋に入った。
結論からいうと、メシは食えた。少々、キツかったけど、食えなくはなかった。
メシを食い終わり、再び出発。それから三〇分後、よっしーを拾い、それから更に三〇分後にはゆうこを拾って、いざ目的の地へ。
ゆうことよっしーの同乗によって、おれと森ちゃんの間に流れていた靄のような緊張感は幾分晴れたように思えた。
夜のハイウェイ、暗闇に輝くストリートのネオンが宝石のようでキレイだった。おれはそんな夜景をぼんやりと見つめていた。
翌日のこの時間にはもう本番は始まっている。そう考えると、ここまで本当に早いもんだと思わざるを得なかった。
車内はずっと賑やかだった。いつしかおれを蝕む気持ち悪さも消え去り、幾分、気分も楽になっていた。緊張、体調不良、それらが生み出す孤独という幻想。それらすべてがボヤけたような気がした。
森ちゃんの家を出発して四時間ほどが経って、漸く目的地へと着いた。
シティホテル。本番の会場近くの宿泊場。フロントで四人揃ってチェックインし、そのまま各々の部屋に向かう。
ゆうこはみんなでトランプでもやろうといっていたけど、そんな余裕は誰にもなかった。時間も遅かったしな。
部屋に入って、バッグの中からパソコンを取り出し、起動した。特に理由はない。ただ、何となく、いつものクセで持ってきてしまった。
それから、イングヴェイの1stアルバムを聴きながら風呂に入り、床に就こうとした時には、時刻は深夜一時。おれはラジコで三四郎のオールナイトを流しながら、床に着いた。
三四郎のふたりの声がおれの耳に届かなくなるには、そう時間は掛からなかった。
明日は戦争だ。
【続く】