【ナナフシギ~死重苦~】
文字数 1,098文字
満月に人魚はお似合いなはずだった。
だが、あの世とこの世の狭間である霊道では満月があろうとなかろうと暗くジメジメした雰囲気に変わりはなく、人魚の存在も逆にグロテスクにしか映らなかった。
弓永と森永は呆然とプールサイドに打ち上げられた人魚のことを眺めていた。遠巻きであるため、細かなところまではわからなかったが、遠目でもわかるのは、その人魚は髪が少し長めで、ベージュ色のジャケットを羽織っていたということだった。
弓永は顔をしかめた。
「アイツ、人魚のクセにジャケット着てるぞ。どういうことだ?」
「さぁ?」困惑しつつ森永はいった。「流石の人魚でも寒かったら服着るんじゃねぇの?」
「んなワケねぇだろ」弓永はぶっきらぼうにいった。「人間は恒温動物だけどな、魚は変温動物、水の冷たさに適応して生きていくんなら変温動物じゃなきゃ可笑しいだろ」
「変温? コーオン? 何だか良くわかんねぇけどさ、人魚っていっても見た目は人間だぞ。だったらそのコーモン動物でも可笑しくはねぇんじゃねえの?」
「コーモンじゃなくて恒温な」そう訂正しつつも思わぬ突っ込みに弓永も困惑してしまったようだった。「......まぁ、んなことどっちでもいいだろ。人魚なんて架空の生き物なんだから、そんなことわかるワケねぇし」
「あ! 逃げた! 汚ぇぞ!」
「逃げてねぇよ! ほんとのこといったまでじゃねえか!......でも」
弓永は一瞬口をつぐみ、そして説明した。人魚は人間の男性に恋をしてしまい、自らも人間になろうとし、それが実現させた。その美しい声を失うことと引き換えにして。
「......つまり、アレが人魚だとしたら人間に恋して人間になった姿かもしれない、ってことか?」
「......そういう話があるってだけだ」
「何だかワケわかんなくなって来たな......」
「わかるほうが異常だから気にすんなーー」
と、突然に人魚とおぼしき存在が動いた。水面が動き弾ける音が辺りに浸透した。ふたりは身体をびくつかせた。森永ーー
「今、動いたよな?」
「......動いた」
「どうするよ?」
「確認するしか、ねぇだろ」
そういって弓永はゆっくりと人魚らしき存在に近づいていった。と、その姿が少しずつ明らかになっていく。水面の奥で漂う人魚の下半身が少しずつ明らかになっていく。
と、その下半身は魚のような尾ひれはなく、あったのは紛れもない人間の脚だった。
人魚のもとへ行くと弓永はゆっくりと屈んだ。森永の制止も聴かず、弓永は人魚の頭に手を掛け、ゆっくりと持ち上げた。と、弓永と森永はハッとした。
「先生......ッ!」
倒れていたのは、石川先生だった。
【続く】
だが、あの世とこの世の狭間である霊道では満月があろうとなかろうと暗くジメジメした雰囲気に変わりはなく、人魚の存在も逆にグロテスクにしか映らなかった。
弓永と森永は呆然とプールサイドに打ち上げられた人魚のことを眺めていた。遠巻きであるため、細かなところまではわからなかったが、遠目でもわかるのは、その人魚は髪が少し長めで、ベージュ色のジャケットを羽織っていたということだった。
弓永は顔をしかめた。
「アイツ、人魚のクセにジャケット着てるぞ。どういうことだ?」
「さぁ?」困惑しつつ森永はいった。「流石の人魚でも寒かったら服着るんじゃねぇの?」
「んなワケねぇだろ」弓永はぶっきらぼうにいった。「人間は恒温動物だけどな、魚は変温動物、水の冷たさに適応して生きていくんなら変温動物じゃなきゃ可笑しいだろ」
「変温? コーオン? 何だか良くわかんねぇけどさ、人魚っていっても見た目は人間だぞ。だったらそのコーモン動物でも可笑しくはねぇんじゃねえの?」
「コーモンじゃなくて恒温な」そう訂正しつつも思わぬ突っ込みに弓永も困惑してしまったようだった。「......まぁ、んなことどっちでもいいだろ。人魚なんて架空の生き物なんだから、そんなことわかるワケねぇし」
「あ! 逃げた! 汚ぇぞ!」
「逃げてねぇよ! ほんとのこといったまでじゃねえか!......でも」
弓永は一瞬口をつぐみ、そして説明した。人魚は人間の男性に恋をしてしまい、自らも人間になろうとし、それが実現させた。その美しい声を失うことと引き換えにして。
「......つまり、アレが人魚だとしたら人間に恋して人間になった姿かもしれない、ってことか?」
「......そういう話があるってだけだ」
「何だかワケわかんなくなって来たな......」
「わかるほうが異常だから気にすんなーー」
と、突然に人魚とおぼしき存在が動いた。水面が動き弾ける音が辺りに浸透した。ふたりは身体をびくつかせた。森永ーー
「今、動いたよな?」
「......動いた」
「どうするよ?」
「確認するしか、ねぇだろ」
そういって弓永はゆっくりと人魚らしき存在に近づいていった。と、その姿が少しずつ明らかになっていく。水面の奥で漂う人魚の下半身が少しずつ明らかになっていく。
と、その下半身は魚のような尾ひれはなく、あったのは紛れもない人間の脚だった。
人魚のもとへ行くと弓永はゆっくりと屈んだ。森永の制止も聴かず、弓永は人魚の頭に手を掛け、ゆっくりと持ち上げた。と、弓永と森永はハッとした。
「先生......ッ!」
倒れていたのは、石川先生だった。
【続く】