【西陽の当たる地獄花~参拾捌~】
文字数 2,114文字
群がる雑魚どもの肉体が引き裂かれていく。
轟く悲鳴が低音を伴ってうねっていく。一体、何人殺したのだろうか。
『神殺』の刀身は血でベットリと汚れている。このままではその切れ味を失い、力は半分以下となるだろう。
刀を振り上げ、勢い良く下ろす。ベッタリとついた血を払う。とはいえ、それですべてを払うことは出来ず、残った分は袴の一端で拭う。
黒い袴にドス黒い血の色が滲む。刀身を覗き込むと、鈍い輝き。血に含まれる脂か、脂肪を引き裂いた時のモノかはわからないが、うっすらと伸びる汚れた脂が刀身を覆っている。
そこに映る自分の顔はいうまでもなく淀んでいる。薄汚れていて、ぼやけている。
寄って集ってくる極楽人、それらをすべて斬り殺し、その肉体を薙いで行く。
終わらない。まだ終わらない。
まるで亡者のように、生気を失った極楽の住人たちが、牛馬目掛けて跳んでくる。目は黄色く濁り、口からはヨダレを垂らしている。もはやまともな人間とはいえなかった。
「……キチガイが」思わず吐き捨て、神殺を八相に構え直す。
だが、休んでいる暇もなく、極楽の住人は次から次へと現れる。地面から穴を掘って沸いて出て来たように、そこら辺から現れる。
来た、また来た。
今度は五人だ。男と女。ボロボロの衣服に身を包み、正気を失ってた男と女。
男が飛び掛かって来る。
身を引きながら、飛び掛かってくる男から体をかわしつつ、男の首もと、袈裟を斜めに切り捨てる。手応えは殆どない。骨を断絶する固さもなければ、肉と皮膚を引き裂く弾力もない。
まるで柔らかい土を掘り返しているような、そんな手応えのなさが手に伝わる。人を斬った感覚とはいえないその感覚が気持ち悪い。
斬られた極楽人の身体は、傷口から緑色の血液を噴き出し、全身が陶器が割れるようにいっぺんにバラバラになり、砕けた肉体は再び土へと戻って行く。
呼吸。荒い息。疲労が少しずつ蓄積していく。ゴクリと唾を飲み込む。刀を左の脇に構え直し、向かって来る亡者に対した。
飛び掛かって来る極楽の女亡者。それに続いて男、女も飛び掛かって来る。
ひとり目、袈裟懸けに切り上げる。
ひとり目の女の右の腹から左肩に掛けてが切り裂かれる。緑の血が噴き出す。土に返る。
ふたり目、踏み込んで袈裟懸けに斬り下ろす。
鮮血。やはり砕け散る。
三人目は勢いを利用して更に踏み込み、真っ向に刀を斬り下ろす。
極楽の女亡者の身体が真っ二つになる。
あとひとり。男の亡者。真うしろにいる。
左足を大きく引きつつ回ひながら体をかわし、下ろしていた刀を斬り上げる形で胴を薙ぐ。
間一髪。五人目の身体はそのまま砕け散る。
漸く殲滅したか。息を吐きながら辺りを見回す。土が沸々とする様子はない。もう沸いてくることもないのだろうか。
こめかみから頬を伝う汗が気持ち悪く、左手で乱暴に拭い払う。
汗が散る。地面に微かな潤いを与える。
が、まるでその潤いが不幸であったかのように、またもや極楽の亡者たちが土を突き破って現れる。
ひとり、ふたり、三人……
今度は五人に留まらない。六人、七人、八人……、総計で三十人ほど。
まるで虫けらのように沸いてくる極楽の亡者たち。亡者の大群に取り囲まれていることに気づいた時にはもう遅い。だが、このままでは亡者のエサとなって、肉体を食い千切られ、生きたまま臓物を貪られる運命しか待っていない。
手のひらは粘っこい汗で濡れている。神殺の柄巻は汗で濡れてより黒くなっている。
神殺をグッと握り締める。その握力で染み込んだ汗が、わずかに絞り出される。
気づけば薄暗い紫の靄が辺りを覆っている。
吐く息が闇に包まれて行く。
来る、またひとり。
尚も斬り捨てる。
だが、ひとり斬ればふたり、ふたり斬れば四人、四人斬れば八人と、どんどん亡者たちは土から現れる。まるで下手人を嘲笑うように。
斬る。斬り殺す。数が増えて行く前に殲滅する。そう思わせるほどにキビキビと亡者どもを斬って行くも、殺す早さは増える早さには追いつかない。まるで亀がうさぎに追い付けないように、亡者の数ばかりが増えて行く。
このままでは埒があかない。だが、このまま何もせずに殺されるよりは、抵抗の果てに死んだほうが、まだマシだろう。
全身の筋肉の緊張を解くように、息を吐く。今一度、構えを直す。
何かを踏んだ感触。
足許を見る。何もない。足を上げるとそこには、白い小さな蜘蛛の死骸がある。
蜘蛛、思わずそう呟く。
かと思いきや、突然に足許が白く染まる。
目を凝らしてそれを見る。と、それはーー
蜘蛛だった。
真っ白な蜘蛛だった。
足許から真っ白な小蜘蛛が数えきれない程に湧いて来ている。思わず声が漏れる。うねる白い小蜘蛛の大群はまるで海でうねる波のよう。
踏む。地団駄を踏むように小蜘蛛を踏みつける。だが、殺しては増えを繰り返し、気づけば草履から這い上がり、足、胴体、腕と全身を包み込もうとしている。
もはや亡者たちの姿など見えはしない。
身体中を覆う蜘蛛の大群に、一抹の既視感を覚え、意識は混濁。
そして、目の前は真っ暗になるーー
