【線路の果ては地獄か、天国か】
文字数 3,162文字
好きこそものの上手なれという諺がある。
これは、早い話が好きなものほど上達しやすいということだ。
ただ、現実は非常に厳しく、好きなだけでは上達はしてくれない。というより、好きのベクトル次第といったほうがいいのだろうか。
というのも、ただやるのが好きなだけで、工夫するつもりはないというのなら、それは上達しないだろう。或いは、何も考えずにただがむしゃらにやるというのも上達は遅れる。
まぁ、後者は大器晩成ということもあるので、まったく有り得ないとはいえないが。
やはり、何かを上達しやすい好きというのは、「もっと上手くなりたい」と思い、色々なことに挑戦し、工夫を凝らしていくことだ。これに関してはただの横好きより、ずっと上達が早いのはいうまでもない。
かくいうおれも、単なる横好きで文章を書いているワケだけど、まぁ、たまには工夫を凝らしてみるかと試してみてはいるものの、それが上手くハマった試しがない。
根本的に努力というものが嫌いだし、努力の仕方が下手なのだ。だからこそ、三流のクソみたいな文章しか書けないワケだ。
自虐はここまでにして、昨日の続きな。あらすじーー「喫茶店オカベにて休息を取っていた武井愛は、謎の組織の人間とおぼしき男たちの襲撃を受けた。が、辛くもそれらを退けると、武井はひとり肩で息を切って勝利を噛み締めるのだったーー」
とまぁ、これは『ミス・ラストスタンド』の前回のあらすじなワケだけど、そっちもよろしくということで。
本チャンのあらすじとしては、五条氏が本格的に芝居に嫌気が差したといった感じだな。まぁ、嫌気が差す出来事というのはこれだけじゃないんだけどな。では、続きなーー
本稽古に入ってからの稽古は惨敗続きで、おれはすっかり意気消沈していた。が、それはおれだけでなく、あおいも同様だった。
あおいも初の主役ということで厳しく演出をつけられて沈んでいた。気づけばおれもあおいもアフターに出ることはなくなっていた。
シンプルに『ブラスト』から離れたかった。
アフターに出たところでダメ出ししかされないのはわかりきっていた。そんなつまらない食事会など、参加して何がよいというのだろう。
「通し稽古か」夜風に吹かれながらおれはあおいにいった。「大丈夫なんかな」
あおいは曖昧に返事をしたーーいや、曖昧にしか返事ができなかったのだろう。
家に帰り、台本を開いてみる。紙面には書き込みがいっぱい。しかし、そのどれもがダウト。正解などわからなかった。
ウィークデー。この時期ともなると平日も木曜日だけとはいえ普通に稽古があった。おれも参加していたけれど、正直やる気はなかった。アフターにも参加しないし、行って、終わったらそのまま帰る。そのルーティンだった。
通し稽古まであと二日。ストレスは確実におれを蝕んでいた。
パニック障害という悪魔がおれの心臓を氷のように冷たい両手で包み込んでいた。恐怖と不安は確実におれに狙いを定めていた。
土曜日など来なくてよかったーー来ないで欲しかった。
が、時間は残酷だった。
通し稽古当日、昼過ぎに五村シティセンターにて集合。車から各種機材や小道具類を取り出し、ホールへと運び込む。機材を運び、小道具の準備をすると、ミサオさんに呼び出される。何かと思い、ミサオさんのほうへ行くとーー
「これ、お前のベッドな」
そこにあったのは、人ひとりがギリギリ寝転がれるくらいの広さのベッドだった。底にはローラーが付いており、移動させるのも手軽そうだった。
「本番は、これにシーツと掛け布団をすれば、ベッドに見えるだろ」
正直、おれは感動していた。芝居に嫌気が差していたのは事実だが、いざ、自分が使うハンドメイドのベッドが目の前に現れると、いいようのない喜びが込み上げてきた。
「じゃ、今日は頑張れよ」
ミサオさんに肩を叩かれ、おれは明朗に「はい!」と答えた。
それから、ヒロキさんにも挨拶をする。
ヒロキさんはただ、おれがすべきことだけをいい、そしてひとこと頑張るようにいってくれた。いうことは的を射つつ、厳しさの中に優しさが混じるヒロキさんのコメントには感謝しかなかった。
それから、衣装に着替え、初めてのメイクをする。何をすればいいかなど全然わからない。そんな中、他の劇団員たちは慣れた手付きでメイクを済ませていく。
おれはあおいにメイクを教わり、慣れない手付きでベースメイクをし始めた。何とかベースメイクを終えると、次は鼻筋や眉だが、どうすればいいのかわからないおれは、ヨシエさんに意見を求めにいった。そしたらーー
「ジョーはベースメイクだけでいいよ」思わず、それでいいのかと聞き返す。すると、「アナタの顔に鼻筋とか入れたら、もはや日本人ではないでしょ!」
と笑い出した。そんなもんだろうか。
