【帝王霊~弐拾死~】
文字数 2,589文字
その日、外夢の空は雲っていた。
夜だったが、星は見えず、天はまるでカーテンを引いたように真っ暗になっていた。
そして、同時に長谷川八重の意識も暗闇の中に飲み込まれたのだった。それから約一週間ほど、ヤエは姿を消した。その間、ヤエの姿を見た者はいなかったーーふたりを除いては。
「最初は驚いたよ。ここ最近、あたしの組織が追ってるヤマに、かつてあたしがいた企業の名前が挙がった時点で、もしかしたらとは思っていたけれど、まさかアンタが絡んでいたなんてね。迷惑な話」
気だるそうに佐野めぐみがいうと、山田和雅ーー今は成松蓮斗と呼ぶべきだろうかーー成松は不気味に笑って見せ、
「追ってるヤマ? お前、公安か何かか? それともまさか、この三流役者みたいに『ゼロ・ゼロ・セブン』みたいなエージェントに影響され過ぎたんじゃないか?」
「ふふ、『ダブル・オー・セブン』だよ。相変わらず教養がないねぇ」
「黙れ。でも、これで疑問が解けた。お前、スパイだったんだな」
「今更わかっても遅いけどねぇ。もう死んじゃってるんだし」
「相変わらず口の減らない女だな。で、お前はあの夜、おれに近づくためにおれに声を掛けた、ってことか」
「御名答。少しは頭が回るようになった?」
「この売女、ケンカ売ってんのか?」
「売ったら高値で買い取ってくれる?」
「つまらないジョークは止めろ」笑うめぐみに、無表情の成松。「ヤーヌスに忍び込むためならベッドにでも潜る。品のない女はやることもえげつないな」
「品がないのはアンタも同類じゃない。そんなことより、どうして和雅くんなの」
「和雅くん? お前、こんな男に熱を上げてるのか。お前も趣味悪いな」
嘲笑うかのように成松は笑う。成松のそんな挑発的な態度に対して、めぐみは、
「ふふ、アンタみたいな汚れた金の亡者に比べたら彼は清廉潔白で聖人君子もいいところ。格の違いでいえば、彼のほうがアンタよりずっと魅力的だってことだね」
「何の結果も出していない肩書きだけの表現者の何処に魅力があるというんだ。まさか、お前がダメ男好きだとは思わなかった」
「そうかもね。あたしはちょっとダメな男のほうが可愛いげがあって好きなのかも。それにアンタみたいな見栄をファッションに、慢心を原子炉にしてるような炉心融溶した男は痛々しくて見ていられないんだ。それよりも訊きたいことがたくさんあるんだけど」
「おれが答えると思うか?」勝ち誇った顔で成松はいう。「口を割らせてみろ。拷問したところで苦しむのはおれじゃなくて、この男だけどな」
めぐみの顔が曇る。不快感を露にするというよりは、感情を地獄の底へと葬ってしまったと形容するのが正しいくらいに、表情という表情が死んでしまったような顔だった。そんな顔を見て、成松は更なる笑みを浮かべる。
「殴ってみろ。殴れば傷つくのはおれじゃなくて、この山田だけどな」
勝ち誇った笑み。和雅の肉体を質として取られている以上、めぐみも手を出せないと踏んでいるのがよくわかる。が、
突然、めぐみは和雅の顔面を平手で叩く。
天を貫くような甲高い音が響く。
「……あぁあ、こいつの顔にキズがついたな」
「心配しないで。この子はアンタが思ってるようなやわな男じゃないよ」
「この子って。コイツ、お前と大して年変わらないだろ。何だ、母性本能がくすぐられたか」
「そんなことはどうでもいい。それより、どうして和雅くんに取り憑いたの?」
「簡単な話だ。バカとこころが弱ってるヤツってのは隙だらけ。そういうヤツにこそ付け入るべきってのはビジネスでも詐欺でも当たり前の道理だからな」めぐみは何もいわない。「……まぁ、お前のいう通り、コイツはバカじゃないし、身体もしっかりしてる。取り憑く物件としては良かったってことだろうな」
「……そう、確かにね。それはそうと、どうして長谷川八重を狙ったの?」
「それはお前にもわかることじゃないのか?」
「わからないね。あたし、アンタみたいな狡くてセコい人間ーーもう人間じゃないけどさーーじゃないからさ」
「おれとお前は同類なんだよ。じゃなきゃ、いつまでもあの女探偵に執着しないだろ」
