【帝王霊~睦拾壱~】
文字数 1,246文字
喫茶店から出ると関口は大きく息を吐いた。
川澄の一番ストリートはやたらと人が多い。まず誘拐犯はこういった場所を避けるに違いない。だが、逆をいえば、こういった場所だからこそ通行人Aとして自分の存在を隠しやすいともいえる。
ただ一番ストリートは車線が左右1本ずつの狭い通りで、ただ歩くには目立ちやすい。そう考えると歩道をノソノソと歩くには人質がいては都合が悪いのはいうまでもないだろう。となると、やはりーー
関口が歩いていると、車道を堂々と横切る男がひとりいた。その男は目が死んだように濁っており、髭は雑草のはえた庭のようになっていた。髪も薄毛ながら荒れ地のように無作法に伸びていた。ヨレヨレのジャンパーに色の褪せたデニムをはいていた。
身長は175くらいだろうか。170の関口よりも少し目線が高かった。そして、何よりも不思議だったのは、大きなスーツケースを引いていることだった。
確かに旅行帰りだとか、ちょっと荷物が多くてだとかでスーツケースを用意するのはわかるが、それが見た目とまったく釣り合っていない。俳優だろうか。だが、その目の曇り方とグロテスクな存在感はむしろ犯罪者といったところだった。
関口は男を興味なさそうに見た。そして、男が横を通り過ぎると、思わず鼻を塞いだ。においが強烈だった。まるで数日間風呂に入っていないような据えたにおい。これで俳優説は殆ど消えたといえた。役作りにしては度が過ぎていたからだ。
興味なさそうだった関口の目に突然光が宿った。そして、口許に笑みが浮かんだ。関口は振り返り、男を追跡しようとした。
突然の衝撃。
「ってぇなぁー」
関口の目の前に三人の学生がいた。三人とも学ランを着崩し、インナーにはTシャツを着ていた。関口のことを半笑いで見ていた。関口は襟元の校章を見ていった。
「なぁんだ、『川澄実業』か。どうせつまらないケンカを売りに来て、金を出せとかいうんでしょ? まぁ、渡さないけどさ」
「何だ、テメェ。舐めてんのかーー」
因縁をつけようとし、右手を関口の胸ぐらに伸ばそうとしたその時だった。実業の生徒のひとりは苦痛の声を上げ、その場に倒された。小手返しーー関口が伸びてくる右手を左手で掴んで極め、投げたのだった。そして、そのまま蟹の足を折るように右肘をバキッと折ってしまった。悲鳴が轟いた。
もうひとりが前へ出ようとした。が、瞬時に関口に入り込まれ、入身投げされると、もうひとりの生徒はその場で思い切り後頭部を打った。そして、関口はもうひとりの顔面を思い切り踏みつけ、側頭部を蹴りつけた。ふたつ目の悲鳴が轟いた。
最後のひとりは完全に戦意を喪失していた。関口から笑みを向けられると、声を上げて逃げようとした。がーー
「友達を忘れてるよ。ちゃんと連れて帰ってね」
と関口にいわれると、半ば強引に倒れたふたりを引っ張って、その場を去っていった。野次馬はたくさんいた。だが、スーツケースの男はまったく振り返らなかった。
関口はニヤリと笑って歩き出した。
【続く】
川澄の一番ストリートはやたらと人が多い。まず誘拐犯はこういった場所を避けるに違いない。だが、逆をいえば、こういった場所だからこそ通行人Aとして自分の存在を隠しやすいともいえる。
ただ一番ストリートは車線が左右1本ずつの狭い通りで、ただ歩くには目立ちやすい。そう考えると歩道をノソノソと歩くには人質がいては都合が悪いのはいうまでもないだろう。となると、やはりーー
関口が歩いていると、車道を堂々と横切る男がひとりいた。その男は目が死んだように濁っており、髭は雑草のはえた庭のようになっていた。髪も薄毛ながら荒れ地のように無作法に伸びていた。ヨレヨレのジャンパーに色の褪せたデニムをはいていた。
身長は175くらいだろうか。170の関口よりも少し目線が高かった。そして、何よりも不思議だったのは、大きなスーツケースを引いていることだった。
確かに旅行帰りだとか、ちょっと荷物が多くてだとかでスーツケースを用意するのはわかるが、それが見た目とまったく釣り合っていない。俳優だろうか。だが、その目の曇り方とグロテスクな存在感はむしろ犯罪者といったところだった。
関口は男を興味なさそうに見た。そして、男が横を通り過ぎると、思わず鼻を塞いだ。においが強烈だった。まるで数日間風呂に入っていないような据えたにおい。これで俳優説は殆ど消えたといえた。役作りにしては度が過ぎていたからだ。
興味なさそうだった関口の目に突然光が宿った。そして、口許に笑みが浮かんだ。関口は振り返り、男を追跡しようとした。
突然の衝撃。
「ってぇなぁー」
関口の目の前に三人の学生がいた。三人とも学ランを着崩し、インナーにはTシャツを着ていた。関口のことを半笑いで見ていた。関口は襟元の校章を見ていった。
「なぁんだ、『川澄実業』か。どうせつまらないケンカを売りに来て、金を出せとかいうんでしょ? まぁ、渡さないけどさ」
「何だ、テメェ。舐めてんのかーー」
因縁をつけようとし、右手を関口の胸ぐらに伸ばそうとしたその時だった。実業の生徒のひとりは苦痛の声を上げ、その場に倒された。小手返しーー関口が伸びてくる右手を左手で掴んで極め、投げたのだった。そして、そのまま蟹の足を折るように右肘をバキッと折ってしまった。悲鳴が轟いた。
もうひとりが前へ出ようとした。が、瞬時に関口に入り込まれ、入身投げされると、もうひとりの生徒はその場で思い切り後頭部を打った。そして、関口はもうひとりの顔面を思い切り踏みつけ、側頭部を蹴りつけた。ふたつ目の悲鳴が轟いた。
最後のひとりは完全に戦意を喪失していた。関口から笑みを向けられると、声を上げて逃げようとした。がーー
「友達を忘れてるよ。ちゃんと連れて帰ってね」
と関口にいわれると、半ば強引に倒れたふたりを引っ張って、その場を去っていった。野次馬はたくさんいた。だが、スーツケースの男はまったく振り返らなかった。
関口はニヤリと笑って歩き出した。
【続く】