確かにおれの顔は彫りが深く、初対面の人に「メキシカン・ジャパニーズだ」としょうもないウソをついてもまず疑われない。というより、ウソだとバラし、純粋な日本人だというと逆に驚かれる有り様だ。
まぁ、演出がいうのだからそんなもんなのだろうと自分を納得させ、おれはベースメイクを終えると、舞台のほうへ向かった。
舞台を見つめ、芝居の流れを頭の中で確認する。それに合わせて舞台の床を踏み締める。
あおいからアナウンスがあり、準備運動と発声をし、それを終えると最終確認。小道具は大丈夫か。衣装は大丈夫か。
おれの衣装は、病人として着るパジャマと、最後のシーンで着る普段着だけだ。小道具といえば、布団の中で読む文庫本くらい。
準備は万端。だが、緊張が止まらない。
「ジョー、どうした?」
そう声を掛けてくれたのは、夏美さんだった。立花夏美さんは、『ブラスト』のメンバーではない。以前、今回の舞台にゲスト出演する人がいると書いたが、夏美さんがその人だ。
夏美さんは五村市にある朗読劇団『リーダーズ』の代表だった。団体の名前の由来は、英語で読者を意味する「reader」の複数形だ。朗読役者とはいえ、舞台役者としても高いポテンシャルを持っている。
「もしかして、緊張してるの?」
おれは恥ずかしがりつつ、それを認めた。すると、夏美さんは、
「初めてだもんね。まぁ、これはあくまで通しだからさ。今は自分にできることをやればいいんだよ。気楽に頑張ろう!」
夏美さんのことばは非常にこころ強かった。夏美さんにお礼をいい、お互い頑張ろうと伝えた。それから、尚子さんに声を掛け、今日の通し稽古は頑張ろうといった。尚子さんは、
「心配なことも多いけど、頑張ろう!」
と不安ながらも笑顔を見せてくれた。それから、あおいだ。あおいにも同じように伝えると、
「とりあえず、今はやるしかないよね。竜也くんも一緒に頑張ろ!」
そんな話をしていると、ヨシエさんが役者に召集を掛ける。横一列に並ぶ役者。その対面には、スタッフとしてお世話になる劇団員にOB、OG、『トーキング』のメンツ。
ゆーきさんが号令を掛け、全員でスタッフを務めてくれる人たちに挨拶をし、ヨシエさんが音頭を取り、役者全員位置についた。
心臓はバクバクだった。鼓動を早める心臓に、荒くなる呼吸。パニックは治っていない。いつあの悪魔がやってくるかはわからない。でも今はーー
号令が掛かり、通し稽古が始まったーー
とまぁ、今日はこんな感じ。次回は通し稽古のその後だな。思いの外暗い内容にならなかったのは、自分でも驚き。じゃ、そういうワケで。
アスタラビスタ。
これは、早い話が好きなものほど上達しやすいということだ。
ただ、現実は非常に厳しく、好きなだけでは上達はしてくれない。というより、好きのベクトル次第といったほうがいいのだろうか。
というのも、ただやるのが好きなだけで、工夫するつもりはないというのなら、それは上達しないだろう。或いは、何も考えずにただがむしゃらにやるというのも上達は遅れる。
まぁ、後者は大器晩成ということもあるので、まったく有り得ないとはいえないが。
やはり、何かを上達しやすい好きというのは、「もっと上手くなりたい」と思い、色々なことに挑戦し、工夫を凝らしていくことだ。これに関してはただの横好きより、ずっと上達が早いのはいうまでもない。
かくいうおれも、単なる横好きで文章を書いているワケだけど、まぁ、たまには工夫を凝らしてみるかと試してみてはいるものの、それが上手くハマった試しがない。
根本的に努力というものが嫌いだし、努力の仕方が下手なのだ。だからこそ、三流のクソみたいな文章しか書けないワケだ。
自虐はここまでにして、昨日の続きな。あらすじーー「喫茶店オカベにて休息を取っていた武井愛は、謎の組織の人間とおぼしき男たちの襲撃を受けた。が、辛くもそれらを退けると、武井はひとり肩で息を切って勝利を噛み締めるのだったーー」
とまぁ、これは『ミス・ラストスタンド』の前回のあらすじなワケだけど、そっちもよろしくということで。
本チャンのあらすじとしては、五条氏が本格的に芝居に嫌気が差したといった感じだな。まぁ、嫌気が差す出来事というのはこれだけじゃないんだけどな。では、続きなーー
本稽古に入ってからの稽古は惨敗続きで、おれはすっかり意気消沈していた。が、それはおれだけでなく、あおいも同様だった。
あおいも初の主役ということで厳しく演出をつけられて沈んでいた。気づけばおれもあおいもアフターに出ることはなくなっていた。
シンプルに『ブラスト』から離れたかった。
アフターに出たところでダメ出ししかされないのはわかりきっていた。そんなつまらない食事会など、参加して何がよいというのだろう。
「通し稽古か」夜風に吹かれながらおれはあおいにいった。「大丈夫なんかな」
あおいは曖昧に返事をしたーーいや、曖昧にしか返事ができなかったのだろう。
家に帰り、台本を開いてみる。紙面には書き込みがいっぱい。しかし、そのどれもがダウト。正解などわからなかった。
