【ナナフシギ~四~】

文字数 2,254文字

 団地の一室に差し込むオレンジ色の西陽はすべてのモノを儚げに彩っていた。

「おかえりぃ」

 祐太朗が部屋に入ってくると、スナック菓子を食べながらゴロゴロしていた少女がいった。彼女こそが小学生の頃の詩織である。

「んー、どうしたぁ?」

「うん……、まぁ……」

 祐太朗の表情は暗い。それもそうだろう。学校を出る前に石川先生からいわれたこと、それが頭の中でリフレインされて止まらない。キツイことをいわれたワケではない。むしろ、石川先生はこれまでで最も祐太朗という少年に理解のある教員だったのはいうまでもない。だからこそ、複雑なのかもしれない。

「元気ないぞぉ? イヤなことでもあった?」

「いや、何でもねぇんだ。それより、お父さんとお母さんは?」

「忙しいんじゃない? 何か、ここ最近は調子がいいとか何とかであまり話せてないからね」

 祐太朗と詩織の両親、後の『ハリ』と『シャンティ』がトップを務める新興宗教は、この時点ではそこまでの存在とはなっておらず、全国展開もしていない関東近郊で何となく話題になっているちょっとしたセミナーのようなモノでしかなかった。しかも、この当時はホーリーネームもなく、ふたりとも本名で活動していたし、後の総本山と呼ばれるふたりの実家も、まだ出来ておらず、団地暮らしだというのだから、人生はまったくわからない。

「カズは?」

「遊びに行ってる」

 カズというのは、ふたりの弟である『和雅』である。22歳の時、下宿先で自ら命を絶ってしまうのだが、この当時はまだ健在で、ふたりにとっても可愛い弟だった。

「そうか」

「やっぱり元気ないよ? 何? わたしで良ければ話聞くよぉ?」

「ん、うん……」

 祐太朗は沈黙した。ことばにするにもしづらい事情があるようだった。俯き、何かを吐き出そうとする祐太朗を、詩織は不思議そうに眺めている。祐太朗が沈黙していると、突然インターフォンが鳴った。

 はーい、と詩織が玄関のほうへと向かった。祐太朗は複雑な表情をしたままやや俯き加減になっていた。玄関のほうで何となく和気藹々としたことばのやりとりが聞こえた。そうかと思いきや、詩織が戻って来た。

「弓永くんが来たよー」

 詩織の後から弓永が現れた。よっ、と右手を軽く上げて会釈するその様は悩みや困惑とは無縁といった様子だった。祐太朗は笑わなかった。冷めた視線で弓永を見、

「お前、塾じゃねぇのかよ」

 弓永はケロッとしていった。

「勉強なんかしなくたって、おれが上位なのは変わんないからな」

「大した自信だな。そういうの嫌われるぞ」

「それはお前に、か?」

「みんなに、だよ」

「何だそれ。まるで自分がみんなの気持ちをわかってるみたいないい方だな」

「で、わざわざウチまでケンカを売りに来たのか」

「そんなワケないだろ。今日の石川先生の話、お前どう思った?」

「どうって、お前はどう思うんだよ」

「おれは下らないとしか思わないね。大体、幽霊がどうとかバカげてるよ」

 祐太朗は、澄まし顔でそういう弓永を蔑むワケではないが、何処か複雑な感情を含んだ表情で眺めた。

「ねぇ、幽霊ってなぁにぃ?」

 詩織が首を突っ込んで来る。と、弓永はさもバカげた話さ、といわんばかりの態度で説明を始めた。

 放課後の話である。祐太朗、弓永、エミリの三人は石川先生に職員室横の会議室に来るよういわれ、その通りにした。石川先生は困惑した様子で三人に詫びを入れつつ説明を始めた。

 最近、夜の学校で不審な影がよく見掛けられる。しかも、その影というのが子供だという。そこで聴いたウワサによれば、何でも学校のナナフシギで幽霊が出るといわれており、その幽霊を探す目的で夜の校内に侵入しようとしているらしいとのことだそうだ。

 ここまでは単なる学校の怪談でしかない。だが、問題は何故、祐太朗たちが今ここで話をしているか、だ。祐太朗がそのワケを訊くと、石川先生はいいにくそうにいった。

 何でも、学年の一部で祐太朗に霊感があり、幽霊が見えるというウワサを耳にしたのだそうだ。正直、幽霊がどうとかは信じられないが、祐太朗本人にそのことを確かめてみたい、ということらしかった。

 弓永はいつもひとりでいる祐太朗と殆ど唯一仲がいいーーように見えるーーし、かつ学級委員だからということで同席して貰ったとのこと。そして、エミリはその優しさを買われて同席するはめになった、というワケだった。

 エミリは祐太朗に幽霊が見えるという話は聴いたことがある程度で、それに対する信憑性なんてモノは信じていなかったが、祐太朗がそうだというのなら信じると純粋な姿勢を見せた。

 弓永はこの時はまだ幽霊の存在なんて信じていないし、祐太朗が幽霊がどうとかいっているのなんて詭弁か何かとしか思っていなかった。だが、もし本当に幽霊がいるとするなら、それはそれで面白そうだ、と何処となく好奇心にモノをいわせた回答をした。

 で、肝心の祐太朗は、というとーー

「で、お前、本当はどうなんだよ?」

 と弓永が訊ねる。その態度は先ほどまでのヘラヘラした雰囲気はまったくなく、真剣そのものだった。だが、祐太朗は強固な姿勢で、

「本当って、何が?」

「幽霊、見えんのか?」

 祐太朗は答えない。弓永は軽く笑う。

「そうだよな。見えないよな。やっぱアレは周りの勘違いを石川先生が信じちゃったってことか。やっぱ幽霊なんていない……」

「いるよ?」

 そう口にしたのは詩織だった。

「詩織!」

「学校にでしょ? いるよ。たくさん」

 室温が急激に下がった。

 【続く】
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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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