【マキャベリスト~沈黙~】

文字数 3,206文字

「で、どこに向かってるんだよ」

 真夜中、弓永は軽自動車の車窓から見えるハイウェイの壁の目を眺めながらいった。

 佐野と弓永は警察の追跡を巻くと車を変え、改めてストリートの外気に排気ガスを浸透させ始めた。走り始めて一時間、警官は相変わらず暴走するスポーツカーを探しているようだったが、今となってはそんな車は幻でしかない。

「ヒ、ミ、ツ」

 女郎蜘蛛のメスがオスの身体に牙を立てるような妖艶な声で、佐野はいった。車を変えた際にメガネを掛け、服装もカジュアルなモノに変えており、今では一見すると夜遊びしている冴えない大学生にしか見えない。

「ヒミツって、今更かよ」

 弓永は懐を探った。が、何もない。弓永はため息をついた。が、何かを思い出したように、目線を左下に流し、沈黙の中で何かを悟った。

「どうしたの?」

「いや、何でもない。それより、おれが殴られて気絶した時はどうだった?」

「知らなぁい。その時、わたしそこにいなかったからねぇ」

「……そうか」

「音楽掛けよっか」

 そういって佐野はスマホをカーステレオに繋ぎサブスクを起動させた。ハイウェイを走るには持ってこいだが、夜聴くにはうるさすぎる。

「何だよ、このうるせえの」

「あれぇ、メタリカの『ライド・ザ・ライトニング』、知らない?」

「おれはクラシックしか聴かねぇからな」

「好きな作曲家は? ワーグナー? ベートーヴェン? それとも無難にバッハ?」

「サティだよ。無難にな」

「サティかぁ。サティのピアノは夜の高速にはしっとりし過ぎだね。こっちのほうがいい」

「かといってヘビメタってのもな」

「ヘビメタじゃなくて、スラッシュ・メタルね」

「同じだろ」

「同じじゃないよ。それに、『ヘビメタ』って好きな人にいわないほうがいいよ。蔑称だからね」

「そうなのか」

 雷のようなギターリフを振り撒きながら、ふたりの乗った軽自動車は走った。それから三十分して、車は高速を下り、公道を走って都内の某所へと向かっていた。

 都心から離れたその場所は寂れた雰囲気を纏っていた。東京都とは思えないほど歯抜けした建物の密度に、人通りの少なさーーといっても、緊急事態宣言の真っ只中の東京都では、一部の地域を除けば夜は寂れたモノではあるが。

「着いたよ」

 シートベルトを外し、外へ降り立つ佐野。そこは築何十年にもなるであろう古びたアパートだった。家賃もそれほど高くはないだろう。階段と手刷りに使われている鉄の表面は酸化して脆くなっていた。

 三月とはいえ、まだ風には冷たさが残っている。弓永は車を降りると、うっすらと身体を震わせた。

「ここで何すんだよ」

「まぁ、見てて」ザクロが弾けるように佐野は笑ってみせた。

 一階の奥の部屋。佐野はインターフォンを三回ほど鳴らした。が、反応はなかった。それから戸を何度か叩いてみるも、反応なし。

「わたし、ここにいるから、反対側に回ってみてくれない?」

 弓永は不平不満を表情に集めた。が、断る理由もなく、結局は敷地を回って反対側へと回った。

 部屋の反対側は大きなガラス戸で閉じられていた。部屋の内装は黒のカーテンで遮られており、その隙間から室内を照らす蛍光灯の明かりが漏れ、テレビの音が聴こえていた。

 洗濯物は干されていなかった。時間的にいえば当たり前だろうが、そもそも物干し竿もあるにはあるのに、使われた形跡が一切なかった。

 弓永は眉間にシワを深く刻み込んだ。近所まで買い物にいく際に、テレビや部屋の電気をつけっぱなしにして出掛けることはある。それはただ単にズボラだからということもあるが、防犯目的でそうすることもある。

