【藪医者放浪記~伍拾~】

文字数 1,300文字

 出来ることなら親族に可笑しな人はいないほうがいいだろう。

 それは世間体がどうとかいう話でもあるだろうが、それ以上に親族の中に可笑しなのがいると、それだけ自分にも被害が及び易くなるし、精神的にも疲弊しやすくなる。当然、親や祖父祖母を選ぶことは出来ない。だが、親族を選ぶことは出来る。

 というのは、単純に婚礼する相手を選ぶということがそうだ。

 相手に致命的な問題があれば婚礼などせずに縁を切ることが出来る。そして、それは相手方の親族と血縁関係を結ばないことでもある。いくら相手が良くても、相手の親族が可笑しな人物であれば、その分、自分に負担が掛かるであろうことも容易に想像出来るだろう。もちろん、それで相手との関係を終わらせるというのは薄情というか、その程度の情しか持っていなかったことにもなるだろうが、家族になる、親族が増えるというのはそれだけ重大なことだ。

 ただ、それは現代の話だ。

 問題はこれが江戸も末期の話であるということだ。つまり、安易に婚礼、離縁することは出来ないし、身分や家柄のこともあって自由に相手を選ぶのは難しくなってくる。

 そして、それは松平天馬と武田藤十郎の間にもあった。そもそも、松平家と武田家は共に直参の旗本ではあるが、家柄的には武田家のほうが格上である。そんなこともあって、松平家が武田家に対してモノ申すなんてことは下克上を叩きつけるようなモノで、そんなことをすれば松平家も断絶なんてこともない話ではないということにもなってしまう。

 まぁ、今はそれほどに危険なことをしているワケだが。

 藤十郎は完全に呆れていた。そもそも、藤十郎が志願したからとはいえ、縁談ということで格上が格下のもとを訪ねること自体可笑しな話なのに、いざ訪ねてみれば当主は気が狂ったようなことばかりいって、かつ縁談相手の顔を見せようとしないなど、ふざけた話もいいところだった。

「ふざけるのも大概にして下され!」

 藤十郎もさすがに怒りを顕にした。こうなってしまえば松平天馬も困ったモンで、さっきまでは威風堂々とデタラメをほざいていたというのに、今となっては顔を真っ青にしてオロオロするばかりなのである。

「こんなモン!」

 藤十郎はズカズカと室内に入り、御簾に手を掛けようとした。

「お待ちなさい!」御簾の奥から女の声が聞こえた。「これはこれは藤十郎殿、ご無礼をすまんでございまんす」

 可笑しな話ことば。だが、御簾の奥から聴こえる女の声に藤十郎の手と足は止まった。

「これはお咲様、とんだご無礼を。ですが、先程からお父上様のおっしゃられることは某を愚弄するように聴こえてならずーー」

「そんなことあるワケないでしょう!」

 御簾の奥のお咲の君が声を上げた。辺りが静まり返った。藤十郎は突然のことに呆然としたようで、ただその場に立ち尽くしていた。

「......これはこれは、わらわとしたことが無礼なことを。お許しございませ」

 藤十郎はぽっかりと口を開けながらも、まるで導かれるように自然と首を縦に振った。御簾の向こうのお咲の君がいったーー

「顔は、そなたのことを信頼出来ると思えたらお見せします。よろしいですか?」

 【続く】
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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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