【明日、白夜になる前に~二拾四~】
文字数 2,278文字
床に転がる潰れたビールの缶。
わざわざ下の階まで捨てに行くのが面倒臭くて仕方がない。どうせ明日は休みなのだ。今宵はバカみたいに飲んで酩酊しようじゃないかーーというか酔わなきゃやってられん。
にしても変な感じだ。
まぁ、義手を外して肘から先がない状態で両腕を枕に天井を見上げるというのも、右腕の感触的には変な感じではあったが、それ以上に、今の自分に降り掛かっているこの現状が何よりも変な感じがしてならない。
何故、こんな急に女性との縁が加速しているというのだろう。ワケがわからない。
たまきとの一件で彼女ーーというか女性そのものにウンザリしたはずなのに、あの白百合のような女性に会ってからというモノ、図らずもーーというか飽きもせずに、またもや心臓が強く鼓動を打ち始めてしまった。
かと思いきや宗方あかりの登場である。
いや、そもそも同じ職場で働いているのだから突然現れたワケではないのだけど。
だが、こんなぼくのどこが良かったのだろうかーー疑問が頭を過る。
会社でのぼくなんて、塹壕の中でただボーッと銃弾が通り過ぎて行くのを待っているような存在でしかないし、他にいえばカルト宗教にドハマりしている上司のタヌキ親父ーーもとい小林さんと仲良くしているだけではないか。
そんなぼくを宗方さんはどうして好きになったのだろう。
てか、そもそも何で桃井カエデはぼくに宗方さんが好きだと伝えたのだろう。
これは女性の友情の為せる単なるお節介というヤツだろうか。
ただ、疑問も残る。
それは、わざわざ桃井さんがぼくに、宗方さんが好きだと伝える前に見せた目の輝きと、あの寂しそうな横顔だ。アレは一体何だったのだろうか……。あまり変な勘違いもしたくないし、思い上がるようなこともいいたくない。
ただ、鈍感な男も嫌われる。そこのさじ加減が難しいからこそ困ってしまう。だからこそ、あくまでひとつの可能性としてーー
いや、止めておこう。
そんな都合のいいーー本当に都合がいいかは別としてーー話があっていいはずがない。
ぼくは思い切り顔を掻きむしるようにして顔を左の前腕でゴシゴシとこする。
ダメだ、全然落ち着けない。
酒を入れれば少しは逃避できるかと思いきや、逆に思考がドつぼにハマってしまう。
思わず叫びたくなる。ぼくの現実に一体何が起きているというのだーー
そうして次に気づいた時には、朝になっている。すずめのささやかな鳴き声がぼくの内耳をくすぐる。寝惚けた頭にあるのはぼやけた思考だけ。だが、それもクリアになっていく。休日の朝の煩悩といったらないだろう。特に、このウイルス騒動のせいで外に出るのも肩身が狭い状況じゃ、休日は精神という無限回廊を順繰りするだけの苦痛な時間になりかねない。
自分の部屋は精神の牢獄だ。ドアを開けずに居続ければ、煩悩は自己嫌悪となり、脳は錆びて腐っていく。だからこそ新鮮な空気を吸わなければならないーー酔い醒ましも兼ねて。
ぼくはおざなりな私服に袖を通して家を出る。耳にはブルートゥースイヤホン、スマホからはサブスクからダウンロードした音楽がシャッフルされて再生される。
外の空気はひんやりとしていて肌寒い。まるで溶けた氷を皮膚に塗りたくっているような鋭い冷たさがぼくの全身に鳥肌を立てさせる。
使い古したジーンズに適当なパーカーを羽織って外へ出たが、繊維を通ってきた冷気がぼくの肌に浸透してくる。寒い。今年は秋といえる季節がまったくといっていいほどなかった。
暑いか寒いかの二者択一、本当につまらない気候になったモノだ。
ウイルス騒動にはウンザリだが、冬の寒さにマスクは、寒さ対策にはちょうどいいのが怪我の巧妙といったところだろうか。
