【薮医者放浪記~参拾漆~】
文字数 1,103文字
「ババ臭いとは何だッ!」
空気を割くようにして、その怒号は響き渡った。きっと、その場にいた全員が、何があったかわからなかったことだろう。御簾の向こうからは荒い鼻息が聴こえた。御簾の前の者たちは完全に呆気に取られていた。
「どう、されました......?」
藤十郎が探るようにして御簾の向こう側へと訊ねた。それが合図であったかのように、その場にいる者たちは慌ただしく動き出した。
「い、今何か聴こえましたかッ!?」そう藤十郎に訊ねたのは松平天馬である。「何も聴こえませんでしたよねぇッ!?」
天馬はその場にいる自分の関係者全員に対してそう訊ねた。するとみな一様に首をコクりコクりと頷かせた。まるで、壊れた人形のようだった。オマケに、頷いた者たちの表情は引き吊ったように緊張していたのだ。
「いや、ですが、確かに聴こえたような......」と藤十郎。
「何が、ですかぁッ!?」
もはや客人であることも忘れたように天馬は藤十郎に詰め寄った。藤十郎は仰け反りつつ驚きの表情を浮かべ、いった。
「い、いえ......。ババ臭いとはーー」
松平天馬は藤十郎のことばを掻き消すようにして騒ぎ始めた。ことばになどなっていなかった。一見してキチガイになってしまったと捉えられかねない様子だった。
守山勘十郎はそんな天馬を見ていられなかったか、天馬の身体を押さえつけ、
「天馬様、止めてくださいましッ!」
と必死になって落ち着くように諭している。それに荷担したのは女中のお羊である。
「そうですッ! ご乱心はおやめ下さいませッ!」
従者の侍とただの女中に宥められ押さえられる旗本の男。もはや地獄絵図である。そんな中、茂作は何をしていいのかわからないかのように呆然としていた。というか、そのメチャクチャな光景に圧倒されて何も出来ないといった御様子だった。
「あのッ!?」
藤十郎が喧騒に割って入るようにして声を上げた。と、天馬、勘十郎、お羊の三人はいっぺんに黙り込んで藤十郎のほうを見た。藤十郎はその場の中に潜り込むようにしていった。
「あの......、取り敢えず牛野に訊いてみては如何でしょう」そういって藤十郎は寅三郎に訊ねた。「牛野、今何か聴こえたか?」
「はい......。あの......」
寅三郎は苦い顔をしてその後のことばを飲み込んだ。苦し紛れの表情が、もはやその聴こえた内容がどんなモノであったかを物語っていたともいえた。
「何だ?」
藤十郎は訊ねた。が、やはり寅三郎は非常に答えづらそうだった。
「まぁ、そんなことより、先に進みましょうや! 変なことにこだわっても何も解決しやしませんよ!」
そう切り出したのは茂作だった。
【続く】
空気を割くようにして、その怒号は響き渡った。きっと、その場にいた全員が、何があったかわからなかったことだろう。御簾の向こうからは荒い鼻息が聴こえた。御簾の前の者たちは完全に呆気に取られていた。
「どう、されました......?」
藤十郎が探るようにして御簾の向こう側へと訊ねた。それが合図であったかのように、その場にいる者たちは慌ただしく動き出した。
「い、今何か聴こえましたかッ!?」そう藤十郎に訊ねたのは松平天馬である。「何も聴こえませんでしたよねぇッ!?」
天馬はその場にいる自分の関係者全員に対してそう訊ねた。するとみな一様に首をコクりコクりと頷かせた。まるで、壊れた人形のようだった。オマケに、頷いた者たちの表情は引き吊ったように緊張していたのだ。
「いや、ですが、確かに聴こえたような......」と藤十郎。
「何が、ですかぁッ!?」
もはや客人であることも忘れたように天馬は藤十郎に詰め寄った。藤十郎は仰け反りつつ驚きの表情を浮かべ、いった。
「い、いえ......。ババ臭いとはーー」
松平天馬は藤十郎のことばを掻き消すようにして騒ぎ始めた。ことばになどなっていなかった。一見してキチガイになってしまったと捉えられかねない様子だった。
守山勘十郎はそんな天馬を見ていられなかったか、天馬の身体を押さえつけ、
「天馬様、止めてくださいましッ!」
と必死になって落ち着くように諭している。それに荷担したのは女中のお羊である。
「そうですッ! ご乱心はおやめ下さいませッ!」
従者の侍とただの女中に宥められ押さえられる旗本の男。もはや地獄絵図である。そんな中、茂作は何をしていいのかわからないかのように呆然としていた。というか、そのメチャクチャな光景に圧倒されて何も出来ないといった御様子だった。
「あのッ!?」
藤十郎が喧騒に割って入るようにして声を上げた。と、天馬、勘十郎、お羊の三人はいっぺんに黙り込んで藤十郎のほうを見た。藤十郎はその場の中に潜り込むようにしていった。
「あの......、取り敢えず牛野に訊いてみては如何でしょう」そういって藤十郎は寅三郎に訊ねた。「牛野、今何か聴こえたか?」
「はい......。あの......」
寅三郎は苦い顔をしてその後のことばを飲み込んだ。苦し紛れの表情が、もはやその聴こえた内容がどんなモノであったかを物語っていたともいえた。
「何だ?」
藤十郎は訊ねた。が、やはり寅三郎は非常に答えづらそうだった。
「まぁ、そんなことより、先に進みましょうや! 変なことにこだわっても何も解決しやしませんよ!」
そう切り出したのは茂作だった。
【続く】