【明日、白夜になる前に~睦~】

文字数 2,781文字

「斎藤くん、どうしたのかな?」

 ボーッとしていたところを、小林さんに声を掛けられて、ぼくはハッとする。

「いえ、何でも、ありません。すいません」

 ぼくは慌てて謝罪する。だが、その謝罪もどこかおざなりな感じがしてならない。

 会議中にボーッとするなんてやってしまった感じがしてならない。そういうといつもは真面目にやっているように思えるけど、実際はそうでもなく、ただおざなりに、これといって角の立たないようにただ存在しているだけ。

 発言を求められたら当たり障りのない発言でやり過ごし、それ以外は何となく座って適当に相づちを打つ。それで充分。そのお陰でこれまではマジメな社員という感じを出せていたはずだった。

 だが、今はそれも出来ずに、小林さんから指摘されて漸く自分がボーッとしていることに気づくといった体たらくなワケだ。

 何かが可笑しい。入院前と以後で何かが変わってしまったのかもしれない。

 それが何かは具体的には形容できない。だけど、ぼくにとって、それがとても大きな何かだということだけはいえる。

「病み上がりで本調子じゃないのもわかるけど、ボーッとされるのは困るなぁ」

 小林さんがいつもの朴訥な調子でいう。ぼくは謝ることしかできない。だって、これはシンプルにぼくの落ち度なのだからーー

「今日はどうしたんだい? 何だかずーっと心ここにあらずって感じだったけど」

 味噌ラーメンの麺を箸で持ち上げたまま、小林さんはいう。

 昼休み、ここは会社近くのラーメン屋。ぼくは小林さんに誘われてふたりで昼食を取りに来ている。

 小林さんは、どういうワケかぼくをよく昼食や仕事後に飲みに誘う。多分、これといった意見をいわず、自己主張もせず、ただただ相づちを打って人の話を聴いているだけのぼくの態度が気持ちよくて仕方ないのだろう。とはいえ、された話は右から左。された二秒後には何を話されたか覚えていないのだけど。

「すいません」

「うーん、どうしたんだい? 神様が乗り移った後みたいにボーッとしちゃってーー」相変わらずのわかりづらい例えだ。「これといって特に悪いところはなかったんだろう?」

「えぇ、特には……」

 何の異常もないと診断されて城南病院を退院してから気づけば二週間が経ち、医者にいわれて一度検診には行ったものの、結局は後遺症的なことも含めて特にこれといった異常もないと判断されたのだが、入院して以来、ぼくは自分が以前とどこか変わってしまった気がしてならないでいた。

 何となく身体が火照っている気がしてならないし、何だかボーッとするのだ。例のウイルスのこともあって何かと不安になりはするが、熱もなく、肉体的には健康そのものなので、これといった問題はないように思える。

「うーん、そうかぁ。でも、そうなると何だろうね。熱もないみたいだし。あまり人にはこういうこといいたくないんだけどさ、一度、うちに礼拝にでもーー」

「いえ、結構です」

 ぼくは小林さんの申し出に被せるようにいう。シンプルに失礼なのはわかり切っているが、宗教的な話は人のイデオロギーに纏わる話になってくるし、下手に曖昧なことをいうのは逆によろしくないし、何よりぼくはそういった宗教的な話はあまり好きではない。

 ただ、いってしまえば、これは相手が小林さんだから出来ることだ。他の人だったらもっと気を遣うのだが、小林さんならある程度雑な扱いをしても問題ないというかーーまぁ、上司相手にしていい態度ではないけど。

 しかし、これまで人に宗教の勧誘なんて一度もしたことがないーー少なくともぼくはその現場を見たこともなければ、そういうことがあったという話を聴いたこともないーー小林さんが、こんな形で勧誘して来るとは。

「そっかぁ……。いや、おれとしても人を勧誘するのとかしたくないんだよ。人には人の事情があるし、何かを信じるも信じないも個人の自由だしね。でも、ここ最近の斎藤くんはどこか変というか、何か変わったというか。だから、ちょっとした気分転換にでもなればいいと思ってね」

 その内容に問題があるとはいえ、厚意からそう申し出てくれたことには感謝しなければならないだろう。ぼくは伏し目がちに頭を下げ、

「すいません。自分でもよくわからないんです。でも、何というかーー」

 突然、スマホがジャケットの内ポケットの中で震え、ぼくは小林さんに断りを入れて直ぐ様スマホを取り出して画面を注視する。

 ため息。何てことはないニュースの通知だったのだ。まったく期待させやがって……。

「アレ、斎藤くんって独身だよね?」

「え?……えぇ、そうですけど」

「彼女でもできた?」

「え!?」

 突然の小林さんのひとことに、ぼくは思わず声を上げる。が、その声が少し大きすぎたらしく、店内の客がぼくに注目してしまい、ぼくはヘラヘラと謝りながら何とかその場を乗り切ると、一度咳払いをして、

「そんな、彼女なんて出来てないですよ……!」

「へぇ、そうなんだねぇ。にしては、スマホの通知に敏感になっているみたいだけど」

 このタヌキ親父、なかなか鋭い。

「あぁ、いや、友人から大事な連絡があると聴かされてるもんで」

「でも、あの感じは友人の連絡を待つ感じではないよね。少なくとも『男』の友だちでは……」

「モラハラで労基に駆け込みましょうか?」

 当たり前だが、本気でそんなことをするつもりはない。これは小林さん相手によくいうギャグのひとつだ。当然、小林さんもそれを理解している。それを証明するかのように小林さんは笑いながら、

「はは、ゴメンゴメン。だけど、その感じだとーー」小林さんはハッとする。「もしかして、あの病院のーー」

「あー! いや、違います!」

 またもや店内に響き渡るほどの大きな声を出してしまい、今度は店員に「お静かにお願いします」と注意を受ける破目になった。ぼくは申し訳なさそうな調子で店員と店内の客に謝罪をし、そーっと小林さんのほうへ視線を戻す。小林さんは居酒屋なんかによくあるタヌキの置物がしているみたいな笑みを浮かべて、

「やっぱりそうなんだ。あの子、可愛かったからねぇ。まぁ、何かあったらいいなさい。仕事のことでもプライベートのことでも、相談ならいつでも乗るから、ね」

 ぼくは曖昧な笑みを浮かべる。宗教に熱を上げて奥さんと子供に逃げられ掛けている人に恋愛の相談なんか出来るワケがーーでも、ありがたい限りではあるんだけど。

「ありがとうございます」

 ぼくはそういって、スマホをジャケットの内ポケットにしまう。だが、ぼくのこころはどこか急いている。嫌われてしまったのだろうか。不安がよぎる。だが、今のぼくにできることは、ただ次のメッセージを待つことだけ。

 時間の経過が遅い。もはや、このヤキモキした時間が拷問のように思える。

 ぼくは伸びた担々麺を啜るーー辛い。

 【続く】

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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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