【一年三組の皇帝~参拾伍~】
文字数 1,118文字
ベッドで寝転がって見る景色は天井の白一色だった。
壁紙は不規則な模様を描いてデコボコしていたが、ぼくにはそれが動いて見えていた。疲れているのだろうか。視界がボヤけているような気がした。
お兄さんとのやり取りがぼくの頭の中で巡り巡っていた。そうだ、ぼくは確かに田宮をあのふざけた状況下から救い出したかった。でも、その中でどちらにつくか迷っていた。
「どちらに付くか迷うってことは、もしかしたらキミ自身、まだ何処かで人から良く思われたいって欲があるのかもしれないね」
お兄さんは特に意味もないようにそういった。だが、ぼくにはそれが大きな意味を持っていた。そうだ、ぼくは人からの目が気になって仕方がなかった。学級委員につくか、ヤンキーにつくか。これだけでもかなり人の印象は変わって来るのはわかっていた。
学級委員たち、あるいはヤンキーたち、彼らにどう思われるかというよりは、他のクラスのみんなにどう思われるか、そっちのほうが自分としては気になる点ではあった。
「本当に何かをやり遂げたかったら、手段なんて選んでいる場合ではないよ。特に自分が底辺で踠くアリならば特にね」
お兄さんはそうもいった。確かにそうだ。さっきまでは自分が底辺で踠くアリかどうかを気にしていたが、気にしている時点でぼくは底辺で踠くアリでしかなかった。つまり、ぼくに手段を選んでいる余裕なんかなかった。
「心配しなくていいで。底辺は底辺でしかないから。何をしようがどうとも思われないし、ただいいことをすれば驚かれる。下にいたほうが人間、生きやすいんよ」
お兄さんのことばーー次々と突き刺さった。確かに良くあるヤンキーもののドラマや映画なんかで、悪いヤツラが更正するとすごく立派になったような気がするのはそういうことなのかもしれない。彼らはマイナスからのスタートで、それがゼロという原点に戻っただけで、マイナス分のプラスがあるのだから、それは立派に見えるだろう。
お兄さんは悟ったようにたくさんのことばを掛けてくれた。それらがぼくにとって大きな勇気を生んでくれたのはいうまでもなかった。でもーー
結局、お兄さんに名前は訊けなかった。
出来ることなら名前を訊きたかった。でも、その願望に気づいたのはぼくが家に着いた時だった。一見するとかなり砕けた、掴み所のないような人ではあったけれど、いっていることは芯があってしっかりしていた。
きっと、また会えるだろうーーそう信じた。また川澄の街を歩いていれば、きっと......。
電話が鳴った。
枕元からスマホを取り上げると、ハルナの文字。何だろうと思って通話ボタンをスライドしたーー
「もしもし、シンちゃん?」
心臓が汗を掻いた。
【続く】
壁紙は不規則な模様を描いてデコボコしていたが、ぼくにはそれが動いて見えていた。疲れているのだろうか。視界がボヤけているような気がした。
お兄さんとのやり取りがぼくの頭の中で巡り巡っていた。そうだ、ぼくは確かに田宮をあのふざけた状況下から救い出したかった。でも、その中でどちらにつくか迷っていた。
「どちらに付くか迷うってことは、もしかしたらキミ自身、まだ何処かで人から良く思われたいって欲があるのかもしれないね」
お兄さんは特に意味もないようにそういった。だが、ぼくにはそれが大きな意味を持っていた。そうだ、ぼくは人からの目が気になって仕方がなかった。学級委員につくか、ヤンキーにつくか。これだけでもかなり人の印象は変わって来るのはわかっていた。
学級委員たち、あるいはヤンキーたち、彼らにどう思われるかというよりは、他のクラスのみんなにどう思われるか、そっちのほうが自分としては気になる点ではあった。
「本当に何かをやり遂げたかったら、手段なんて選んでいる場合ではないよ。特に自分が底辺で踠くアリならば特にね」
お兄さんはそうもいった。確かにそうだ。さっきまでは自分が底辺で踠くアリかどうかを気にしていたが、気にしている時点でぼくは底辺で踠くアリでしかなかった。つまり、ぼくに手段を選んでいる余裕なんかなかった。
「心配しなくていいで。底辺は底辺でしかないから。何をしようがどうとも思われないし、ただいいことをすれば驚かれる。下にいたほうが人間、生きやすいんよ」
お兄さんのことばーー次々と突き刺さった。確かに良くあるヤンキーもののドラマや映画なんかで、悪いヤツラが更正するとすごく立派になったような気がするのはそういうことなのかもしれない。彼らはマイナスからのスタートで、それがゼロという原点に戻っただけで、マイナス分のプラスがあるのだから、それは立派に見えるだろう。
お兄さんは悟ったようにたくさんのことばを掛けてくれた。それらがぼくにとって大きな勇気を生んでくれたのはいうまでもなかった。でもーー
結局、お兄さんに名前は訊けなかった。
出来ることなら名前を訊きたかった。でも、その願望に気づいたのはぼくが家に着いた時だった。一見するとかなり砕けた、掴み所のないような人ではあったけれど、いっていることは芯があってしっかりしていた。
きっと、また会えるだろうーーそう信じた。また川澄の街を歩いていれば、きっと......。
電話が鳴った。
枕元からスマホを取り上げると、ハルナの文字。何だろうと思って通話ボタンをスライドしたーー
「もしもし、シンちゃん?」
心臓が汗を掻いた。
【続く】