【帝王霊~壱~】
文字数 3,329文字
五村市は燃えていた。
元々治安のいい街ではなかったが、ここ最近は以前にも増して凶悪かつ劣悪な犯罪が増加の一途を辿っていた。
テレビでは連日、五村にて起きた犯罪のことが報道され、ニュース番組のMCやコメンテーターは、各犯罪に対する考察や五村という街の地域性や民度、治安について話していた。
だが、問題はそんな簡単ではなかった。
一月初旬。まだ年が明けて間もない、寒さが本格化する灰色の昼のことだった。
「でさぁ、ここ最近、何か感じ悪いんだよね」そう話すのは大原美沙である。
大原美沙は五村市内を転々と渡り歩く浮遊霊で、生前は五村城南高校に通う高校三年生だったが、同級生の策略にハマり、暴行された後に殺害され、この世をさ迷うこととなった。
浮遊霊は死亡時の姿形を保った状態となるため、彼女の姿はボロボロの学生服にアザだらけの顔、内腿には流れたまま凝固した血液が張り付いている。
「感じ悪いって、何かあったの?」
キッチンで洗い物をしながらそう訊くのは鈴木詩織だ。外出用の軽装にエプロンをし、慣れた手つきで汚れた食器を洗っている。
「この街がクソなのは、今に始まったことでもねぇだろ。何だよ、今さら」
ソファに寝転がりながらそういうのは、詩織の兄である鈴木祐太朗だ。詩織とは裏腹に、上下スウェットで、あらゆることに対して無気力とでもいわんばかりにぐうたらな姿勢だった。
祐太朗、詩織の兄妹は『恨めし屋』という表には出ない、裏の稼業を営んでいる。
その業務内容は、死んだ人間を降霊すること、降霊した霊の未練を晴らすこと、そしてーー死んだ人間の恨みを晴らすこと、だ。
業務依頼の方法は専用ブラウザでダークウェブに潜り、「とあるキーワード」にて検索を掛けてホームページにたどり着き、メールフォームから依頼内容を送るというモノだった。
ただし、依頼内容を送っても、依頼人の個人情報をすべて割り、信用出来る人物と判断されて初めて、全国にいるといわれている恨めし屋の誰かのもとへ送られることとなるため、その門は非常に狭きモノとなっている。
更に、その業務に於ける掟は厳しく、恨めし屋だけでなく依頼人をも監視する『背面観察』という存在が常に怪しい動きはないかと探っており、恨めし屋であろうと依頼人であろうと、掟を破った者は闇へと葬ってしまうという。
だが、そんな恨めし屋の祐太朗と詩織も、仕事がない時は普通の三十代半ばの男女に過ぎなかったーーいや、悪い意味で普通ではないか。
「それはそうだけどさぁ。てか、祐太朗も詩織ちゃんも何か変だと思わない?」
「何が?」祐太朗は面倒くさそうにいう。
「だからさ、最近、汚くてくさくて、淀んだ怨霊みたいなヤツが街に増えたなって」
「……そうか?」
祐太朗は適当な調子でいう。だが、洗い物を終えた詩織は水を止めて振り返り、エプロンで手を拭いながらふたりのほうへ歩み寄ると、
「あー確かに最近怖そうな人多くなったねぇ」
「でしょ!? わたしもさ、だから最近外を歩きづらくって。確かにもう霊になって長いから、そこら辺に浮遊霊がいるのには慣れたんだけど、あんなガラの悪い霊ばっかりうろうろしてるのは、やっぱイヤ」
美沙のいう通り、最近、五村の街には悪霊や怨霊、低級霊と呼ばれるような悪辣な存在がやたらとうろちょろするようになっていた。
これまでもたまにフラッと現れることはあったが、最近ではその数が多く、美沙だけではない他の浮遊霊も困っているとのことだった。
霊とはいっても、元は人間には変わりない。となれば、当然、気の合う相手もいれば、合わない相手も出てくる。そして、中には悪辣とした存在もいれば、悪辣とした存在に因縁をつけられる霊も出てくる。霊だからといって、生きた人間とその性質は何ら変わらないのだ。
「んー、そうだねぇ。でも、どうして最近そんな怖い霊が増えたんだろう?」
「悪霊なんて他人にたかることしか出来ない死に損ないのゴミじゃねぇか。ゴキブリは所詮、死んでもゴキブリ。治安の悪い場所を好むのも、当たり前だろ?」
