【いろは歌地獄旅~ここより遠くへ~】

文字数 1,687文字

 人は誰しもこころの中に孤独を飼っている。

 それは仮に今この瞬間がどんなに楽しくとも、消えることはない。むしろ、そういった光の中にこそ闇は存在する。

 楽しいという感情、愉悦の裏で孤独は静かに息を潜めている。それだけではない、楽しさの裏で孤独は肥大していく。そして瞬間的な楽しさが去った後に、突如として牙を剥くのだ。

 そう、楽しいの裏には寂しいが隠れている。だからこそ、楽しい時間を過ごせば過ごすほど、そのダメージは大きくなる。

 更にたちが悪いのは、愉悦は一瞬ではあるが、孤独は長引くということだ。

 霧が掛かったような漠然とした意識の中で、行き場を見失い不安に駆られる。霧は晴れない。薄まりはしても完全に晴れることはない。

 だからこそ人は人肌を求めてしまう。

 石部真理菜はつい先ほど婚約者と別れて来たばかりだ。別れた理由は相手の浮気。

 それも結婚を決めるずっと前、真理菜と付き合い出すより前から、相手は別の女と関係を持ち続けていた。

 何もかも順風満帆、のはずだった。些細なことで何度もケンカしたし、何度とピンチにも陥った。だが、その度に乗り越えて、相手の男とは固い絆を築いて来たはずだった。

 だが、すべてウソだった。

 切っ掛けは相手の不審な挙動だった。結婚が決まってからというもの、相手の挙動が如何わしくなり、何処か真理菜のことを避けるような動きを見せるようになった。

 イヤな予感が募った。出来ることならこんな想像はしたくもないし、そんな想像をしてしまう自分に嫌気がしてしまう。

 だが、知らぬ振りをするワケにもいかなかった。真里菜は大枚はたいて探偵を雇い、相手の動向を探った。結果はいうまでもなく真っ黒。不幸なことに真里菜の勘は当たってしまった。

 真里菜は相手に問い質した。が、相手は逆上。すべてを吐き、関係は終わった。

 真里菜は失意の海を泳いでいた。喧騒。ストリートを右から左に通り抜ける、喧騒。だが、真里菜の耳にはそのような雑音は届かない。

 頭の中にあるのは寂寥感と後悔、そして孤独。楽しかった記憶が甦る。それはまるで呪いのようだった。楽しかった記憶、過去が頭を犯して行く。悲しみと寂寥を煽る。

 そして真里菜は電車に乗った。

 コンビニのATMで金を下ろし、宛どのない鈍行の道筋に身を任せた。

 遠くへ行ければ何処でも良かった。ここより遠くへ。ただそれだけで良かった。

 それからどれ程、電車に揺られていただろうか。揺れて、揺れてーー大きく揺れて。身体が吹き飛ぶほどに大きく揺れて。

 気づけば真里菜は海にいた。

 サファイアのような色をした美しい海だった。自分のこころは淀んでいるというのに、海ばかりが美しく澄んでいるというのは、何とも皮肉なモノだった。

 真里菜はそのまま海を見つめていた。砂浜へと続くコンクリートの階段の一番上に腰掛けて。波打つ海は勢い良く打ち寄せては引いて行く。打ち寄せる力が大きければ、引く力も大きくなる。まるで真里菜と同じようだった。

 身体を震わせる真里菜。膝を抱える手が力に満ち満ちて行く。

 真里菜は立ち上がった。

 そして、そのまま階段を降り、海のほうまで向かって行った。そのまま水際まで来て、そこで足を止めた。脚が震えていた。

 波。真里菜の靴を濡らす。濡れた靴は少しずつジワジワと濡れが広がっていき、気づけば靴の中は水浸し。だが、真里菜には関係ない。

 真里菜はそのまま海の中へと踏み込んで行った。最初は足許を濡らしていた海も、気づけば腿を濡らし、腹部までをも濡らしていた。

 だが、真里菜は足を止めなかった。

 水圧によって足取りは重くはなっていたが、その足取りに躊躇いはなかった。

 ここより遠くへ。ただ、それだけだった。

 海が真里菜の胸元を濡らした。あと少し。ちょっとでも強い波が来れば飲まれてしまうだろう。真里菜は一度立ち止まり、息を飲んだ。そして、真里菜は再び歩き出した。

 突然、うしろから声がした。

 真里菜は振り向いた。だが、そこには誰もいない。幻聴だったようだ。真里菜は後悔を残すように、海岸のほうを眺めていた。

 大きな波が真里菜の頭を濡らした。
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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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