【藪医者放浪記~弐拾捌~】
文字数 1,032文字
九十九街道のど真ん中で、ふたりの男が見合っている。
猿田源之助に牛馬だ。ふたりとも見合ったまま少しずつ歩み寄っていく。少しずつ間合いは狭まって行き、手を伸ばせば互いの刀の切っ先が触れ合うところまで来る。猿田の表情は殺し屋のそれ。何事にも感動しないような死んだ表情。対する牛馬は何もかもが楽しくて仕方がないとでもいわんばかりに不敵に笑う。
「......テメエ、土佐流だったな」と牛馬。
「そうだけど、それが何か?」
「おれは無外流だ」
「自己紹介どうも。決闘の時はいつだって自分の流派を名乗るなんて道理が、アンタみたいな野良犬にも通用するとは、ね」
「野良犬はテメエも大概だろ?」
猿田は牛馬の問いにも表情ひとつ変えることはなく、
「あぁ」と首も振らずに肯定し、「それがどうした?」
「土佐流なんてのは、土佐の城の下級武士が修得した流派だ。城主はみな、無外流だって、テメエも知ってるはずだ」
これはあくまでも一説ではあるが、土佐の城の護衛をするう兵士たちは、その当時源之助の得意とする土佐流ーー土佐英信流ーーを学び、殿様が修得したのが無外流だったといわれている。互いの流派共に江戸の中期頃に発生した流派ではあるが、その発生の仕方は異なる。
牛馬が修得しているう無外流は、純粋な剣術の流派である。元は別の剣術を学んだ辻月旦により道場が開かれ、そこから発生したモノである。対する源之助の修得した土佐流ーー英信流は土佐と本土ではまたその術の趣向が変わってくる上に、元はといえば捕縛術の流派で、そこから様々な武器術、体術へと発展した総合武術である。どちらがいいかといわれれば、それは人によるだろう。
猿田は呆れたようにいうーー
「アンタ、鬼とかいわれてる割には案外賢くないんだな」
「あ?」笑顔の牛馬の眉間にヒビが入る。「どういうことだ」
「そのままの意味だ。確かに土佐流は下級の剣術、居合術かもしれない。でも、そんなのは所詮個人の技量の問題でしかない。達人と入門三日の坊主が闘えば達人が勝つのは間違いない。なら、達人が無外流なら無外流が強いのか?」
「そんなつまらない屁理屈をいってられるのも今のうちだぜ。おれとテメエは恐らく互角だろう。差があったとしても、わずかだろうぜ。なら、最後に勝つのは、如何に実戦的な流派ってことになる」
「どうして互角だっていえる」
「わからねえ。でも感じるんだよ。テメエはおれにとって人生最良の相手だって、な......」
ふたりの手のなかで刀が踊った。
【続く】
猿田源之助に牛馬だ。ふたりとも見合ったまま少しずつ歩み寄っていく。少しずつ間合いは狭まって行き、手を伸ばせば互いの刀の切っ先が触れ合うところまで来る。猿田の表情は殺し屋のそれ。何事にも感動しないような死んだ表情。対する牛馬は何もかもが楽しくて仕方がないとでもいわんばかりに不敵に笑う。
「......テメエ、土佐流だったな」と牛馬。
「そうだけど、それが何か?」
「おれは無外流だ」
「自己紹介どうも。決闘の時はいつだって自分の流派を名乗るなんて道理が、アンタみたいな野良犬にも通用するとは、ね」
「野良犬はテメエも大概だろ?」
猿田は牛馬の問いにも表情ひとつ変えることはなく、
「あぁ」と首も振らずに肯定し、「それがどうした?」
「土佐流なんてのは、土佐の城の下級武士が修得した流派だ。城主はみな、無外流だって、テメエも知ってるはずだ」
これはあくまでも一説ではあるが、土佐の城の護衛をするう兵士たちは、その当時源之助の得意とする土佐流ーー土佐英信流ーーを学び、殿様が修得したのが無外流だったといわれている。互いの流派共に江戸の中期頃に発生した流派ではあるが、その発生の仕方は異なる。
牛馬が修得しているう無外流は、純粋な剣術の流派である。元は別の剣術を学んだ辻月旦により道場が開かれ、そこから発生したモノである。対する源之助の修得した土佐流ーー英信流は土佐と本土ではまたその術の趣向が変わってくる上に、元はといえば捕縛術の流派で、そこから様々な武器術、体術へと発展した総合武術である。どちらがいいかといわれれば、それは人によるだろう。
猿田は呆れたようにいうーー
「アンタ、鬼とかいわれてる割には案外賢くないんだな」
「あ?」笑顔の牛馬の眉間にヒビが入る。「どういうことだ」
「そのままの意味だ。確かに土佐流は下級の剣術、居合術かもしれない。でも、そんなのは所詮個人の技量の問題でしかない。達人と入門三日の坊主が闘えば達人が勝つのは間違いない。なら、達人が無外流なら無外流が強いのか?」
「そんなつまらない屁理屈をいってられるのも今のうちだぜ。おれとテメエは恐らく互角だろう。差があったとしても、わずかだろうぜ。なら、最後に勝つのは、如何に実戦的な流派ってことになる」
「どうして互角だっていえる」
「わからねえ。でも感じるんだよ。テメエはおれにとって人生最良の相手だって、な......」
ふたりの手のなかで刀が踊った。
【続く】