【西陽の当たる地獄花~死拾捌~】
文字数 1,333文字
草木の囁きが静かにこだまする。
そこには不純な存在は何ひとつとしてないーーふたりの男の間にある因縁を除いては。
「約束は果たしたぞ。これでーー」
悩顕のことばを遮って、牛馬は突如、猿田に切り上げ抜刀を仕掛ける。
虎一足。猿田は瞬時に刀を下に抜き、牛馬の刀を押さえる。力関係は均衡している。互いが互いを押し込む。が、びくともしない。
猿田と牛馬は互いに体を引く。
両足が地面に着くと、猿田は即座に左足を踏み込む。牛馬がその足を刈りに行く。
が、猿田はそれを読んでいる。
左足はおとり。前に出した左足が地面につくと即座にうしろに蹴り込み、前に出した左足を右足と同じ位置まで引く。
牛馬の刀が空を切る。と、猿田は足を引いた力の反発を利用して右足を踏み込み牛馬の面に刀を打ち込みに掛かる。
牛馬も下に切り込んだ力の反発力を利用して右手で刀を上に突き上げんとする。
かち合う刀身。牛馬の防御が間に合う。斜めに入った牛馬の刀は猿田の刀の一撃を受け流す。牛馬は無防備な猿田の背中に袈裟を打つように鋭角に切り込んで行く。
が、猿田もそれを読んでいるか、体をかわしつつ刀を即座に切り上げの形で斜めに切り込む。またもかち合う刀身。牛馬は反発する力のままに逆の袈裟を切るように斜めに切り込む。
猿田は弾かれた独楽のように一回転し牛馬に向かうと、刀身を斜めにしつつ左足を斜めに入れて、牛馬の逆の袈裟切りを受け流さんとする。が、右足を出さんとする時には牛馬も動いている。猿田に受け流されると、そのまま足を刈るように低く切り込む。
猿田が再び体を引く。引かざるを得ない。
刀を振り抜く牛馬。その勢いを利用して刀を振り込み猿田の上段に面を打ち込まんとする。
猿田は頭を無防備に出したように見せる。
が、その腹のあたりで左手を刀身に添えて刀を横に構える。と、牛馬の刀の一撃の勢いを殺すように前に飛び出ながら刀を突き上げる。
再び刀がかち合う。が、牛馬の打ち込みはその力が最高潮になる前に受け止められてしまう。牛馬は引かんとする。が、それよりも前に猿田は前に出る。平で受けた牛馬の一撃をすり落とし切っ先を返して刀の物打から切り込む。
牛馬の顔面に『狂犬』の切先が食い込む。
体を崩す牛馬。と、それを見据えたように猿田は勢い良く体を前に押し込む。
顔面を通り、腹部のところまで来た猿田の『狂犬』が、牛馬の腹を突き刺す。
『狂犬』の刀身は牛馬の身体に深く突き刺さる。と、牛馬の腕から力が抜ける。
風が吹く。
爽やかな風が吹く。
牛馬が嗤う。猿田は何処かもの悲しい表情で牛馬の顔を見詰める。
時が止まったようだった。
音も消え去ったようだった。
何もかもが幻のようになった。
牛馬の身体にここちよい風が吹く。
「これで、満足か?」
悩顕の声がこだまするかのように響く。ふたりに割って入るように、悩顕は牛馬と猿田の傍らに立ち尽くしている。
牛馬は微かな笑い声をあげつついう。
「ことばは、いらねぇよ……。男だからな……」
猿田の表情を覗き見る悩顕。猿田は表情は何処までも悲愴感が漂っている。
風が草木を掻き鳴らす。ジャラジャラと。その音が消えた時、牛馬の頭はガクリと垂れた。
世界は何処までも青かった。
【続く】
そこには不純な存在は何ひとつとしてないーーふたりの男の間にある因縁を除いては。
「約束は果たしたぞ。これでーー」
悩顕のことばを遮って、牛馬は突如、猿田に切り上げ抜刀を仕掛ける。
虎一足。猿田は瞬時に刀を下に抜き、牛馬の刀を押さえる。力関係は均衡している。互いが互いを押し込む。が、びくともしない。
猿田と牛馬は互いに体を引く。
両足が地面に着くと、猿田は即座に左足を踏み込む。牛馬がその足を刈りに行く。
が、猿田はそれを読んでいる。
左足はおとり。前に出した左足が地面につくと即座にうしろに蹴り込み、前に出した左足を右足と同じ位置まで引く。
牛馬の刀が空を切る。と、猿田は足を引いた力の反発を利用して右足を踏み込み牛馬の面に刀を打ち込みに掛かる。
牛馬も下に切り込んだ力の反発力を利用して右手で刀を上に突き上げんとする。
かち合う刀身。牛馬の防御が間に合う。斜めに入った牛馬の刀は猿田の刀の一撃を受け流す。牛馬は無防備な猿田の背中に袈裟を打つように鋭角に切り込んで行く。
が、猿田もそれを読んでいるか、体をかわしつつ刀を即座に切り上げの形で斜めに切り込む。またもかち合う刀身。牛馬は反発する力のままに逆の袈裟を切るように斜めに切り込む。
猿田は弾かれた独楽のように一回転し牛馬に向かうと、刀身を斜めにしつつ左足を斜めに入れて、牛馬の逆の袈裟切りを受け流さんとする。が、右足を出さんとする時には牛馬も動いている。猿田に受け流されると、そのまま足を刈るように低く切り込む。
猿田が再び体を引く。引かざるを得ない。
刀を振り抜く牛馬。その勢いを利用して刀を振り込み猿田の上段に面を打ち込まんとする。
猿田は頭を無防備に出したように見せる。
が、その腹のあたりで左手を刀身に添えて刀を横に構える。と、牛馬の刀の一撃の勢いを殺すように前に飛び出ながら刀を突き上げる。
再び刀がかち合う。が、牛馬の打ち込みはその力が最高潮になる前に受け止められてしまう。牛馬は引かんとする。が、それよりも前に猿田は前に出る。平で受けた牛馬の一撃をすり落とし切っ先を返して刀の物打から切り込む。
牛馬の顔面に『狂犬』の切先が食い込む。
体を崩す牛馬。と、それを見据えたように猿田は勢い良く体を前に押し込む。
顔面を通り、腹部のところまで来た猿田の『狂犬』が、牛馬の腹を突き刺す。
『狂犬』の刀身は牛馬の身体に深く突き刺さる。と、牛馬の腕から力が抜ける。
風が吹く。
爽やかな風が吹く。
牛馬が嗤う。猿田は何処かもの悲しい表情で牛馬の顔を見詰める。
時が止まったようだった。
音も消え去ったようだった。
何もかもが幻のようになった。
牛馬の身体にここちよい風が吹く。
「これで、満足か?」
悩顕の声がこだまするかのように響く。ふたりに割って入るように、悩顕は牛馬と猿田の傍らに立ち尽くしている。
牛馬は微かな笑い声をあげつついう。
「ことばは、いらねぇよ……。男だからな……」
猿田の表情を覗き見る悩顕。猿田は表情は何処までも悲愴感が漂っている。
風が草木を掻き鳴らす。ジャラジャラと。その音が消えた時、牛馬の頭はガクリと垂れた。
世界は何処までも青かった。
【続く】