 基本的に部屋の電気とテレビが点いている家に、泥棒は侵入しようとはしない。

 だが、弓永はどこか引っ掛かったようだった。回りの部屋の様子を確かめると、弓永はカーテンの隙間から部屋の様子を覗いた。

 大したモノはないようだった。テーブルすらなく、布団がひとつ敷かれているくらい。そんな部屋にテレビなどあるのだろうか。弓永は更に目を凝らした。目が見開かれた。

 弓永は玄関口に戻った。

「どうだった?」

 佐野の問いに対して弓永はいったーー

「中で誰かが死んでる」

 佐野は特に驚きもしなかった。特にショックを受けた様子もなく、あっ、そう、と納得して懐から革製の小箱を取り出し、開いた。

「警官の前でやるのは気が引けるけどね」

 そういって微笑して見せると、佐野は部屋の鍵を開けるため、ピッキングを始めた。

「空き巣で引っ張ってもいいんだぜ」

「そんなことしたら、わかってるでしょ?」

 弓永は舌打ちした。この佐野という女は人の弱みをよく知っていた。まるで、会ったヤツすべてに毒を仕込んでジワジワとその命を蝕んでいくような恐ろしさが彼女にはあった。

 弓永は手を差し出した。

「何?」弓永の手を見た佐野がいった。

「電話、貸せよ。おれのスマホ、どっかいっちまったんだ。あんまり長い間上と連絡を取らないと、流石にマズイだろうからな」

 佐野は大きくため息をついて懐からガラパゴスケータイを取り出すと弓永の手に置いた。

「これでいいでしょ? 貸してあげる」

 弓永は電話を受けとると、部屋の前を後にしようとした。

「ちょっと、電話ならここですれば?」佐野がいった。

「人の部屋の前で女がピッキング、男が電話してれば、泥棒以外は誰だって通報するさ」

「……それもそうだね。でも、わかってるよね?」

 弓永は何もいわずに敷地内から出た。乗ってきた車のすぐ側まで来ると、弓永はネットワークで五村署の電話番号を調べ、電話を掛けた。

「はい、こちら五村警察署でございます」窓口の女性はハキハキとした口調でいった。

「強行の弓永だ。ワケあってスマホが壊れた。刑組課長の佐武の個人番号を教えてくれ」

「あぁ、弓永さん」女性の声のトーンがやや高くなった。「少々お待ち下さい」保留音。

 実をいえば、弓永が嫌われているのは基本的に男性署員からで、女性署員からは比較的好かれているほうだった。

 というのも、弓永の容貌が比較的よく、 体格もガッシリしていて、かつ頭もよく、後輩女性に対する面倒見がよかったからだった。

「お待たせしました」

 電話が繋がると、女性署員は佐武の電話番号をいった。弓永はそれを石で地面に刻んだ。

「ありがとよ。キミ、名前は?」

 弓永は女性署員の名前を聞き出して電話を切ると、すぐさま佐武に電話し、地面に刻んだ番号を足で掻き消した。

「はい、佐武ですが」敵意はないが、やや戸惑った声。

「ハッ! 何戸惑ってんだよ!」弓永は笑っていった。

「弓永ッ! 今どこにーー」

 弓永は現在地とそこで殺人が起きているかも知れないことを伝え、現状を訊ねた。

「さっぱりだ。放火犯と見られる男はお前が追い掛けて見失ったばかりだし、お前が誰かに殴られてバンに乗せられたのもカメラで確認した。で、大丈夫なのか?」

「大丈夫じゃないかもな。でもーー」弓永は佐野がいるほうを振り向いた。「いや、何でもない」

「そうか。まだ合流はできないのか?」

「今は無理そうだ。取り敢えず、生きてたらまた連絡する。じゃーー」

「弓永」弓永が電話を切ろうとするのを遮るように、佐武はいった。「無事でよかった」

「……オッサンも、気をつけてな。じゃ」

 弓永は笑みを浮かべながら電話を切った。それからとあるSNSに接続し、ザッと情報を眺めると、記憶を辿って電話番号を打ち込んだ。

「誰だよ」電話の相手はいった。

「弓永だ」

「何だよ。突然、連絡が途絶えたからどうかしたのかと思った」

「悪いな。それより、少し前に私用の連絡がしたいって二万円の投げ銭をしたヤツがいたか教えてくれないか?」

「二万の投げ銭?」大鳩は疑わしげにいった。「それが何か関係あんのかよ?」

「あぁ、何にでもなれるジョーカーか、お荷物でしかないババか、それを判断するには二万円じゃ安すぎるからな」

 【続く】
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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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