「……へぇ、アイに、ねぇ。アンタ、アイに復讐がしたいんだ。アンタに靡かないから」
「下らんね。あんな女、やろうと思えばいくらでも始末のしようがある」
「口だけなのは昔から?」
「おれが口だけか、は選挙の様子を思い出せばどうかわかるだろう?」
「……そうね。にしても、前の秘書の丸栗さんは災難だったーー」
成松はめぐみに飛び掛からんとする。が、テープにそれを阻まれる。
「そのクソ女の名前をいうな。イラッと来る」
「市議会に潜り込ませることまでは出来たのにねぇ。まさか居住実態なしで当選取り消しになるとはおバカさんには想像もつかないよね」
嘲笑う側と怒りを露にする側、それが逆転していた。今では成松のほうが死んだ目をしている。が、成松はハッと息を吐くとーー
「まぁいいさ。計画は順調に進んでいる。種は撒いた。後は出た芽に水をやるだけで勝手に進んでくれるだろうさ」
そういって成松は高笑いする。
「もしかして、林崎くんと長谷川八重が襲われたのも、アンタが絡んでるの?」
「あのガキ、林崎っていうのか。中々、勇敢なガキだったな。まぁ、そんなことはどうでもいい。それより、お前に見つかっちまったら、コイツには用はないな。じゃ、また会おうぜ。おれとお前はパートナーなんだからーー」
そういって和雅の身体はぐったりとする。
「蓮斗!」
めぐみが呼び掛けても、もはや成松は反応しない。めぐみは和雅の心臓部に手を掛け、あばらが砕けんばかりに思い切り押す。と、和雅は目を覚ます。和雅は半開きの目をめぐみに向け、
「……アンタかぃ」
「ふふ、漸く戻ったんだね。ごめんね、色々と面倒掛けて。気分はどう?」
「何か、身体が軽くなった気がする」
「そうだね。アナタの身体から成松の邪気が消えている。取り憑いた者がいなくなれば、すべては上手くいくと思う。でも、申しワケないけど、和雅くんにはもう少し付き合ってもらいたいんだ」
「……おれに?」
「うん。これからは、あたしがアナタの『お雉』になるんだから」
めぐみの目に熱情が篭っていた。和雅は少々困惑しつつ、
「『お雉』……? おれと心中でもしようっていうのかい?」
「ふふ……、そういうこと」
【続く】
夜だったが、星は見えず、天はまるでカーテンを引いたように真っ暗になっていた。
そして、同時に長谷川八重の意識も暗闇の中に飲み込まれたのだった。それから約一週間ほど、ヤエは姿を消した。その間、ヤエの姿を見た者はいなかったーーふたりを除いては。
「最初は驚いたよ。ここ最近、あたしの組織が追ってるヤマに、かつてあたしがいた企業の名前が挙がった時点で、もしかしたらとは思っていたけれど、まさかアンタが絡んでいたなんてね。迷惑な話」
気だるそうに佐野めぐみがいうと、山田和雅ーー今は成松蓮斗と呼ぶべきだろうかーー成松は不気味に笑って見せ、
「追ってるヤマ? お前、公安か何かか? それともまさか、この三流役者みたいに『ゼロ・ゼロ・セブン』みたいなエージェントに影響され過ぎたんじゃないか?」
「ふふ、『ダブル・オー・セブン』だよ。相変わらず教養がないねぇ」
「黙れ。でも、これで疑問が解けた。お前、スパイだったんだな」
「今更わかっても遅いけどねぇ。もう死んじゃってるんだし」
「相変わらず口の減らない女だな。で、お前はあの夜、おれに近づくためにおれに声を掛けた、ってことか」
「御名答。少しは頭が回るようになった?」
「この売女、ケンカ売ってんのか?」
「売ったら高値で買い取ってくれる?」
「つまらないジョークは止めろ」笑うめぐみに、無表情の成松。「ヤーヌスに忍び込むためならベッドにでも潜る。品のない女はやることもえげつないな」
「品がないのはアンタも同類じゃない。そんなことより、どうして和雅くんなの」
「和雅くん? お前、こんな男に熱を上げてるのか。お前も趣味悪いな」
嘲笑うかのように成松は笑う。成松のそんな挑発的な態度に対して、めぐみは、
「ふふ、アンタみたいな汚れた金の亡者に比べたら彼は清廉潔白で聖人君子もいいところ。格の違いでいえば、彼のほうがアンタよりずっと魅力的だってことだね」
「何の結果も出していない肩書きだけの表現者の何処に魅力があるというんだ。まさか、お前がダメ男好きだとは思わなかった」