ぼくはパーカーのフードを被って、僅かに水滴のついたストリートの路面を闊歩する。朝陽が非常に眩しく、ぼくは半目で空を見上げる。青み掛かってはいるが、何処か白い空は、何処までも澄んでいて純粋無垢といった感じ。
早朝ともなると、ストリートも人の姿はまばらだ。繁華街とはいえやっているのはコンビニぐらいということもあってか、いるのは酔っ払って朝帰りの大学生やサラリーマン、このご時世にマスクをしていないどうかした若いヤツとこんなラインナップだ。
ぼくはそんな社会の日陰に漂う煙のような連中に入り交じって街中を闊歩する。
音楽で余分な思考はシャットアウトしつつ、ただひたすらに歩くことに焦点を当てる。
歩く、歩くーー歩き続ける。
見知った街でも、時と場合が違うだけで見え方も随分と変わってくる。今のぼくには眩しく朝陽の中に佇むくすんだ街並みが見えている。
ぼくはひたすらに、ただひたすらに思考を追いやって歩き続ける。少しでも自分に考える余地を与えてはダメだ。今は兎に角、頭がクリアになるまでひたすらに歩き続けるのだ。
夢中で歩いていると、気づけば二時間が経っている。白かった空も今はすっかり青い。いくら寒くても、無心に歩き続けていたこともあってか、気づけば背中と脇には汗が滲んでいる。
身体は熱を帯びてはいたが、白くなるはずの息もマスクに掻き消されている。
ぼくは気づけば街の果てまで歩いていた。
ちょうどあった公園に入り、ベンチに座って空を仰ぐ。いい気分だ。酔った頭もクリアになり、アルコールも汗とともに抜けていったような気がしてぼくはマスク越しに深呼吸する。
突然、スマホが振動する。
何だろうと思い、スマホを取り出し確認する。小林さんからのメッセージ。開くーー
「桃井さんと何かあったの?」
空気を読めよーー
【続く】
わざわざ下の階まで捨てに行くのが面倒臭くて仕方がない。どうせ明日は休みなのだ。今宵はバカみたいに飲んで酩酊しようじゃないかーーというか酔わなきゃやってられん。
にしても変な感じだ。
まぁ、義手を外して肘から先がない状態で両腕を枕に天井を見上げるというのも、右腕の感触的には変な感じではあったが、それ以上に、今の自分に降り掛かっているこの現状が何よりも変な感じがしてならない。
何故、こんな急に女性との縁が加速しているというのだろう。ワケがわからない。
たまきとの一件で彼女ーーというか女性そのものにウンザリしたはずなのに、あの白百合のような女性に会ってからというモノ、図らずもーーというか飽きもせずに、またもや心臓が強く鼓動を打ち始めてしまった。
かと思いきや宗方あかりの登場である。
いや、そもそも同じ職場で働いているのだから突然現れたワケではないのだけど。
だが、こんなぼくのどこが良かったのだろうかーー疑問が頭を過る。
会社でのぼくなんて、塹壕の中でただボーッと銃弾が通り過ぎて行くのを待っているような存在でしかないし、他にいえばカルト宗教にドハマりしている上司のタヌキ親父ーーもとい小林さんと仲良くしているだけではないか。
そんなぼくを宗方さんはどうして好きになったのだろう。
てか、そもそも何で桃井カエデはぼくに宗方さんが好きだと伝えたのだろう。
これは女性の友情の為せる単なるお節介というヤツだろうか。
ただ、疑問も残る。
それは、わざわざ桃井さんがぼくに、宗方さんが好きだと伝える前に見せた目の輝きと、あの寂しそうな横顔だ。アレは一体何だったのだろうか……。あまり変な勘違いもしたくないし、思い上がるようなこともいいたくない。
