【藪医者放浪記~参拾伍~】
文字数 1,025文字
あり得ない光景を見ると人は呆然とする。
何を当たり前な話を、と思われるかもしれないが、案外それも実際にその『あり得ない光景』を見なければわからないモノだ。ということで、藤十郎の表情は引きつっていた。理由はいうまでもなく、あり得ない光景を目にしたからだ。そして、それはお付きの侍である寅三郎も同様だった。
「何ですか、これは......」
藤十郎が呆然とそういうのも無理はない。というのもーー
どういうワケかそこには御簾があり、その奥に女性の姿がうっすらと見えるからだった。
「失礼ですが......」寅三郎が口を開いた。「もしかしてあそこにおられるのがお咲の君でございますか......?」
自信なさげに訊ねる寅三郎に対して松平天馬は満面の笑みで、
「そうです! あちらにおられるのがお咲の君様でございなられます!」
「ことばが幾ばく可笑しくなっておられますが......」
寅三郎のひとことに天馬はハッとしたが、すぐに愛想笑いを浮かべ、
「何を仰られますか! まったく御冗談がお好きなんですな!」
「いえまったく」即答する寅三郎。「単純な感想でございます」
「寅三郎!」藤十郎はピシャリといった。「失礼なことをいうではない。こちらをどなたとこころえておろう。武州川越八千石、松平天馬殿だぞ」
ホッとひといきつく天馬。藤十郎のヌケているひとことに何処か安心したのかもしれない。だが、藤十郎が抜けていようと関係はない。
「おことばですが、それは重々承知の上でございます。ですが......」寅三郎は御簾のほうへと目をやった。「何故あのようなモノを使う必要があるのでしょう」
天馬はあからさまにヤバイといった表情を浮かべて見せた。だが、時に味方は敵に回ることもある。藤十郎はーー
「何をいうか! これは持て成しの一種ではないか!」
声を上げる藤十郎に、寅三郎と本来の当事者である天馬はワケがわからないといった顔で藤十郎を見ていた。
「おことばですが......」再度、寅三郎。「これのどこら辺がお持て成しなのでしょうか......?」
「わからんのか。これは松平殿がわたしを驚かせようと用意してくださったモノ。わたしだってお咲の君がお美しいというのは風のウワサで聴いている。だが、それを簡単に拝見してしまっては折角の美貌がもったいないではないか!」
案外、バカは何処にでもいるモンである。しかし、そういうことで救われるモノもいる。松平天馬は慌ててことばを紡いだーー
【続く】
何を当たり前な話を、と思われるかもしれないが、案外それも実際にその『あり得ない光景』を見なければわからないモノだ。ということで、藤十郎の表情は引きつっていた。理由はいうまでもなく、あり得ない光景を目にしたからだ。そして、それはお付きの侍である寅三郎も同様だった。
「何ですか、これは......」
藤十郎が呆然とそういうのも無理はない。というのもーー
どういうワケかそこには御簾があり、その奥に女性の姿がうっすらと見えるからだった。
「失礼ですが......」寅三郎が口を開いた。「もしかしてあそこにおられるのがお咲の君でございますか......?」
自信なさげに訊ねる寅三郎に対して松平天馬は満面の笑みで、
「そうです! あちらにおられるのがお咲の君様でございなられます!」
「ことばが幾ばく可笑しくなっておられますが......」
寅三郎のひとことに天馬はハッとしたが、すぐに愛想笑いを浮かべ、
「何を仰られますか! まったく御冗談がお好きなんですな!」
「いえまったく」即答する寅三郎。「単純な感想でございます」
「寅三郎!」藤十郎はピシャリといった。「失礼なことをいうではない。こちらをどなたとこころえておろう。武州川越八千石、松平天馬殿だぞ」
ホッとひといきつく天馬。藤十郎のヌケているひとことに何処か安心したのかもしれない。だが、藤十郎が抜けていようと関係はない。
「おことばですが、それは重々承知の上でございます。ですが......」寅三郎は御簾のほうへと目をやった。「何故あのようなモノを使う必要があるのでしょう」
天馬はあからさまにヤバイといった表情を浮かべて見せた。だが、時に味方は敵に回ることもある。藤十郎はーー
「何をいうか! これは持て成しの一種ではないか!」
声を上げる藤十郎に、寅三郎と本来の当事者である天馬はワケがわからないといった顔で藤十郎を見ていた。
「おことばですが......」再度、寅三郎。「これのどこら辺がお持て成しなのでしょうか......?」
「わからんのか。これは松平殿がわたしを驚かせようと用意してくださったモノ。わたしだってお咲の君がお美しいというのは風のウワサで聴いている。だが、それを簡単に拝見してしまっては折角の美貌がもったいないではないか!」
案外、バカは何処にでもいるモンである。しかし、そういうことで救われるモノもいる。松平天馬は慌ててことばを紡いだーー
【続く】