「そうかもね。あたしはちょっとダメな男のほうが可愛いげがあって好きなのかも。それにアンタみたいな見栄をファッションに、慢心を原子炉にしてるような炉心融溶した男は痛々しくて見ていられないんだ。それよりも訊きたいことがたくさんあるんだけど」
「おれが答えると思うか?」勝ち誇った顔で成松はいう。「口を割らせてみろ。拷問したところで苦しむのはおれじゃなくて、この男だけどな」
めぐみの顔が曇る。不快感を露にするというよりは、感情を地獄の底へと葬ってしまったと形容するのが正しいくらいに、表情という表情が死んでしまったような顔だった。そんな顔を見て、成松は更なる笑みを浮かべる。
「殴ってみろ。殴れば傷つくのはおれじゃなくて、この山田だけどな」
勝ち誇った笑み。和雅の肉体を質として取られている以上、めぐみも手を出せないと踏んでいるのがよくわかる。が、
突然、めぐみは和雅の顔面を平手で叩く。
天を貫くような甲高い音が響く。
「……あぁあ、こいつの顔にキズがついたな」
「心配しないで。この子はアンタが思ってるようなやわな男じゃないよ」
「この子って。コイツ、お前と大して年変わらないだろ。何だ、母性本能がくすぐられたか」
「そんなことはどうでもいい。それより、どうして和雅くんに取り憑いたの?」
「簡単な話だ。バカとこころが弱ってるヤツってのは隙だらけ。そういうヤツにこそ付け入るべきってのはビジネスでも詐欺でも当たり前の道理だからな」めぐみは何もいわない。「……まぁ、お前のいう通り、コイツはバカじゃないし、身体もしっかりしてる。取り憑く物件としては良かったってことだろうな」
「……そう、確かにね。それはそうと、どうして長谷川八重を狙ったの?」
「それはお前にもわかることじゃないのか?」
「わからないね。あたし、アンタみたいな狡くてセコい人間ーーもう人間じゃないけどさーーじゃないからさ」
「おれとお前は同類なんだよ。じゃなきゃ、いつまでもあの女探偵に執着しないだろ」
「……へぇ、アイに、ねぇ。アンタ、アイに復讐がしたいんだ。アンタに靡かないから」
「下らんね。あんな女、やろうと思えばいくらでも始末のしようがある」
「口だけなのは昔から?」
「おれが口だけか、は選挙の様子を思い出せばどうかわかるだろう?」
「……そうね。にしても、前の秘書の丸栗さんは災難だったーー」
成松はめぐみに飛び掛からんとする。が、テープにそれを阻まれる。
「そのクソ女の名前をいうな。イラッと来る」
「市議会に潜り込ませることまでは出来たのにねぇ。まさか居住実態なしで当選取り消しになるとはおバカさんには想像もつかないよね」
嘲笑う側と怒りを露にする側、それが逆転していた。今では成松のほうが死んだ目をしている。が、成松はハッと息を吐くとーー
「まぁいいさ。計画は順調に進んでいる。種は撒いた。後は出た芽に水をやるだけで勝手に進んでくれるだろうさ」
そういって成松は高笑いする。
「もしかして、林崎くんと長谷川八重が襲われたのも、アンタが絡んでるの?」
「あのガキ、林崎っていうのか。中々、勇敢なガキだったな。まぁ、そんなことはどうでもいい。それより、お前に見つかっちまったら、コイツには用はないな。じゃ、また会おうぜ。おれとお前はパートナーなんだからーー」
そういって和雅の身体はぐったりとする。
「蓮斗!」
めぐみが呼び掛けても、もはや成松は反応しない。めぐみは和雅の心臓部に手を掛け、あばらが砕けんばかりに思い切り押す。と、和雅は目を覚ます。和雅は半開きの目をめぐみに向け、
「……アンタかぃ」
「ふふ、漸く戻ったんだね。ごめんね、色々と面倒掛けて。気分はどう?」
「何か、身体が軽くなった気がする」
「そうだね。アナタの身体から成松の邪気が消えている。取り憑いた者がいなくなれば、すべては上手くいくと思う。でも、申しワケないけど、和雅くんにはもう少し付き合ってもらいたいんだ」
「……おれに?」
「うん。これからは、あたしがアナタの『お雉』になるんだから」
めぐみの目に熱情が篭っていた。和雅は少々困惑しつつ、
「『お雉』……? おれと心中でもしようっていうのかい?」
「ふふ……、そういうこと」
【続く】