【藪医者放浪記~睦拾玖~】
文字数 1,113文字
「まったく、同心てのも大変なモンだね」お雉がいうと、斎藤は恥ずかしそうに笑って見せた。「おじさん、将軍のお膝元とはいえ、こんな小さな街の番屋で静かに過ごしててつまらないんじゃない?」
なかなかに踏み込んだ質問ではあったが、斎藤は決して笑顔を崩そうとはしなかった。
「いやぁ、昔から争いごとが苦手でして」
「でも同心っていったら足軽でしょ? まずないと思うけど、戦になったら最前で戦いに行かなきゃならない。でも、アナタにそんな戦いが出来るようにはあまり見えないけど」
「いやぁ、平和こそが一番です。自分も昔は戦いを想定して武術の稽古に明け暮れたことがありましたが、今はそんなことせずとも、刀を抜かないことこそが何よりも価値のあることだと思っておりますから」
「ふぅーん」お雉はあまり納得していない様子だった。「まぁ、猿ちゃんが認めてるくらいだし、きっとスゴイ腕の持ち主なんだろうなとは思うけど、こう見るとやっぱそうは見えないというか。でも、そういうのってあからさまに見せるモンでもないのかな。能ある鷹は何とかっていうし」
「そうですね。強さを誇示したところでやって来るのはケンカ自慢、腕自慢ばかりで血生臭くて荒んだ生活ばかりですから。そんなことより、こんなとこでゆっくりしてていいんですか?」
「え?......あぁ、別にいいんだよ。あたしは堂々と松平の御家に入って行けるような身分ではないからね」
「いえ、そういうことではなくて」斎藤は苦虫を噛み潰したようにいった。「アナタ、一応泥棒じゃないですか。そんなアナタが堂々と番屋でくつろいでいるというのもねぇ」
「まぁ、それもそうだけど......、あたしのことお縄にする?」
「いえ、アナタには源之助さんのことがあるので。それにその場を抑えたワケでもーー」
「失礼ですが」その場に残っていた、猿田の傷を処置した医者がいった。「今、松平がどうとかおっしゃってましたよね?」
「え?」お雉は少し驚いた。「まぁ......」
「そうですか。お嬢さん、もしよろしければ、松平邸までご案内頂ければと思うのですが、どうですかね?」
「んー、松平邸っていっても簡単に入れるような場所ではーー」と、その時、お雉の顔がハッとする。「あ! いや、あたしは知らない! ねぇ、斎藤さん!?」
「え?」斎藤は呆気にとられたようにいった。「......えぇ、まぁ」
「そんなことより先生も疲れたでしょう?」お雉は急にせかせかと動き出した。「もう少しゆっくりされていけばいかがです?」
医者は立ち上がろうとした。が、お雉はそれを無理やりにでも座らせた。
「いえ! 急がずに! 少し休んで!」
お雉の表情はいつになくひきつっていた。
【続く】
なかなかに踏み込んだ質問ではあったが、斎藤は決して笑顔を崩そうとはしなかった。
「いやぁ、昔から争いごとが苦手でして」
「でも同心っていったら足軽でしょ? まずないと思うけど、戦になったら最前で戦いに行かなきゃならない。でも、アナタにそんな戦いが出来るようにはあまり見えないけど」
「いやぁ、平和こそが一番です。自分も昔は戦いを想定して武術の稽古に明け暮れたことがありましたが、今はそんなことせずとも、刀を抜かないことこそが何よりも価値のあることだと思っておりますから」
「ふぅーん」お雉はあまり納得していない様子だった。「まぁ、猿ちゃんが認めてるくらいだし、きっとスゴイ腕の持ち主なんだろうなとは思うけど、こう見るとやっぱそうは見えないというか。でも、そういうのってあからさまに見せるモンでもないのかな。能ある鷹は何とかっていうし」
「そうですね。強さを誇示したところでやって来るのはケンカ自慢、腕自慢ばかりで血生臭くて荒んだ生活ばかりですから。そんなことより、こんなとこでゆっくりしてていいんですか?」
「え?......あぁ、別にいいんだよ。あたしは堂々と松平の御家に入って行けるような身分ではないからね」
「いえ、そういうことではなくて」斎藤は苦虫を噛み潰したようにいった。「アナタ、一応泥棒じゃないですか。そんなアナタが堂々と番屋でくつろいでいるというのもねぇ」
「まぁ、それもそうだけど......、あたしのことお縄にする?」
「いえ、アナタには源之助さんのことがあるので。それにその場を抑えたワケでもーー」
「失礼ですが」その場に残っていた、猿田の傷を処置した医者がいった。「今、松平がどうとかおっしゃってましたよね?」
「え?」お雉は少し驚いた。「まぁ......」
「そうですか。お嬢さん、もしよろしければ、松平邸までご案内頂ければと思うのですが、どうですかね?」
「んー、松平邸っていっても簡単に入れるような場所ではーー」と、その時、お雉の顔がハッとする。「あ! いや、あたしは知らない! ねぇ、斎藤さん!?」
「え?」斎藤は呆気にとられたようにいった。「......えぇ、まぁ」
「そんなことより先生も疲れたでしょう?」お雉は急にせかせかと動き出した。「もう少しゆっくりされていけばいかがです?」
医者は立ち上がろうとした。が、お雉はそれを無理やりにでも座らせた。
「いえ! 急がずに! 少し休んで!」
お雉の表情はいつになくひきつっていた。
【続く】