気だるそうに辛辣なひとことを放つ祐太朗。そんな時、突然インターホンが鳴る。
詩織がはーい、とリビングの出入り口付近のインターホンのビデオ通話を起動させると、
「弓永です。祐太朗いますか?」
弓永ーー弓永龍は五村市警察署の刑事組織犯罪対策課に所属する警部補であり、祐太朗の同級生であり昔からの腐れ縁の相手だった。
「あ、上がって下さい。カギは開いてます」
「わかりました」
詩織がビデオ通話を切ると、
「こっちもゴキブリかよ……」と祐太朗。
「暇なんでしょ? 祐太朗しか友達いないんだし」と美沙。
「あんなの友達じゃねぇよ」
「気が合うな。おれもお前みたいな穀潰しが友達だなんてゴメンだぜ」
そういいながら、弓永はズカズカと上がり込んで来た。穀潰し、というワードに詩織は顔をしかめると、それを見た弓永は一瞬顔を歪めつつ、祐太朗のほうへ歩み寄ると、
「まぁ、いい。それより訊きたいことがある」
「新年最初の友達料の請求か? それとも年賀状の催促か?」
「んなことはどうでもいい。いいから聞け」
「……何だ?」いつになくストレートに話を切り出す弓永に、祐太朗の顔がマジになる。
「お前、『ヤーヌス・コーポレーション』って知ってるか?」
「『ヤーヌス』? 知らねぇな」
「何だ、知らねぇのか」
「どうせグーグルやマイクロソフトみたいな大企業じゃねぇ、中小の潰れ掛けた会社なんだろ? んなとこ知らねぇよ」
「いや、もう潰れてる」
「じゃあ、余計に知らんね。で、その倒産した企業がどうしたってんだよ」
「いや、最近なんだがーー」
弓永が話を告げると、詩織と美沙は「え?」と声を上げ、祐太朗は目を細めた。
「何だよ、それ。んなことあんのか?」
「あるからこうやって話してんだろ。そこで、お前に頼みがあるんだ」
「……まぁ、ちょうど暇してるところだ。ちょっとした仕事ならやってもいい。で、どうしろっていうんだ?」
「今回の件で、話を聴きたいヤツ、協力を仰ぎたいヤツが少なくとも三人いる。お前はそのひとりに話を訊いて欲しい」
「ほぉ。で、それは誰だ」
「山田和雅だ」
「カズくんに!?」詩織が驚く。
「えぇ。山田の出身と現住所は埼玉の外夢市。そこは『ヤーヌス』の社長だった『成松蓮斗』が市長選に立候補した場所なんだ。そこら辺のボンクラならろくな答えは帰ってこないだろうが、山田みたいな勘の鋭いヤツなら何か面白い話を聴けるんじゃないか、と思ってな」
「……なるほどな」素直に納得する祐太朗。「わかった。今度メシに招待して話を訊いてみようと思う。で、あとのふたりは?」
「ひとりは成松の元秘書で現在は何処にいるかわからねぇ。だが、おれと色々あった女だ」
「色々あった? お前、その女とやっちまったんじゃねぇだろうな?」
祐太朗の品のない言い種に美沙は顔をしかめる。だが、そんなことにはお構いなしに弓永はいうーー
「ある意味間違っちゃいないかもしれねぇな。まぁ、おれは拒絶してんだがな」
嗤う弓永。祐太朗はそんな弓永を他所にーー
「……で、もうひとりは?」
「もうひとりは『ヤーヌス』によってかつての上司が殺され、自分も殺され掛けた女ーーまぁ、おれの昔の部下だし、今も五村に住んでるからこっちはすぐに連絡がつく。コイツがとんでもない堅物なんだが、頼りになる女でね」
「そんな女が五村にねぇ。そいつの名前は?」
「武井愛ーーずぼらな女探偵だ」
「え、愛さん!?」
美沙が声を上げる。
「知ってんのか?」祐太朗が訊ねる。
「うん。霊になる少し前にお世話になってね。キレイでスタイルが良くて、優しくて、カッコいい人だったなぁ。わたしも会いたい」
「幽霊を連れてったところで、武井はお前には気づきはしねぇけどな」
弓永が皮肉っぽくいう。美沙は顔を伏せ、目に涙を溜める。弓永は美沙の反応がなくなったことで何かを察したのか、気を取り直したようにーー
「とにかくそういうことだ。武井にはこれから電話でアポを取ってみる。だから、お前もなるべく早い内に山田に話してみてくれないか?」
