【帝王霊~玖拾睦~】
文字数 1,158文字
これでひと安心ーーなのだろうか?
何なんだろう、この胸騒ぎは。おれはいいようのない不安を抱えていた。自分が傷つくのが怖いから? 死ぬのが怖いから? 多分だが、この不安はそういった類いのモノではないのではと感じた。おれ自身のことではない、もっと外へ向かったモノ。
シンゴちゃん。やっぱり彼が心配でならない。彼は聞き分けはいいし、とても素直ないい子だ。オマケにとても人想いで優しさに満ち溢れている。だが、だからこそ、自分の友達がキズついているかもしれないこの状況を見捨ておくことはできないはず。だとしたら、彼がむやみやたらに突っ走ってしまうかもしれないことは簡単に予測できた。
おれたちは一番街を注意深く辺りを見回しながら走っていたが、ナーバスがおれの足を止めさせた。ヤエ先生と関口少年が止まった。ヤエ先生は「どうしたの?」と訊ねて来た。
「先生」おれはいった。「シンゴちゃんの家ってどこら辺なんですか?」
「紅葉町ですよ」
ぼくの質問に答えたのはヤエ先生ではなく、関口という少年だった。まるで人を食ったような笑み。子供とか関係なしにちょっとぶっ飛ばしたくなるような顔だった。おれはこういう顔をしたヤツをよく知っていた。苦しかった大学四年の時、あのゴミクズの顔が浮かび上がる。今でも法律が許せば殺してやりたいと思うほどに嫌いな男ーーあの野郎がよくしていたような笑みだった。
頬が歪んでいるのが自分でもわかった。気づけば肩がダランと落ちているのがわかった。おれは今怒っているらしい。普通、怒りを感じると人は肩や手といったパーツに力が入るモノだが、おれの場合は逆に力がストンと抜ける。普段ガチガチなのに、こんな時に限って力が抜けるのはおれの悪いクセだった。理由はわからない。だが、無意識のうちに相手とやり合うためのベストな状態を作ってしまっているのかもしれない。力が抜けていれば、力も出るし、早さも出る。
大人げないのさ承知の上だった。なのに、何故かおれはこの関口という少年を嫌悪しているのがわかった。
「どうしたの?」
肩をポンと叩かれて呼び掛けられたことで、漸く気づいた。ヤエ先生。おれはどうやら自分の世界に入り込んでしまっていたらしかった。ダメだ。大学時代のことなんか忘れちまえ。あんなの、自分にとって何の足しにもならない経験でしかないのだから。おれはこころを落ち着けて関口少年にいった。
「情報ありがとう。でも、後は大人に任せて帰りな? もう中学生の出歩く時間じゃないよ」
自分でもよく自分を圧し殺したモンだと思った。本当はもう発狂しそうだった。と、関口少年は「はぁい」といって素直に一番街を下って行った。ちょっと意外だった。
さて、それよりもスーツケースを持った男のもとにーー
「あ、先生!」
突然声が聞こえた。
【続く】
何なんだろう、この胸騒ぎは。おれはいいようのない不安を抱えていた。自分が傷つくのが怖いから? 死ぬのが怖いから? 多分だが、この不安はそういった類いのモノではないのではと感じた。おれ自身のことではない、もっと外へ向かったモノ。
シンゴちゃん。やっぱり彼が心配でならない。彼は聞き分けはいいし、とても素直ないい子だ。オマケにとても人想いで優しさに満ち溢れている。だが、だからこそ、自分の友達がキズついているかもしれないこの状況を見捨ておくことはできないはず。だとしたら、彼がむやみやたらに突っ走ってしまうかもしれないことは簡単に予測できた。
おれたちは一番街を注意深く辺りを見回しながら走っていたが、ナーバスがおれの足を止めさせた。ヤエ先生と関口少年が止まった。ヤエ先生は「どうしたの?」と訊ねて来た。
「先生」おれはいった。「シンゴちゃんの家ってどこら辺なんですか?」
「紅葉町ですよ」
ぼくの質問に答えたのはヤエ先生ではなく、関口という少年だった。まるで人を食ったような笑み。子供とか関係なしにちょっとぶっ飛ばしたくなるような顔だった。おれはこういう顔をしたヤツをよく知っていた。苦しかった大学四年の時、あのゴミクズの顔が浮かび上がる。今でも法律が許せば殺してやりたいと思うほどに嫌いな男ーーあの野郎がよくしていたような笑みだった。
頬が歪んでいるのが自分でもわかった。気づけば肩がダランと落ちているのがわかった。おれは今怒っているらしい。普通、怒りを感じると人は肩や手といったパーツに力が入るモノだが、おれの場合は逆に力がストンと抜ける。普段ガチガチなのに、こんな時に限って力が抜けるのはおれの悪いクセだった。理由はわからない。だが、無意識のうちに相手とやり合うためのベストな状態を作ってしまっているのかもしれない。力が抜けていれば、力も出るし、早さも出る。
大人げないのさ承知の上だった。なのに、何故かおれはこの関口という少年を嫌悪しているのがわかった。
「どうしたの?」
肩をポンと叩かれて呼び掛けられたことで、漸く気づいた。ヤエ先生。おれはどうやら自分の世界に入り込んでしまっていたらしかった。ダメだ。大学時代のことなんか忘れちまえ。あんなの、自分にとって何の足しにもならない経験でしかないのだから。おれはこころを落ち着けて関口少年にいった。
「情報ありがとう。でも、後は大人に任せて帰りな? もう中学生の出歩く時間じゃないよ」
自分でもよく自分を圧し殺したモンだと思った。本当はもう発狂しそうだった。と、関口少年は「はぁい」といって素直に一番街を下って行った。ちょっと意外だった。
さて、それよりもスーツケースを持った男のもとにーー
「あ、先生!」
突然声が聞こえた。
【続く】