ウィークデー。この時期ともなると平日も木曜日だけとはいえ普通に稽古があった。おれも参加していたけれど、正直やる気はなかった。アフターにも参加しないし、行って、終わったらそのまま帰る。そのルーティンだった。
通し稽古まであと二日。ストレスは確実におれを蝕んでいた。
パニック障害という悪魔がおれの心臓を氷のように冷たい両手で包み込んでいた。恐怖と不安は確実におれに狙いを定めていた。
土曜日など来なくてよかったーー来ないで欲しかった。
が、時間は残酷だった。
通し稽古当日、昼過ぎに五村シティセンターにて集合。車から各種機材や小道具類を取り出し、ホールへと運び込む。機材を運び、小道具の準備をすると、ミサオさんに呼び出される。何かと思い、ミサオさんのほうへ行くとーー
「これ、お前のベッドな」
そこにあったのは、人ひとりがギリギリ寝転がれるくらいの広さのベッドだった。底にはローラーが付いており、移動させるのも手軽そうだった。
「本番は、これにシーツと掛け布団をすれば、ベッドに見えるだろ」
正直、おれは感動していた。芝居に嫌気が差していたのは事実だが、いざ、自分が使うハンドメイドのベッドが目の前に現れると、いいようのない喜びが込み上げてきた。
「じゃ、今日は頑張れよ」
ミサオさんに肩を叩かれ、おれは明朗に「はい!」と答えた。
それから、ヒロキさんにも挨拶をする。
ヒロキさんはただ、おれがすべきことだけをいい、そしてひとこと頑張るようにいってくれた。いうことは的を射つつ、厳しさの中に優しさが混じるヒロキさんのコメントには感謝しかなかった。
それから、衣装に着替え、初めてのメイクをする。何をすればいいかなど全然わからない。そんな中、他の劇団員たちは慣れた手付きでメイクを済ませていく。
おれはあおいにメイクを教わり、慣れない手付きでベースメイクをし始めた。何とかベースメイクを終えると、次は鼻筋や眉だが、どうすればいいのかわからないおれは、ヨシエさんに意見を求めにいった。そしたらーー
「ジョーはベースメイクだけでいいよ」思わず、それでいいのかと聞き返す。すると、「アナタの顔に鼻筋とか入れたら、もはや日本人ではないでしょ!」
と笑い出した。そんなもんだろうか。
確かにおれの顔は彫りが深く、初対面の人に「メキシカン・ジャパニーズだ」としょうもないウソをついてもまず疑われない。というより、ウソだとバラし、純粋な日本人だというと逆に驚かれる有り様だ。
まぁ、演出がいうのだからそんなもんなのだろうと自分を納得させ、おれはベースメイクを終えると、舞台のほうへ向かった。
舞台を見つめ、芝居の流れを頭の中で確認する。それに合わせて舞台の床を踏み締める。
あおいからアナウンスがあり、準備運動と発声をし、それを終えると最終確認。小道具は大丈夫か。衣装は大丈夫か。
おれの衣装は、病人として着るパジャマと、最後のシーンで着る普段着だけだ。小道具といえば、布団の中で読む文庫本くらい。
準備は万端。だが、緊張が止まらない。
「ジョー、どうした?」
そう声を掛けてくれたのは、夏美さんだった。立花夏美さんは、『ブラスト』のメンバーではない。以前、今回の舞台にゲスト出演する人がいると書いたが、夏美さんがその人だ。
夏美さんは五村市にある朗読劇団『リーダーズ』の代表だった。団体の名前の由来は、英語で読者を意味する「reader」の複数形だ。朗読役者とはいえ、舞台役者としても高いポテンシャルを持っている。
「もしかして、緊張してるの?」
おれは恥ずかしがりつつ、それを認めた。すると、夏美さんは、
「初めてだもんね。まぁ、これはあくまで通しだからさ。今は自分にできることをやればいいんだよ。気楽に頑張ろう!」
夏美さんのことばは非常にこころ強かった。夏美さんにお礼をいい、お互い頑張ろうと伝えた。それから、尚子さんに声を掛け、今日の通し稽古は頑張ろうといった。尚子さんは、
「心配なことも多いけど、頑張ろう!」
と不安ながらも笑顔を見せてくれた。それから、あおいだ。あおいにも同じように伝えると、
「とりあえず、今はやるしかないよね。竜也くんも一緒に頑張ろ!」
そんな話をしていると、ヨシエさんが役者に召集を掛ける。横一列に並ぶ役者。その対面には、スタッフとしてお世話になる劇団員にOB、OG、『トーキング』のメンツ。
ゆーきさんが号令を掛け、全員でスタッフを務めてくれる人たちに挨拶をし、ヨシエさんが音頭を取り、役者全員位置についた。
心臓はバクバクだった。鼓動を早める心臓に、荒くなる呼吸。パニックは治っていない。いつあの悪魔がやってくるかはわからない。でも今はーー
号令が掛かり、通し稽古が始まったーー
とまぁ、今日はこんな感じ。次回は通し稽古のその後だな。思いの外暗い内容にならなかったのは、自分でも驚き。じゃ、そういうワケで。
アスタラビスタ。