【いろは歌地獄旅~テクスチャ~】

文字数 2,582文字

 持つべきモノは友達であると思う。

 そうわたしが改めて思ったのは、久しぶりに再会した友達に仕事を依頼したことがキッカケだった。

 彼女の事務所は何とも雑然とした印象。別に散らかっていたり、汚れているというワケではないのだが、何となくそんな感じがする。

 多分、ここで幾多の煩悩が暴かれ、葬られたのだろうと考えると、そう感じざるを得ないのかもしれない。プラス、自分で仕事を依頼したとはいえ、その仕事と実態が何処か非日常的なモノに思えてしまうのも原因のひとつなのかもしれない。

 ただ不思議なのは、その仕事をかつての同級生がやっているということだ。

 確かに、当時から一匹オオカミ的な人で、どんなカーストの人間相手でも、教師相手でも媚びることをしなかったことを考えると、非常にタフで、独立した存在だったと今考えるとそう思えるのだ。

 オマケに成績もそれなりに良かった。勉強は上位とはいえないにしろ、中堅の上位くらいには出来たし、運動もそれなりに出来た。

 ただ、芸術のセンスは壊滅的で、そこに関していえば、むしろ可愛げのひとつだったといえるのかもしれない。

「で、早速だけど……」

 彼女はとてもいいづらそうに口を開いた。わたしはその次に飛び出すであろうことばを予測しつつ、緊張した面持ちで頷いた。

「……やっぱり、旦那さんは浮気をしてるね」

 そうだったか。わたしは気を失うように目を閉じ、額を抑えながら力なくことばを吐いた。と、彼女はわたしの身体をテーブル越しに支えようとして身を乗り出した。

「ちょっと、大丈夫?」

 わたしは自分の身体を何とか支えた形で留まり、頷いた。それから気持ちを落ち着けるために温かいコーヒーを貰い、ゆっくりと数回口に運んで、大きく息を吐いた。

「少しは落ち着いた?」

 彼女の優しさを内包したひとことに、わたしは静かに頷いた。今はショッキングでことばが出ない、彼女にはそんな風に写っているのだろうか。

 それから彼女の確認に、わたしが同意すると、彼女はわたしの旦那の浮気について、少しずつ話始めた。

 彼女がいうには、旦那は決まって仕事が遅くなると連絡して来た日に、別の女性とホテルに休憩に入り、三時間ほどして出てくるということを繰り返しているらしい。

 しかも、それだけではなく、彼は休日の昼間にフラリといなくなったかと思うと、夜になって漸く帰ってくるといったことが多くなった。

 幸か不幸か、わたしと旦那の間には子供がいなかった。だからこそ、育児やPTA、といった子供を育てていく上で起こりうる手間がなかったのは幸いだったのかもしれない。

「そう、だったんだ……。ありがとう……」

 わたしは力なくいった。肩を震わし、涙を流す。それしか出来なかった。目が、身体が、全身が悲しみを絞り出している。

 だが、彼女はそんなわたしにはお構い無しといった感じの落ち着いた口調でいった。

「それで、料金のほうだけど」

 わたしは呆然とした。涙を流しているかつての同級生を前にして料金の請求とは。いくら職務上、公私を混同してはいけない立場とはいえ、いくらなんでもドライ過ぎる。

 わたしが困惑していると、彼女はふと笑い、

「昔から、そういった演技は上手かったよね、愛子」と感情を少しも滲ませないような話ぶりでいってみせる。

「……は?」ワケがわからなかった。「どういうこと? ねぇ、アイ! アンタ、わたしのこと、何か誤解してない?」

 わたしは声を荒げた。普通に不愉快な話だった。何でわたしがこんなことで演技をしなければならないというのだろう。わたしは「アイ」に食って掛かった。が、アイは、

「誤解、してないよ。アナタは昔からそういう人だから。状況に合わせて自分のスタンスを変える能力に長けていたしね」

「何がいいたいの?」

「さぁ?……でも、確かに旦那と別れるのに相手にとって不利な証拠を手に入れるのは大事なことだよね。そうすれば慰謝料という形で幾分かの泡銭が保証されるんだし」

 空は晴天。だが、わたしの目の前では曇天。黒い雲によって、暗闇が辺りを覆おうとしていた。わたしは、

「はぁ? 意味わかんない! いいたいことがあるんならハッキリとーー」

 その時、事務所の奥から物音が聴こえた。わたしとアイの視線が物音のしたほうへと向いた。

「……何?」

 わたしが訊くとアイは口許を緩め、

「出て来て大丈夫ですよ」

 わたしは音のしたほうへと意識を集中させた。と、そこには有り得ない光景。わたしは思わず口をポカリと開き呟いた。

「……何で?」

 そこには旦那の姿があった。肩を落とし、頭を垂れ、わたしから身体を叛けつつも上目遣いでわたしのことを見ている。

「残念だけど、先に依頼をして来たのは、あの人のほうなんだ」

 アイのことばに、わたしは愕然とした。旦那の身体がグッと強張った。アイは続ける。

「アナタこそ、浮気してるでしょ?」

 アイのことばがわたしの中でこだまする。何。どうして。どういうこと。頭の中でそういったことばが何度も回る。わたしは思わず笑みを漏らした。

「何が……。だから何だってーー」

 そういい返そうとしたところで、アイはデスクから何かを抜き取りこちらへ滑らせて来た。わたしはそれに手を伸ばした。

 わたしの浮気の証拠現場だった。

 目が震えた。口許も。アイはソファにもたれながら、両腕を抱えるようにして腕を組むと、どこか虚無的な笑みを浮かべた。わたしにはそれが勝ち誇った笑みのように見えた。

 だが、わたしはまだ負けていなかった。

「……は、でも、その男が浮気していたのは事実じゃん。なら……」

「あぁ、これ……」アイは笑った。「女装した男なんだ」

 男、男……男? 疑問が三連符を打つ。どういうこと。意味がわからない。その疑問が伝わったのか、アイは補足するようにいう。

「その人、知り合いの役者でさ。旦那さんが依頼して来てすぐにアナタから依頼があったからどうしようかってことで、こうやって話をでっち上げたってワケ。残念だけど、あたしにはアナタの狙いが一発でわかっちゃったから。何なら、証拠としてその時の音声と映像が残ってるけど、確かめてみる?」

 わたしは認めるしかなかった。敗北を。

 武井愛、わたしは彼女のことを友達だなんて思っていたけど、彼女はわたしのことなど、殆ど意に介していなかったのだ。
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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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