【帝王霊~参拾~】
文字数 2,037文字
暗い部屋に甲高い声がこだまする。
まるで死んだようなドンよりした空気の中に生の光が差し込んだような感じ。だが、ここには生きている者がふたりと死んだ女がひとり。だが、死んだ女の姿が見えるのは生きた女。
「何処にいるんよ?」和雅はいう。
「そこにいるよ」
めぐみが指を差すと千恵は不快感を露にして、「あのさぁ、人のこと指差さないでくれる? マジでムカつくんだけど」
「ふふ、相変わらず気が強いんだから」
「気が強いとか、何? てか、今度は何の用なの。よくここ来るけどさ」
「何でだ……」困惑する和雅。「姿は見えないのに、声だけは聴こえるわ……」
「それは多分、成松が身体に入った影響かもしれないね」めぐみはいう。「和雅くん、多分、元々霊感体質なのかも。これまではそこまででもなかったのかもしれないけど、成松に入られたことで霊感帯が開いたんだと思う」
「何だよ、その霊感帯って。さっきも成松が入ったから大丈夫みたいにいってたけど」
「まぁ、ちょっと下品な話になっちゃうけど、性感帯ってあるでしょ? アレの霊感バージョンみたいなもん」
「……わからん」
「わたしもわからないね」千恵の声が割って入る。「まぁ、久しぶりに見るイケメンのお陰で悪い気はしないけどさ。和雅くん、だっけ?彼を連れて何しに来たっていうの。何か成松に入られたとかいってたけど」
「成松が死んだってのは知ってるよね?」めぐみは優しげに千恵に問い掛ける。
「いってたね。随分前に。アンタが殺したんでしょ?」
「え?」和雅は呆然とする。「めぐみさんが? 成松を?」
「そうだよ?」めぐみは平然という。
「それは……、やっぱ……」
「もちろん、『恨めし屋』の仕事でね」
「『恨めし屋』って、めぐみさんは……」
「元々はね、そっちなの。で、ヤーヌスの仕事を最後に、『背面観察』のほうに移るようにいわれて、今こうなってるってワケ」
「なるほど。てことは、成松に近づいてヤーヌスに入ったのは……」
「いうまでもなく仕事でだよ。でも、まさかまたヤーヌスに関わるとは思わなかった」
「なんつう偶然……」
「果たして偶然だったのかな。まるですべては仕組まれてたような、今になってそんな気がしてならないんだよね、何ていうか」
「仕組まれてた?」
めぐみはコクりと頷く。
「うん。そもそもあたしがあの兄妹の元につけられたことからして変だよね。あの兄妹にはあの刑事がついている。あの刑事とあたしはそれ以前から面識があって、そんなのが周りにいる相手につけるなんて、リスクしかない。それに、今回のメンツを見てよ。あの兄妹と刑事、アイにアイのお姉さんとその教え子、そして和雅くん。殆どがあたしが過去に関わりがある人間でしかない。オマケに『地獄変』だなんて潰された半グレ集団までこの話の一端に関わってる。チエの死という形でね。これ、どう思う」
「それってつまり……」
「もしもーし」空気を切り裂くように呑気な声でチエは割って入る。「ふたりであれこれ考えるのはいいけど、それなら他所でやってくれない? それともわたし必要?」
まるで一瞬時間が止まったような、そんな空白の時間が流れる。何処からともなく聴こえるチエの声。そして、その発声源はめぐみだけがわかる。和雅は声のしたほうを曖昧に見詰め、
「あぁ、いや、すまん」
「もう、そんなに怒らないでよ」めぐみが一点を見詰めていう。「これ、チエにとっても悪い話じゃないんだからさ」
「はぁ? どういうこと?」チエは疑わしげな声色でいう。
「だぁかぁらぁ。アンタの無念、晴らしてあげられるかもって話だよ」
「え……?」
チエはことばを失う。それもそうだろう。成松に弄ばれて無下に殺されたチエの命に無念がなかったワケではない。いや、むしろ無念ばかりであったろう。何故、あんな男と関わってしまったのか。何故、あんな会社に入ってしまったのか。何故、恥を掻いてまでして市議会議員の選挙に出てしまったのか。悔やまれることはいくら吐いても吐き切ることはない。まるでそういわんばかりに、チエは沈黙する。
「もちろん、あたしたちに協力してくれたら、なんだけどね」
「協力って、何しろっていうんだよ?」
「まぁ、それは追々。その前に、和雅くんの中に入って貰えるかな?」
「え!?」
和雅とチエ、ふたり揃って声を上げる。それもそうだろう。憑依する側もされる側も、それはそれで即座に納得できる話でもない。そんな中で最初に口火を切ったのは、チエだった。
「……まぁ、変なオッサンに憑くよりは、この和雅くんの中に入るなら、いいけどね」
和雅は驚きを隠せない。自分の目の前で勝手に話が進んで行くのに、ついていけてない様子。
「大丈夫、チエは成松みたいな悪霊じゃないから。怒らせさえしなければ、こころ強い味方になってくれるはずだよ」
「怒らせさえしなければ、は余計だよ」
めぐみはケタケタと笑う。
和雅はひとり翻弄されゆく自分の人生に苦笑いを浮かべるしかなかった。