祐太朗は静かに首を縦に振ったーー
【続く】
元々治安のいい街ではなかったが、ここ最近は以前にも増して凶悪かつ劣悪な犯罪が増加の一途を辿っていた。
テレビでは連日、五村にて起きた犯罪のことが報道され、ニュース番組のMCやコメンテーターは、各犯罪に対する考察や五村という街の地域性や民度、治安について話していた。
だが、問題はそんな簡単ではなかった。
一月初旬。まだ年が明けて間もない、寒さが本格化する灰色の昼のことだった。
「でさぁ、ここ最近、何か感じ悪いんだよね」そう話すのは大原美沙である。
大原美沙は五村市内を転々と渡り歩く浮遊霊で、生前は五村城南高校に通う高校三年生だったが、同級生の策略にハマり、暴行された後に殺害され、この世をさ迷うこととなった。
浮遊霊は死亡時の姿形を保った状態となるため、彼女の姿はボロボロの学生服にアザだらけの顔、内腿には流れたまま凝固した血液が張り付いている。
「感じ悪いって、何かあったの?」
キッチンで洗い物をしながらそう訊くのは鈴木詩織だ。外出用の軽装にエプロンをし、慣れた手つきで汚れた食器を洗っている。
「この街がクソなのは、今に始まったことでもねぇだろ。何だよ、今さら」
ソファに寝転がりながらそういうのは、詩織の兄である鈴木祐太朗だ。詩織とは裏腹に、上下スウェットで、あらゆることに対して無気力とでもいわんばかりにぐうたらな姿勢だった。
祐太朗、詩織の兄妹は『恨めし屋』という表には出ない、裏の稼業を営んでいる。
その業務内容は、死んだ人間を降霊すること、降霊した霊の未練を晴らすこと、そしてーー死んだ人間の恨みを晴らすこと、だ。
業務依頼の方法は専用ブラウザでダークウェブに潜り、「とあるキーワード」にて検索を掛けてホームページにたどり着き、メールフォームから依頼内容を送るというモノだった。
ただし、依頼内容を送っても、依頼人の個人情報をすべて割り、信用出来る人物と判断されて初めて、全国にいるといわれている恨めし屋の誰かのもとへ送られることとなるため、その門は非常に狭きモノとなっている。
更に、その業務に於ける掟は厳しく、恨めし屋だけでなく依頼人をも監視する『背面観察』という存在が常に怪しい動きはないかと探っており、恨めし屋であろうと依頼人であろうと、掟を破った者は闇へと葬ってしまうという。
だが、そんな恨めし屋の祐太朗と詩織も、仕事がない時は普通の三十代半ばの男女に過ぎなかったーーいや、悪い意味で普通ではないか。
「それはそうだけどさぁ。てか、祐太朗も詩織ちゃんも何か変だと思わない?」
「何が?」祐太朗は面倒くさそうにいう。
「だからさ、最近、汚くてくさくて、淀んだ怨霊みたいなヤツが街に増えたなって」
「……そうか?」
祐太朗は適当な調子でいう。だが、洗い物を終えた詩織は水を止めて振り返り、エプロンで手を拭いながらふたりのほうへ歩み寄ると、
「あー確かに最近怖そうな人多くなったねぇ」
「でしょ!? わたしもさ、だから最近外を歩きづらくって。確かにもう霊になって長いから、そこら辺に浮遊霊がいるのには慣れたんだけど、あんなガラの悪い霊ばっかりうろうろしてるのは、やっぱイヤ」
美沙のいう通り、最近、五村の街には悪霊や怨霊、低級霊と呼ばれるような悪辣な存在がやたらとうろちょろするようになっていた。
これまでもたまにフラッと現れることはあったが、最近ではその数が多く、美沙だけではない他の浮遊霊も困っているとのことだった。
霊とはいっても、元は人間には変わりない。となれば、当然、気の合う相手もいれば、合わない相手も出てくる。そして、中には悪辣とした存在もいれば、悪辣とした存在に因縁をつけられる霊も出てくる。霊だからといって、生きた人間とその性質は何ら変わらないのだ。
「んー、そうだねぇ。でも、どうして最近そんな怖い霊が増えたんだろう?」
「悪霊なんて他人にたかることしか出来ない死に損ないのゴミじゃねぇか。ゴキブリは所詮、死んでもゴキブリ。治安の悪い場所を好むのも、当たり前だろ?」
