【薮医者放浪記~漆拾参~】
文字数 1,097文字
中庭のほうから喚く声が聴こえた。
まるで、子供が欲しいモノを手に入れられない悔しさを別の何かに対して八つ当たりしているようだった。武田藤十郎ーー彼はまさに勝利という美酒を自らの手で手に入れることが出来ない子供そのモノだった。
「よろしいんですか?」猿田源之助は牛野寅三郎に訊ねた。「行かなくて」
寅三郎はその場で悔しそうに震えるばかりだった。藤十郎の声掛けに対して反応はするも、自らの足でそちらのほうへと向かおうとはしていなかった。寅三郎は猿田を一瞥するとこころの中の思いを飲み込むように大きく頷いてみせた。
「でも、このままではーー」
「源之助殿、もうよろしいのです」寅三郎はピシャリといった。「藤十郎様はこれまで散々と人に頼り、人の名声を武器に勝ってきました。しかし、そんなことでは何の意味もなさない。人生は己の力で勝ってこそ意味があるというモノ。このままでは、藤十郎様は本当の勝利など手に入れることはない。だから、一度手痛い敗北をその身に受け入れることが必要なのです」
「しかしーー」
「わたしも、藤十郎様の世話係となってそんなに長くはありませんが、わかるのです。これまで、わたしも藤十郎様とはいたちごっこをするように学問や剣術の稽古をする、しないでやり合って来ましたから。正直、あの御方には何の才覚もない。人をまとめるどころか、アレでは暴君になること必至。まず間違いなく謀反を企てられ、上意討ちされるでしょう。その時、わたしは藤十郎様のお側にいるかもしれないし、いないかもしれない。仮にいたとして、わたしは藤十郎様を裏切るようなことはしないとは思いたいですが、同時に裏切る側の気持ちもわからなくはないでしょう。そして、わたしは藤十郎様と謀反者の間で頭を抱えて、そうしているスキに死んで行くのです。わたしはそんな風にはなって欲しくはないのです」
「では、今回の婚礼の儀のことは......?」
「正直、あまり気は進みませんでした。そもそも、藤十郎様が正妻を取るということは、武田家を継ぐ第一歩となるということ。しかし、当の本人は周りの従者たちからは悲しいほどに慕われていない。周りの者の思惑とは裏腹に物事が進んでいけば、何処かで軋轢が生まれるのはいうまでもありません。それはすなわち、謀反への第一歩でもあるのです」
猿田は何もいえなくなってしまった。猿田も猿田で藤十郎に対しては思うことがあったのだろう。そして、寅三郎がいったことも同時に起こりうることと認識していたのかもしれなかった。と、その時だったーー
「殿! お客人でございます!」
寅三郎、猿田、茂作はハッとなって三人顔を見合わせた。
【続く】
まるで、子供が欲しいモノを手に入れられない悔しさを別の何かに対して八つ当たりしているようだった。武田藤十郎ーー彼はまさに勝利という美酒を自らの手で手に入れることが出来ない子供そのモノだった。
「よろしいんですか?」猿田源之助は牛野寅三郎に訊ねた。「行かなくて」
寅三郎はその場で悔しそうに震えるばかりだった。藤十郎の声掛けに対して反応はするも、自らの足でそちらのほうへと向かおうとはしていなかった。寅三郎は猿田を一瞥するとこころの中の思いを飲み込むように大きく頷いてみせた。
「でも、このままではーー」
「源之助殿、もうよろしいのです」寅三郎はピシャリといった。「藤十郎様はこれまで散々と人に頼り、人の名声を武器に勝ってきました。しかし、そんなことでは何の意味もなさない。人生は己の力で勝ってこそ意味があるというモノ。このままでは、藤十郎様は本当の勝利など手に入れることはない。だから、一度手痛い敗北をその身に受け入れることが必要なのです」
「しかしーー」
「わたしも、藤十郎様の世話係となってそんなに長くはありませんが、わかるのです。これまで、わたしも藤十郎様とはいたちごっこをするように学問や剣術の稽古をする、しないでやり合って来ましたから。正直、あの御方には何の才覚もない。人をまとめるどころか、アレでは暴君になること必至。まず間違いなく謀反を企てられ、上意討ちされるでしょう。その時、わたしは藤十郎様のお側にいるかもしれないし、いないかもしれない。仮にいたとして、わたしは藤十郎様を裏切るようなことはしないとは思いたいですが、同時に裏切る側の気持ちもわからなくはないでしょう。そして、わたしは藤十郎様と謀反者の間で頭を抱えて、そうしているスキに死んで行くのです。わたしはそんな風にはなって欲しくはないのです」
「では、今回の婚礼の儀のことは......?」
「正直、あまり気は進みませんでした。そもそも、藤十郎様が正妻を取るということは、武田家を継ぐ第一歩となるということ。しかし、当の本人は周りの従者たちからは悲しいほどに慕われていない。周りの者の思惑とは裏腹に物事が進んでいけば、何処かで軋轢が生まれるのはいうまでもありません。それはすなわち、謀反への第一歩でもあるのです」
猿田は何もいえなくなってしまった。猿田も猿田で藤十郎に対しては思うことがあったのだろう。そして、寅三郎がいったことも同時に起こりうることと認識していたのかもしれなかった。と、その時だったーー
「殿! お客人でございます!」
寅三郎、猿田、茂作はハッとなって三人顔を見合わせた。
【続く】