【続く】
まるで死んだようなドンよりした空気の中に生の光が差し込んだような感じ。だが、ここには生きている者がふたりと死んだ女がひとり。だが、死んだ女の姿が見えるのは生きた女。
「何処にいるんよ?」和雅はいう。
「そこにいるよ」
めぐみが指を差すと千恵は不快感を露にして、「あのさぁ、人のこと指差さないでくれる? マジでムカつくんだけど」
「ふふ、相変わらず気が強いんだから」
「気が強いとか、何? てか、今度は何の用なの。よくここ来るけどさ」
「何でだ……」困惑する和雅。「姿は見えないのに、声だけは聴こえるわ……」
「それは多分、成松が身体に入った影響かもしれないね」めぐみはいう。「和雅くん、多分、元々霊感体質なのかも。これまではそこまででもなかったのかもしれないけど、成松に入られたことで霊感帯が開いたんだと思う」
「何だよ、その霊感帯って。さっきも成松が入ったから大丈夫みたいにいってたけど」
「まぁ、ちょっと下品な話になっちゃうけど、性感帯ってあるでしょ? アレの霊感バージョンみたいなもん」
「……わからん」
「わたしもわからないね」千恵の声が割って入る。「まぁ、久しぶりに見るイケメンのお陰で悪い気はしないけどさ。和雅くん、だっけ?彼を連れて何しに来たっていうの。何か成松に入られたとかいってたけど」
「成松が死んだってのは知ってるよね?」めぐみは優しげに千恵に問い掛ける。
「いってたね。随分前に。アンタが殺したんでしょ?」
「え?」和雅は呆然とする。「めぐみさんが? 成松を?」
「そうだよ?」めぐみは平然という。
「それは……、やっぱ……」
「もちろん、『恨めし屋』の仕事でね」
「『恨めし屋』って、めぐみさんは……」
「元々はね、そっちなの。で、ヤーヌスの仕事を最後に、『背面観察』のほうに移るようにいわれて、今こうなってるってワケ」
「なるほど。てことは、成松に近づいてヤーヌスに入ったのは……」
「いうまでもなく仕事でだよ。でも、まさかまたヤーヌスに関わるとは思わなかった」
「なんつう偶然……」
「果たして偶然だったのかな。まるですべては仕組まれてたような、今になってそんな気がしてならないんだよね、何ていうか」
「仕組まれてた?」
めぐみはコクりと頷く。
「うん。そもそもあたしがあの兄妹の元につけられたことからして変だよね。あの兄妹にはあの刑事がついている。あの刑事とあたしはそれ以前から面識があって、そんなのが周りにいる相手につけるなんて、リスクしかない。それに、今回のメンツを見てよ。あの兄妹と刑事、アイにアイのお姉さんとその教え子、そして和雅くん。殆どがあたしが過去に関わりがある人間でしかない。オマケに『地獄変』だなんて潰された半グレ集団までこの話の一端に関わってる。チエの死という形でね。これ、どう思う」
「それってつまり……」
「もしもーし」空気を切り裂くように呑気な声でチエは割って入る。「ふたりであれこれ考えるのはいいけど、それなら他所でやってくれない? それともわたし必要?」
まるで一瞬時間が止まったような、そんな空白の時間が流れる。何処からともなく聴こえるチエの声。そして、その発声源はめぐみだけがわかる。和雅は声のしたほうを曖昧に見詰め、
「あぁ、いや、すまん」
「もう、そんなに怒らないでよ」めぐみが一点を見詰めていう。「これ、チエにとっても悪い話じゃないんだからさ」
「はぁ? どういうこと?」チエは疑わしげな声色でいう。
「だぁかぁらぁ。アンタの無念、晴らしてあげられるかもって話だよ」
「え……?」
チエはことばを失う。それもそうだろう。成松に弄ばれて無下に殺されたチエの命に無念がなかったワケではない。いや、むしろ無念ばかりであったろう。何故、あんな男と関わってしまったのか。何故、あんな会社に入ってしまったのか。何故、恥を掻いてまでして市議会議員の選挙に出てしまったのか。悔やまれることはいくら吐いても吐き切ることはない。まるでそういわんばかりに、チエは沈黙する。
「もちろん、あたしたちに協力してくれたら、なんだけどね」
「協力って、何しろっていうんだよ?」
「まぁ、それは追々。その前に、和雅くんの中に入って貰えるかな?」
「え!?」
和雅とチエ、ふたり揃って声を上げる。それもそうだろう。憑依する側もされる側も、それはそれで即座に納得できる話でもない。そんな中で最初に口火を切ったのは、チエだった。
「……まぁ、変なオッサンに憑くよりは、この和雅くんの中に入るなら、いいけどね」
和雅は驚きを隠せない。自分の目の前で勝手に話が進んで行くのに、ついていけてない様子。
「大丈夫、チエは成松みたいな悪霊じゃないから。怒らせさえしなければ、こころ強い味方になってくれるはずだよ」
「怒らせさえしなければ、は余計だよ」
めぐみはケタケタと笑う。
和雅はひとり翻弄されゆく自分の人生に苦笑いを浮かべるしかなかった。
【続く】