【藪医者放浪記~漆拾~】
文字数 1,066文字
大きなアクビだった。
本来ならばピリピリして糸がピンと張っているような緊張感の中なのだが、そんなことを思わせないほどに大きなアクビだった。アクビをしていたのはいうまでもなく、リューだった。そして、松平天馬及びその従者たちはそんなリューを見て驚いていた。
「うるさいぞ!」
武田藤十郎は怒鳴った。今から命のやり取りをしようとしているのに、バカみたいに大きなアクビなど有り得ないと思ったのだろう。表情は完全に引きつり、余裕がなかった。
「だって、暇なんだもん」
リューはアクビ混じりにいった。完全にやる気がない。いや、もしかしたら待たされ続けて退屈しているのかもしれなかった。
「暇だと!? 貴様、何処までわたしをバカにすれば気が済むのだ!」
「別にバカになんかしてないよ。それより源之助は? アナタの手下の男もいないし、これじゃあ何も進まないじゃない」
その通りといえばそうだった。今、この場には猿田源之助も牛野寅三郎もいない。そのまま次を進めることも出来なくはないが、藤十郎はそうすることを望んでいない節があった。なるべく早めに片付けるべきだった。だが、何もない空白の時間がどういうワケか訪れてしまった。リューは大きくため息をついた。
「じゃあ、ヤルか?」リューは守山勘十郎を手で差し、「アナタ、仲介頼むよ」
「いや、待て!」藤十郎はいった。「まだヤツラが帰ってきてない!」
「別に、帰ってきてないからって勝負はつけられるだろう? じゃあ、始めーー」
「待て!」
「......アナタ、本当は怖いんでないの?」
「怖い?」
「アナタ、刀を使ってもわたしに勝てない。だからビビッてるんでないの?」
「ふざけるな! 誰が貴様なぞに!」
だが、その先のことばは続かない。リューは呆れたようにいった。
「そんなこといって、勝負しようとしないじゃない。それとも、あの牛野とかいうサムライに何とかして貰おうってそういう魂胆なのか?」
藤十郎は歯をグッと噛み締めた。それから呼吸を落ち着かせたようにしていったーー
「......いいだろう。ならば、やってやる」
「はい、では決まりだネ。それじゃあ」
ふたりは中庭の真ん中に立った。リューは右手を大きく前に出し、左手をアゴの辺りに起き、手は開いて構えた。藤十郎はそのままリューのことを睨みつけていた。
「あの、もし、藤十郎様?」守山がいった。「刀は構えずともよろしいのですか?」
守山にいわれ、ハッとしたように藤十郎は刀を抜くと「わかっている!」と声を荒げた。
「それでは......、始め!」
火蓋は切って落とされた。
【続く】
本来ならばピリピリして糸がピンと張っているような緊張感の中なのだが、そんなことを思わせないほどに大きなアクビだった。アクビをしていたのはいうまでもなく、リューだった。そして、松平天馬及びその従者たちはそんなリューを見て驚いていた。
「うるさいぞ!」
武田藤十郎は怒鳴った。今から命のやり取りをしようとしているのに、バカみたいに大きなアクビなど有り得ないと思ったのだろう。表情は完全に引きつり、余裕がなかった。
「だって、暇なんだもん」
リューはアクビ混じりにいった。完全にやる気がない。いや、もしかしたら待たされ続けて退屈しているのかもしれなかった。
「暇だと!? 貴様、何処までわたしをバカにすれば気が済むのだ!」
「別にバカになんかしてないよ。それより源之助は? アナタの手下の男もいないし、これじゃあ何も進まないじゃない」
その通りといえばそうだった。今、この場には猿田源之助も牛野寅三郎もいない。そのまま次を進めることも出来なくはないが、藤十郎はそうすることを望んでいない節があった。なるべく早めに片付けるべきだった。だが、何もない空白の時間がどういうワケか訪れてしまった。リューは大きくため息をついた。
「じゃあ、ヤルか?」リューは守山勘十郎を手で差し、「アナタ、仲介頼むよ」
「いや、待て!」藤十郎はいった。「まだヤツラが帰ってきてない!」
「別に、帰ってきてないからって勝負はつけられるだろう? じゃあ、始めーー」
「待て!」
「......アナタ、本当は怖いんでないの?」
「怖い?」
「アナタ、刀を使ってもわたしに勝てない。だからビビッてるんでないの?」
「ふざけるな! 誰が貴様なぞに!」
だが、その先のことばは続かない。リューは呆れたようにいった。
「そんなこといって、勝負しようとしないじゃない。それとも、あの牛野とかいうサムライに何とかして貰おうってそういう魂胆なのか?」
藤十郎は歯をグッと噛み締めた。それから呼吸を落ち着かせたようにしていったーー
「......いいだろう。ならば、やってやる」
「はい、では決まりだネ。それじゃあ」
ふたりは中庭の真ん中に立った。リューは右手を大きく前に出し、左手をアゴの辺りに起き、手は開いて構えた。藤十郎はそのままリューのことを睨みつけていた。
「あの、もし、藤十郎様?」守山がいった。「刀は構えずともよろしいのですか?」
守山にいわれ、ハッとしたように藤十郎は刀を抜くと「わかっている!」と声を荒げた。
「それでは......、始め!」
火蓋は切って落とされた。
【続く】