ただ、鈍感な男も嫌われる。そこのさじ加減が難しいからこそ困ってしまう。だからこそ、あくまでひとつの可能性としてーー
いや、止めておこう。
そんな都合のいいーー本当に都合がいいかは別としてーー話があっていいはずがない。
ぼくは思い切り顔を掻きむしるようにして顔を左の前腕でゴシゴシとこする。
ダメだ、全然落ち着けない。
酒を入れれば少しは逃避できるかと思いきや、逆に思考がドつぼにハマってしまう。
思わず叫びたくなる。ぼくの現実に一体何が起きているというのだーー
そうして次に気づいた時には、朝になっている。すずめのささやかな鳴き声がぼくの内耳をくすぐる。寝惚けた頭にあるのはぼやけた思考だけ。だが、それもクリアになっていく。休日の朝の煩悩といったらないだろう。特に、このウイルス騒動のせいで外に出るのも肩身が狭い状況じゃ、休日は精神という無限回廊を順繰りするだけの苦痛な時間になりかねない。
自分の部屋は精神の牢獄だ。ドアを開けずに居続ければ、煩悩は自己嫌悪となり、脳は錆びて腐っていく。だからこそ新鮮な空気を吸わなければならないーー酔い醒ましも兼ねて。
ぼくはおざなりな私服に袖を通して家を出る。耳にはブルートゥースイヤホン、スマホからはサブスクからダウンロードした音楽がシャッフルされて再生される。
外の空気はひんやりとしていて肌寒い。まるで溶けた氷を皮膚に塗りたくっているような鋭い冷たさがぼくの全身に鳥肌を立てさせる。
使い古したジーンズに適当なパーカーを羽織って外へ出たが、繊維を通ってきた冷気がぼくの肌に浸透してくる。寒い。今年は秋といえる季節がまったくといっていいほどなかった。
暑いか寒いかの二者択一、本当につまらない気候になったモノだ。
ウイルス騒動にはウンザリだが、冬の寒さにマスクは、寒さ対策にはちょうどいいのが怪我の巧妙といったところだろうか。
ぼくはパーカーのフードを被って、僅かに水滴のついたストリートの路面を闊歩する。朝陽が非常に眩しく、ぼくは半目で空を見上げる。青み掛かってはいるが、何処か白い空は、何処までも澄んでいて純粋無垢といった感じ。
早朝ともなると、ストリートも人の姿はまばらだ。繁華街とはいえやっているのはコンビニぐらいということもあってか、いるのは酔っ払って朝帰りの大学生やサラリーマン、このご時世にマスクをしていないどうかした若いヤツとこんなラインナップだ。
ぼくはそんな社会の日陰に漂う煙のような連中に入り交じって街中を闊歩する。
音楽で余分な思考はシャットアウトしつつ、ただひたすらに歩くことに焦点を当てる。
歩く、歩くーー歩き続ける。
見知った街でも、時と場合が違うだけで見え方も随分と変わってくる。今のぼくには眩しく朝陽の中に佇むくすんだ街並みが見えている。
ぼくはひたすらに、ただひたすらに思考を追いやって歩き続ける。少しでも自分に考える余地を与えてはダメだ。今は兎に角、頭がクリアになるまでひたすらに歩き続けるのだ。
夢中で歩いていると、気づけば二時間が経っている。白かった空も今はすっかり青い。いくら寒くても、無心に歩き続けていたこともあってか、気づけば背中と脇には汗が滲んでいる。
身体は熱を帯びてはいたが、白くなるはずの息もマスクに掻き消されている。
ぼくは気づけば街の果てまで歩いていた。
ちょうどあった公園に入り、ベンチに座って空を仰ぐ。いい気分だ。酔った頭もクリアになり、アルコールも汗とともに抜けていったような気がしてぼくはマスク越しに深呼吸する。
突然、スマホが振動する。
何だろうと思い、スマホを取り出し確認する。小林さんからのメッセージ。開くーー
「桃井さんと何かあったの?」
空気を読めよーー
【続く】