【冷たい墓石で鬼は泣く~拾伍~】
文字数 1,367文字
それからのわたしは復讐に取り憑かれた鬼となっていた。
何としても、おはるを殺した下手人を見つけ出し、殺してやらなければならないと思った。殺したところで何があるというワケでもない。わたしの中に巣くうドス黒い感情が、更なる黒い感情を呼び起こすだけだ。
わたしはかなり限られた不利な状況下で勝たなければならなかった。
まず剣の腕前に関しては何ともいえない。ただ、その点でいえば、わたしも相手も同じであろうことは明白だった。たしかに、相手は木刀を以てして刀を持つサムライを襲撃し勝利している。だが今はその木刀が真剣へと変わり、今まで以上の緊張感を持って挑まなければならない。
そんな中で、わたしは相手を斬り殺すだけの正当な理由を作るためにも、斬り捨て御免で相手を葬らなければならなかった。
斬り捨て御免ーーすなわち突発的に襲ってきた狼藉者に対して、自分の身を守るという正当な理由をもって相手を斬るということだ。
ただ、それはかなり苦しい。そもそも相手の腕前がどれ程か見えず、しかも想像する限りでいえば、結構なやり手だと思える相手に対して、まず自分の身を囮にし、そこから致命傷を負わずに後の先で相手のことを倒さなければならないということだ。これが如何に難しいかはいうまでもないい。
敵は暗中の街中、その四方何処から襲ってくるかわからない。わたしがどう考えても不利なのはいうまでもないし、逆に警戒しながら歩いたところで相手もそんな相手のことをお襲撃しようとは思わないだろう。
だからこそ、わたしは限りなく自然な様子を装いつつ、かつ突然の急襲を可能な限り最小限な被害でおさえつつ、後の先で敵を倒さなければならないのだ。
これはどう考えてもわたしに不利な状況であることは確かだった。だからこそわたしは、なるべく右側に塀や壁が来るように歩くことにした。こうすれば無条件で右方から攻め立てられることはなくなるし、左が空いていれば居合で瞬時に敵に応対できる。ただ、右方を意図的に塞いでいると見られれば、敵だって襲って来ることはないだろう。
わたしは提灯を持って暗い街を歩く。具合悪そうに、右手で右方の壁を手で擦りながら。わたしは自分の芝居に自信はなかった。だが、何となく右手で壁を伝いながらうつむき加減に歩いていれば、まず酔っ払いだと思われることだろうと思ったのだ。もし、相手が銭目的の外道であれば、今のわたしは格好の標的となるだろう。左手こそお提灯で塞がれて少し遅れを取るとはいえ、それを承知の上で投擲してくるとは、敵も思わないだろう。だからこそーー
足音が聴こえた。
神経がキュッと引き締まる音がした。
うしろだ。
わたしは歩を止めず、かつ芝居を続けながら歩いた。何者かは明らかにわたしについて回るように歩いていた。全神経を耳の集中した。相手の足音、明らかに自分の歩く音を殺そうとしていた。まず介抱目的ではない。
神経が更に締め付けられる。そこからは糸ほどの時間が東海道ほどの長さに思えた。来る、来ない、来る......、来ない......。この世に、わたしと何者かの足音しかなくなってしまったように思えた。
足音の調子が変わった。
わたしはうしろに向かって提灯を投げつけつつ振り向き、壁に沿わせるように刀を縦に抜きつけた。
瞳孔が開いた。
【続く】
何としても、おはるを殺した下手人を見つけ出し、殺してやらなければならないと思った。殺したところで何があるというワケでもない。わたしの中に巣くうドス黒い感情が、更なる黒い感情を呼び起こすだけだ。
わたしはかなり限られた不利な状況下で勝たなければならなかった。
まず剣の腕前に関しては何ともいえない。ただ、その点でいえば、わたしも相手も同じであろうことは明白だった。たしかに、相手は木刀を以てして刀を持つサムライを襲撃し勝利している。だが今はその木刀が真剣へと変わり、今まで以上の緊張感を持って挑まなければならない。
そんな中で、わたしは相手を斬り殺すだけの正当な理由を作るためにも、斬り捨て御免で相手を葬らなければならなかった。
斬り捨て御免ーーすなわち突発的に襲ってきた狼藉者に対して、自分の身を守るという正当な理由をもって相手を斬るということだ。
ただ、それはかなり苦しい。そもそも相手の腕前がどれ程か見えず、しかも想像する限りでいえば、結構なやり手だと思える相手に対して、まず自分の身を囮にし、そこから致命傷を負わずに後の先で相手のことを倒さなければならないということだ。これが如何に難しいかはいうまでもないい。
敵は暗中の街中、その四方何処から襲ってくるかわからない。わたしがどう考えても不利なのはいうまでもないし、逆に警戒しながら歩いたところで相手もそんな相手のことをお襲撃しようとは思わないだろう。
だからこそ、わたしは限りなく自然な様子を装いつつ、かつ突然の急襲を可能な限り最小限な被害でおさえつつ、後の先で敵を倒さなければならないのだ。
これはどう考えてもわたしに不利な状況であることは確かだった。だからこそわたしは、なるべく右側に塀や壁が来るように歩くことにした。こうすれば無条件で右方から攻め立てられることはなくなるし、左が空いていれば居合で瞬時に敵に応対できる。ただ、右方を意図的に塞いでいると見られれば、敵だって襲って来ることはないだろう。
わたしは提灯を持って暗い街を歩く。具合悪そうに、右手で右方の壁を手で擦りながら。わたしは自分の芝居に自信はなかった。だが、何となく右手で壁を伝いながらうつむき加減に歩いていれば、まず酔っ払いだと思われることだろうと思ったのだ。もし、相手が銭目的の外道であれば、今のわたしは格好の標的となるだろう。左手こそお提灯で塞がれて少し遅れを取るとはいえ、それを承知の上で投擲してくるとは、敵も思わないだろう。だからこそーー
足音が聴こえた。
神経がキュッと引き締まる音がした。
うしろだ。
わたしは歩を止めず、かつ芝居を続けながら歩いた。何者かは明らかにわたしについて回るように歩いていた。全神経を耳の集中した。相手の足音、明らかに自分の歩く音を殺そうとしていた。まず介抱目的ではない。
神経が更に締め付けられる。そこからは糸ほどの時間が東海道ほどの長さに思えた。来る、来ない、来る......、来ない......。この世に、わたしと何者かの足音しかなくなってしまったように思えた。
足音の調子が変わった。
わたしはうしろに向かって提灯を投げつけつつ振り向き、壁に沿わせるように刀を縦に抜きつけた。
瞳孔が開いた。
【続く】