【帝王霊~百玖~】
文字数 895文字
重々しい感触だった。
まるで鋼鉄の扉を思い切り引いているような、そんな気分だった。自分の身体が疲れ切っているのを感じた。が、止まる気にはなれなかった。そんなことより焦りと恐怖が脳を焼いていた。ぼくは、ぼくはーー
ケースから何かが勢い良く流れ出した。
ハルナーー安らかな顔は油のような何かで汚れていた。彼女の制服はボロボロ。油はもちろん、泥の汚れも付着していた。まるで壊れて捨てられた人形のようだった。
声が出ない。彼女の名前を呼んだつもりだったが、漏れ出て来たのは吐息だけだった。ぼくの身体は彼女とは対照的に震えていた。何かが鼻を貫くような感じがした。途端に目に潤いが増した気がした。
ぼくはゆっくりとハルナの頬へと手を伸ばした。ぼくの手のひらとハルナの頬が、水が浸透するようにピタッとくっついた。冷たかった。まるで鋼鉄のように冷たかった。そこでぼくは悟ってしまった。
途端に涙がこぼれ落ちて来た。悲しみ、怒り、苦しみ、あらゆるマイナスな感情が込み上げて来た。だが、何よりも強かったのはいうまでもなく悲しみだった。
「......どうしたの?」
か細い糸のような声にハッとした。人形のようになったハルナを見た。
目が開いていた。
わずかながら、ハルナの目は開いていた。
ぼくは幻覚を見ているんじゃないかと思い、ハルナの顔を見た。もう二度と動かないかと思えたハルナの頬が微かに緩んだ。弱々しくはあったけど、その笑顔はこれまで見たどんな笑顔よりも明るく見えた。
ぼくはハルナの名前を呼んだ。ハルナはただひとこと「何?」と答えた。ぼくの顔は涙で溢れていた。
「辛かったんだね......」自分のことを差し置いてハルナはいった。「よしよし、偉い偉い......」
彼女の手がぼくの頭のほうへ伸びたがそれも途中で下に落ちた。流石に身体も辛いのだろう。
「ひとつ......、お願いがあるんだ」ハルナはいった。「イヤだかもしれないけど......」
ぼくは訊いた。返ってきた答えは意外なモノだった。しかし、何故か恥じらいはなかった。ぼくは頷いた。そしてーー
ぼくはハルナの唇にゆっくりキスをした。
【続く】
まるで鋼鉄の扉を思い切り引いているような、そんな気分だった。自分の身体が疲れ切っているのを感じた。が、止まる気にはなれなかった。そんなことより焦りと恐怖が脳を焼いていた。ぼくは、ぼくはーー
ケースから何かが勢い良く流れ出した。
ハルナーー安らかな顔は油のような何かで汚れていた。彼女の制服はボロボロ。油はもちろん、泥の汚れも付着していた。まるで壊れて捨てられた人形のようだった。
声が出ない。彼女の名前を呼んだつもりだったが、漏れ出て来たのは吐息だけだった。ぼくの身体は彼女とは対照的に震えていた。何かが鼻を貫くような感じがした。途端に目に潤いが増した気がした。
ぼくはゆっくりとハルナの頬へと手を伸ばした。ぼくの手のひらとハルナの頬が、水が浸透するようにピタッとくっついた。冷たかった。まるで鋼鉄のように冷たかった。そこでぼくは悟ってしまった。
途端に涙がこぼれ落ちて来た。悲しみ、怒り、苦しみ、あらゆるマイナスな感情が込み上げて来た。だが、何よりも強かったのはいうまでもなく悲しみだった。
「......どうしたの?」
か細い糸のような声にハッとした。人形のようになったハルナを見た。
目が開いていた。
わずかながら、ハルナの目は開いていた。
ぼくは幻覚を見ているんじゃないかと思い、ハルナの顔を見た。もう二度と動かないかと思えたハルナの頬が微かに緩んだ。弱々しくはあったけど、その笑顔はこれまで見たどんな笑顔よりも明るく見えた。
ぼくはハルナの名前を呼んだ。ハルナはただひとこと「何?」と答えた。ぼくの顔は涙で溢れていた。
「辛かったんだね......」自分のことを差し置いてハルナはいった。「よしよし、偉い偉い......」
彼女の手がぼくの頭のほうへ伸びたがそれも途中で下に落ちた。流石に身体も辛いのだろう。
「ひとつ......、お願いがあるんだ」ハルナはいった。「イヤだかもしれないけど......」
ぼくは訊いた。返ってきた答えは意外なモノだった。しかし、何故か恥じらいはなかった。ぼくは頷いた。そしてーー
ぼくはハルナの唇にゆっくりキスをした。
【続く】