【丑寅は静かに嗤う~貴方】

文字数 2,228文字

 脳裏にちらつくのは笑顔の女。

 華奢な身体に朗らかな笑顔、足袋を履いた小さな足に、糸のような細い指を丸めた手は腹の前で小さく重ねられている。

 まるで白昼夢のようだった。

 視界が彼女だけを捉えているかのように、周りを白いモヤで被っている。

「どうした?」

 猿の面を被った者が訊ねる。

「え?」羊の面を被った者が狼狽える。「あ、いや、何でもないんだ」

 羊の面がそういうと、猿の面は興味もなさそうに相槌を打ったかと思うと、

「まぁ、眠いのはわかるが、少しは見張りに集中してくれないか?」

 猿の面がいうのも尤もな話だ。ここは十二鬼面の隠れ家内にいくつかある見張り櫓のひとつの上だった。基本的に隠れ家内の見張りを務めるのは坤の組の者たちの仕事だった。

「すまない」

 羊の面は頭を下げて自分の不備を詫びる。

「まぁ、外回りから帰った後だし仕方ないな。しかし、貴様ついてたな」

「ついてた?」

「何だ、貴様新入りか何かか? 我々が坤の一家だということだよ」

「坤の一家だと何がいいんだ?」

「貴様、ほんとに何も知らんのだな。まぁ、いい。早い話がいい組に入った、ということだ」

 猿の面が説明し始める。それによれば、この十二鬼面には四つの組が存在し、四つの組の頂点に立ち、すべてを総括するのは、最上位の組である『丑寅組』の頭、『丑寅』であるが、それぞれの組の取り仕切るのは、その組の頭であるということだった。

 羊と猿の面を被った者が所属するのは、いうまでもなく『坤組』であり、そこを仕切るのは紛れもない『坤』であるということだ。

 坤は他の幹部連中とは比べモノにならないくらい手下思いの人物でーーというか、他の組の頭がキツ過ぎるとのことーー手下からは慕われ、本人は決して手下に無理はさせないとのことだった。

「……そうか」羊の面はうつむく。

「あぁ。とてもじゃないが盗賊にしておくのが勿体ないほどの人格者だよ、坤殿は」

「なるほど、な。しかし、女で盗賊の幹部になるというのも大変だったろうな」

「女ぁ?」羊の面は首を傾げる。「坤殿が?」

「違うのか?」

「確かに身体は華奢だし、こころなしか声も高すぎるキライがあるが、あんなぶっとい棍棒をブン回すんだ、女ってことはないだろう。しかし、どうして女だと思った?」

 羊の面は少し沈黙した後に、

「……いや、貴殿のいう特徴からそう思っただけだ。やはり疲れているのかもしれないな」
 
 猿の面は豪快に笑う。

「それもそうよ。ワシはここにおるから、貴様は坤殿を探して休ませて貰うよう行って来い」

 そういわれ、羊の面は猿の面に会釈をして櫓を降りる。羊の面はそのまま敷地内をフラフラと歩き回る。その視線は、何かを探すように鋭く研ぎ澄まされている。

 盗賊たちの寝床から便所に台所、食事場ーーさまざまな場所に入ってはその構造を確かめるように視線を右へ左へ向けている。

 それもそうだ。何を隠そう、この羊の面ーー

 猿田源之助なのだ。

 猿田源之助がこの隠れ家に忍び込むことが出来たのは、今被っている面のお陰である。

 猿田は鬼面が村を襲った時に回収した盗賊の面を使ってお雉を人質という形で確保したという名目で牢へと誘導するとして敷地内へ潜り込んだのだ。

 そして、お雉を牢へと案内した後は敷地内を歩き回って探索していたのだが、そこで櫓から降りてきた別の羊の面の者にいわれ、見張りを交代することとなったのだった。

 猿田は坤の部屋の前までやって来た。だが、その足が室内へと向かうことは容易ではないといわんばかりに止まっている。

 別に敷地内を探索出来れば、坤に暇を貰うための許可を得る必要などなかった。だが、気づけばその部屋の前にいた。まるで吸い寄せられるように。

 猿田はハッとする。そして、物陰に隠れる。隠れて坤の部屋の入り口を覗く。すると、

 お京とお馬が出て来たのだ。

 そう、お京とお馬が坤に部屋へと招かれ、ちょうど部屋を後にした時のことだったのだ。

 ふたりの女の後には見張りの猿の面が現れ、そのままふたりを牢へと向かう。

 猿田は物陰から出て、坤の部屋へと向かう。中へ入り、

「失礼致す」と坤に声を掛ける。

「何でしょうか?」振り返り、坤はいう。

「櫓の見張りをしていたのですが、外の見回りで体調を崩したのか、集中出来ませんで」

「そう、ですか……。わかりました。代わりの者を回しましょう。貴方は寝床をお戻りなさい。ご苦労様でした」

「……かたじけない。それでは失礼してーー」

「あの!」

 猿田が去ろうとすると、突然坤が猿田の背中に声を掛ける。猿田はピタリと足を止める。一瞬ではあるが、動揺とも取れる身体の震えが猿田の身体をブルッと震わせる。

「何でしょうか?」

 振り返りざま猿田が訊ねると、

「……いえ、お大事に」

「ありがとうございます。ではーー」

 再び猿田は部屋を後にしようとする。今度は背中に声が掛かることはなかった。

 部屋を後にすると、猿田はそこらを歩いている盗賊を気絶させて陰に隠しつつ、建物を伝って歩く。上を見上げる。

 幸い、櫓は高さがあって、すぐ下の様子には鈍感になっているようだった。

 猿田はすぐさま誰もいない台所へと入り、油の瓶を持ち上げると、再び外へ出る。それから暗がりに身を隠しながら盗賊たちの寝床である掘っ建て小屋のところへと油を持っていき、それぞれの建物に均等になるように外壁に油を掛ける。そして、すぐ近くにある松明を手に取ると、ゆっくりとうしろを振り返るのだった。

 【続く】
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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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