ハッとするーー牛馬は目を覚ました。
【続く】
轟く悲鳴が低音を伴ってうねっていく。一体、何人殺したのだろうか。
『神殺』の刀身は血でベットリと汚れている。このままではその切れ味を失い、力は半分以下となるだろう。
刀を振り上げ、勢い良く下ろす。ベッタリとついた血を払う。とはいえ、それですべてを払うことは出来ず、残った分は袴の一端で拭う。
黒い袴にドス黒い血の色が滲む。刀身を覗き込むと、鈍い輝き。血に含まれる脂か、脂肪を引き裂いた時のモノかはわからないが、うっすらと伸びる汚れた脂が刀身を覆っている。
そこに映る自分の顔はいうまでもなく淀んでいる。薄汚れていて、ぼやけている。
寄って集ってくる極楽人、それらをすべて斬り殺し、その肉体を薙いで行く。
終わらない。まだ終わらない。
まるで亡者のように、生気を失った極楽の住人たちが、牛馬目掛けて跳んでくる。目は黄色く濁り、口からはヨダレを垂らしている。もはやまともな人間とはいえなかった。
「……キチガイが」思わず吐き捨て、神殺を八相に構え直す。
だが、休んでいる暇もなく、極楽の住人は次から次へと現れる。地面から穴を掘って沸いて出て来たように、そこら辺から現れる。
来た、また来た。
今度は五人だ。男と女。ボロボロの衣服に身を包み、正気を失ってた男と女。
男が飛び掛かって来る。
身を引きながら、飛び掛かってくる男から体をかわしつつ、男の首もと、袈裟を斜めに切り捨てる。手応えは殆どない。骨を断絶する固さもなければ、肉と皮膚を引き裂く弾力もない。
まるで柔らかい土を掘り返しているような、そんな手応えのなさが手に伝わる。人を斬った感覚とはいえないその感覚が気持ち悪い。
斬られた極楽人の身体は、傷口から緑色の血液を噴き出し、全身が陶器が割れるようにいっぺんにバラバラになり、砕けた肉体は再び土へと戻って行く。
呼吸。荒い息。疲労が少しずつ蓄積していく。ゴクリと唾を飲み込む。刀を左の脇に構え直し、向かって来る亡者に対した。
飛び掛かって来る極楽の女亡者。それに続いて男、女も飛び掛かって来る。
ひとり目、袈裟懸けに切り上げる。
ひとり目の女の右の腹から左肩に掛けてが切り裂かれる。緑の血が噴き出す。土に返る。
ふたり目、踏み込んで袈裟懸けに斬り下ろす。
鮮血。やはり砕け散る。
三人目は勢いを利用して更に踏み込み、真っ向に刀を斬り下ろす。
極楽の女亡者の身体が真っ二つになる。
あとひとり。男の亡者。真うしろにいる。
左足を大きく引きつつ回ひながら体をかわし、下ろしていた刀を斬り上げる形で胴を薙ぐ。
間一髪。五人目の身体はそのまま砕け散る。
漸く殲滅したか。息を吐きながら辺りを見回す。土が沸々とする様子はない。もう沸いてくることもないのだろうか。
こめかみから頬を伝う汗が気持ち悪く、左手で乱暴に拭い払う。
汗が散る。地面に微かな潤いを与える。
が、まるでその潤いが不幸であったかのように、またもや極楽の亡者たちが土を突き破って現れる。
ひとり、ふたり、三人……
今度は五人に留まらない。六人、七人、八人……、総計で三十人ほど。
まるで虫けらのように沸いてくる極楽の亡者たち。亡者の大群に取り囲まれていることに気づいた時にはもう遅い。だが、このままでは亡者のエサとなって、肉体を食い千切られ、生きたまま臓物を貪られる運命しか待っていない。
手のひらは粘っこい汗で濡れている。神殺の柄巻は汗で濡れてより黒くなっている。
神殺をグッと握り締める。その握力で染み込んだ汗が、わずかに絞り出される。
気づけば薄暗い紫の靄が辺りを覆っている。
吐く息が闇に包まれて行く。
来る、またひとり。
尚も斬り捨てる。
だが、ひとり斬ればふたり、ふたり斬れば四人、四人斬れば八人と、どんどん亡者たちは土から現れる。まるで下手人を嘲笑うように。
斬る。斬り殺す。数が増えて行く前に殲滅する。そう思わせるほどにキビキビと亡者どもを斬って行くも、殺す早さは増える早さには追いつかない。まるで亀がうさぎに追い付けないように、亡者の数ばかりが増えて行く。
このままでは埒があかない。だが、このまま何もせずに殺されるよりは、抵抗の果てに死んだほうが、まだマシだろう。
全身の筋肉の緊張を解くように、息を吐く。今一度、構えを直す。
何かを踏んだ感触。
足許を見る。何もない。足を上げるとそこには、白い小さな蜘蛛の死骸がある。
蜘蛛、思わずそう呟く。
かと思いきや、突然に足許が白く染まる。
目を凝らしてそれを見る。と、それはーー
蜘蛛だった。
真っ白な蜘蛛だった。
足許から真っ白な小蜘蛛が数えきれない程に湧いて来ている。思わず声が漏れる。うねる白い小蜘蛛の大群はまるで海でうねる波のよう。
踏む。地団駄を踏むように小蜘蛛を踏みつける。だが、殺しては増えを繰り返し、気づけば草履から這い上がり、足、胴体、腕と全身を包み込もうとしている。
もはや亡者たちの姿など見えはしない。
身体中を覆う蜘蛛の大群に、一抹の既視感を覚え、意識は混濁。
そして、目の前は真っ暗になるーー
ハッとするーー牛馬は目を覚ました。
【続く】