気だるそうに辛辣なひとことを放つ祐太朗。そんな時、突然インターホンが鳴る。
詩織がはーい、とリビングの出入り口付近のインターホンのビデオ通話を起動させると、
「弓永です。祐太朗いますか?」
弓永ーー弓永龍は五村市警察署の刑事組織犯罪対策課に所属する警部補であり、祐太朗の同級生であり昔からの腐れ縁の相手だった。
「あ、上がって下さい。カギは開いてます」
「わかりました」
詩織がビデオ通話を切ると、
「こっちもゴキブリかよ……」と祐太朗。
「暇なんでしょ? 祐太朗しか友達いないんだし」と美沙。
「あんなの友達じゃねぇよ」
「気が合うな。おれもお前みたいな穀潰しが友達だなんてゴメンだぜ」
そういいながら、弓永はズカズカと上がり込んで来た。穀潰し、というワードに詩織は顔をしかめると、それを見た弓永は一瞬顔を歪めつつ、祐太朗のほうへ歩み寄ると、
「まぁ、いい。それより訊きたいことがある」
「新年最初の友達料の請求か? それとも年賀状の催促か?」
「んなことはどうでもいい。いいから聞け」
「……何だ?」いつになくストレートに話を切り出す弓永に、祐太朗の顔がマジになる。
「お前、『ヤーヌス・コーポレーション』って知ってるか?」
「『ヤーヌス』? 知らねぇな」
「何だ、知らねぇのか」
「どうせグーグルやマイクロソフトみたいな大企業じゃねぇ、中小の潰れ掛けた会社なんだろ? んなとこ知らねぇよ」
「いや、もう潰れてる」
「じゃあ、余計に知らんね。で、その倒産した企業がどうしたってんだよ」
「いや、最近なんだがーー」
弓永が話を告げると、詩織と美沙は「え?」と声を上げ、祐太朗は目を細めた。
「何だよ、それ。んなことあんのか?」
「あるからこうやって話してんだろ。そこで、お前に頼みがあるんだ」
「……まぁ、ちょうど暇してるところだ。ちょっとした仕事ならやってもいい。で、どうしろっていうんだ?」
「今回の件で、話を聴きたいヤツ、協力を仰ぎたいヤツが少なくとも三人いる。お前はそのひとりに話を訊いて欲しい」
「ほぉ。で、それは誰だ」
「山田和雅だ」
「カズくんに!?」詩織が驚く。
「えぇ。山田の出身と現住所は埼玉の外夢市。そこは『ヤーヌス』の社長だった『成松蓮斗』が市長選に立候補した場所なんだ。そこら辺のボンクラならろくな答えは帰ってこないだろうが、山田みたいな勘の鋭いヤツなら何か面白い話を聴けるんじゃないか、と思ってな」
「……なるほどな」素直に納得する祐太朗。「わかった。今度メシに招待して話を訊いてみようと思う。で、あとのふたりは?」
「ひとりは成松の元秘書で現在は何処にいるかわからねぇ。だが、おれと色々あった女だ」
「色々あった? お前、その女とやっちまったんじゃねぇだろうな?」
祐太朗の品のない言い種に美沙は顔をしかめる。だが、そんなことにはお構いなしに弓永はいうーー
「ある意味間違っちゃいないかもしれねぇな。まぁ、おれは拒絶してんだがな」
嗤う弓永。祐太朗はそんな弓永を他所にーー
「……で、もうひとりは?」
「もうひとりは『ヤーヌス』によってかつての上司が殺され、自分も殺され掛けた女ーーまぁ、おれの昔の部下だし、今も五村に住んでるからこっちはすぐに連絡がつく。コイツがとんでもない堅物なんだが、頼りになる女でね」
「そんな女が五村にねぇ。そいつの名前は?」
「武井愛ーーずぼらな女探偵だ」
「え、愛さん!?」
美沙が声を上げる。
「知ってんのか?」祐太朗が訊ねる。
「うん。霊になる少し前にお世話になってね。キレイでスタイルが良くて、優しくて、カッコいい人だったなぁ。わたしも会いたい」
「幽霊を連れてったところで、武井はお前には気づきはしねぇけどな」
弓永が皮肉っぽくいう。美沙は顔を伏せ、目に涙を溜める。弓永は美沙の反応がなくなったことで何かを察したのか、気を取り直したようにーー
「とにかくそういうことだ。武井にはこれから電話でアポを取ってみる。だから、お前もなるべく早い内に山田に話してみてくれないか?」
祐太朗は静かに首を縦に振ったーー
【続く】