【藪医者放浪記~弐拾漆~】
文字数 1,125文字
死は静寂の中でけたたましく産声を上げる。
犬吉が銀次を人質に取ったまま屋敷の中に入ると、そこにはもはや死が産声を上げる機会も殆ど消えかけているような状況になっていた。屋敷の奥からは微かに鋼を打ち合う音と男たちの叫び声が聴こえる。
「テメェは終わりだ......」
不敵な笑みを浮かべて銀次がいう。だが、そこにはもはや何かの策や奥の手は存在せず、ただの強がり、負け惜しみでしかないように響いていた。
「はいはい、うるせえぞ」
そういって犬吉は銀次の首に回していた太い腕を少しばかりキツく絞めてやる。銀次は形なし、そこには手のひらに収まるほどの勝算すらもない。息苦しそうに何かをいおうとする銀次。犬吉は「何だ」といって最低限のことばを発せる程度に腕を弛めてやった。銀次はいう。
「テメエら......、みな殺し、だ」
犬吉は空いた手で銀次の頭をぶっ叩く。銀次の目に一瞬ながら星が舞う。
「うるさいな。負け惜しみもいいところじゃん」
「本当に負け惜しみだと思うか......?」
銀次のことばに犬吉の眉間にもシワが寄る。
「どういうことだぃ?」
犬吉が訊ねると銀次は絞まった首から発せられる限界の声で再度不敵に笑って見せる。その表情からは目にモノ見せてやらんという意識が感じられた。
「何がそんなに可笑しいってんだい?」
「テメエらは......、お仕舞ぇだ」
「仕舞いなのはオメエらの組なんじゃねえの?」
「確かに......、おれの組はこれで終わりかもしれねえ。でもな、テメエらはあの鬼の餌食になるんだよ......」
「鬼?」少し考えて犬吉は続ける。「あの牛馬とかいう野郎のことか?」
「あぁ......。アイツはテメエラらが思ってる以上に危ねえ野郎だ......。あのスカンピンのサムライにどうにか、出来るかな......?」
「見くびるなよ。アニキだって常識から外れた剣の使い手には変わらねえんだ。それに、鬼は何もオメエらの用心棒だけじゃねえんだよ」
うっすらと笑って見せる銀次。
「あの男もそうだっていうのか」
「あぁ見えてアニキもとんでもない刀の使い手でね。アニキの居合は通りすがりのヤツの首を知らない内にすっぱねるほど鋭いからな」
「だったら、牛馬だって負けてねえさ。あの男の姿を見たが最期、地獄行きは確定だ。それに、おれの抱えてる鬼は牛馬だけじゃねえんだ......」
「あ? どういうことだ?」
と、突然、何かが崩れ落ちるような音。
犬吉がそちらに目を向けると、そこには階段から転げ落ちた傷だらけのサムライの姿がある。血にまみれ、身体は強張り今にもその動きを止めてしまいそうだ。
犬吉は銀次を押さえつつ、ゆっくりと男のほうへ近づく。
男は鹿島の伝助だったーー
【続く】
犬吉が銀次を人質に取ったまま屋敷の中に入ると、そこにはもはや死が産声を上げる機会も殆ど消えかけているような状況になっていた。屋敷の奥からは微かに鋼を打ち合う音と男たちの叫び声が聴こえる。
「テメェは終わりだ......」
不敵な笑みを浮かべて銀次がいう。だが、そこにはもはや何かの策や奥の手は存在せず、ただの強がり、負け惜しみでしかないように響いていた。
「はいはい、うるせえぞ」
そういって犬吉は銀次の首に回していた太い腕を少しばかりキツく絞めてやる。銀次は形なし、そこには手のひらに収まるほどの勝算すらもない。息苦しそうに何かをいおうとする銀次。犬吉は「何だ」といって最低限のことばを発せる程度に腕を弛めてやった。銀次はいう。
「テメエら......、みな殺し、だ」
犬吉は空いた手で銀次の頭をぶっ叩く。銀次の目に一瞬ながら星が舞う。
「うるさいな。負け惜しみもいいところじゃん」
「本当に負け惜しみだと思うか......?」
銀次のことばに犬吉の眉間にもシワが寄る。
「どういうことだぃ?」
犬吉が訊ねると銀次は絞まった首から発せられる限界の声で再度不敵に笑って見せる。その表情からは目にモノ見せてやらんという意識が感じられた。
「何がそんなに可笑しいってんだい?」
「テメエらは......、お仕舞ぇだ」
「仕舞いなのはオメエらの組なんじゃねえの?」
「確かに......、おれの組はこれで終わりかもしれねえ。でもな、テメエらはあの鬼の餌食になるんだよ......」
「鬼?」少し考えて犬吉は続ける。「あの牛馬とかいう野郎のことか?」
「あぁ......。アイツはテメエラらが思ってる以上に危ねえ野郎だ......。あのスカンピンのサムライにどうにか、出来るかな......?」
「見くびるなよ。アニキだって常識から外れた剣の使い手には変わらねえんだ。それに、鬼は何もオメエらの用心棒だけじゃねえんだよ」
うっすらと笑って見せる銀次。
「あの男もそうだっていうのか」
「あぁ見えてアニキもとんでもない刀の使い手でね。アニキの居合は通りすがりのヤツの首を知らない内にすっぱねるほど鋭いからな」
「だったら、牛馬だって負けてねえさ。あの男の姿を見たが最期、地獄行きは確定だ。それに、おれの抱えてる鬼は牛馬だけじゃねえんだ......」
「あ? どういうことだ?」
と、突然、何かが崩れ落ちるような音。
犬吉がそちらに目を向けると、そこには階段から転げ落ちた傷だらけのサムライの姿がある。血にまみれ、身体は強張り今にもその動きを止めてしまいそうだ。
犬吉は銀次を押さえつつ、ゆっくりと男のほうへ近づく。
男は鹿島の伝助だったーー
【続く】