【西陽の当たる地獄花~玖~】
文字数 2,393文字
「何だありゃ、品のないジジイだな」
牛馬がいうと、鬼水は牛馬を制するように肩を叩き、
「何てことをいうんですか!? 今は冗談でもそういうことをいうのは止めて下さい」
と囁くようにいう。
やけに豪奢な室内、その広さは江戸城も真っ青になるほどで、その造りはまるで西洋の城を思わせるような石造りのモノとなっていた。
だが、そんな中にも障子や畳といった日本的な絵を作る装置が置かれている。だが、畳の上に西洋の机と椅子、石造りの壁に障子、机の上に置かれている「ナイフ」と呼ばれる西洋の食事の道具の隣には日本の箸が置かれており、他には豪勢な食事が置かれている。
和洋折衷といえば聞こえはいいが、その見た目は何とも間抜けで不細工だ。
部屋の一番奥、机の端の椅子に座るは、西洋的なきらびやかな洋服に袴を穿くというキテレツな格好をした、白髪の薄らハゲで無作法に口回りに生やしたヒゲが特徴的な老爺が品のない笑い声を上げながら、丸焼きにした鳥の肉を手掴みでむしゃぶりついている。
老爺の周りには西洋風の露出の多い服を纏った若い女性を侍らせている。女性の髪は結わずにそのまま下ろされている。
また机の周りには牛馬や鬼水と共に新しい住人を送り届けて来た閻魔の遣いが数人。それ以外はやはり西洋風だが、どこか簡素な服を着た男たちが、老爺のご機嫌を取るように愛想笑いを浮かべている。頭は髷を結っていたり、総髪だったりと様々である。
「そうはいっても、酷え不細工だ。品もないし、格好も冗談抜きでダサ過ぎる。あんなのが神だなんて、極楽も程度が知れるな」
牛馬は奥の老爺を見ていう。
牛馬が下品なジジイといった、部屋の奥に座る老爺こそが極楽の長であり、あっちの世とこっちの世の創造主である神だった。
「……まぁ、でもいいたいことはわかります。ですが、神には逆らわないで下さいよ。今、面倒が起きたら、謀すべてがダメになります」
「おれはあぁいう品のないジジイは大嫌いだ。気持ち悪ぃし、あんなのが世の中を作ったなんて、そりゃ最低な世の中にもなるし、差別や身分で人を蔑むのも当たり前だよな」
結構大きな声でいう牛馬に、鬼水は苦笑いする。牛馬の声が神に届いていたらどうしよう、そういったこころの内が鬼水の顔に浮かぶ。
だが、牛馬の礼節を欠いたことばは、神はおろか、周りの極楽人にも聴こえていないようーーというより、聴こえてはいるが、聴こえていない振りをしているようだ。牛馬はそんな極楽人を横目で見て鬼水にいう。
「周りを見てみろよ。こいつら、自分の主であり、創造主でもある神をおれがボロクソにいっても何もいい返して来ねぇじゃねえか。ま、こころの内が読めるよな。あんな汚えジジイに遣えているだなんて、末代までの恥だってな」
「……確かに、そうですね」鬼水はそういって、牛馬に耳打ちする。「話によると、極楽でも神の評判は最悪とのことです。中には神を恨んでいるモノも少なくないのだそうで。ですが、神があの世とこの世の独裁者である以上、誰も口答えはーー」
「そこ、何をしておる」
部屋の奥からそういった声が聴こえる。室内を包んでいたあらゆる音が一辺に消える。静寂。鬼水はハッとし、牛馬は不満そうにして、ふたりは声のしたほうへと目を向ける。
神がブスッとした顔で何かを見つめている。
「これ、お前」そういって神は誰かを指さす。「お前じゃお前ーー」
神に指差されたのは、牛馬と鬼水のすぐ近くに座っている極楽人だった。その極楽人は顔を青くして小刻みに震えている。
「な、何でしょうか……?」
指差された極楽人がいうと、神は机を勢い良く叩く。机に載っている食器が音を立てる。盆を持った女中が恐怖で身体を震わす。その震えで盆から食器が落ち、砕ける。
「うるさい!」神が女中を指差す。「その女をヤツもろとも快楽部屋に連れていけ!」
が、守衛は躊躇って動かない。女中は目から涙をこぼして震えるばかり。神は守衛を指差し、
「貴様らも快楽部屋へ行きたいか?」
神にそう訊ねられると、守衛はすぐさま動き出し、女中と指差された極楽人を部屋から引っ張り出す。部屋には女中と極楽人の悲鳴がこだまし、扉が閉まる音が残響のように響く。
「何だ、快楽部屋って」牛馬。
「そこ、うるさいぞ」神は牛馬を指差すが、眉間にシワを寄せ、「そのほう、見ない顔だな。新入りか?」
「おれか? まぁ、そうだな」
「これ! 御神前だぞ!」
極楽人のひとりが牛馬を咎める。だが神は、
「いや、いい。朕にそのような口を利くとは面白い男だ。後で特別に快楽部屋を見学させてやろう。勿論、客人としてだ。そのほう、名は何という?」
「おれか、……牛馬だ」
「ほう、牛馬か。面白い。牛馬とやら、これから面白いモノを見せてやろう。こちらを見」
そういって神は頭上の透明な大きい四角を指す。少しして四角に何かが映し出される。それは苦しむ人間たち。現世で貧困や理不尽によって苦しむ生きた人間たちだ。
「これは現世で苦しむ穢多や非人、町人どもだ。見ろ、この恥ずかしい姿を可笑しいと思わないか?」神は苦しむ人間を見て笑う。「こやつら、自分の苦しみから逃れたいがために朕に祈っとるのだ。恥ずかしいとは思わないか? 誰がこやつらみたいな汚れたモノを助けると思う。分相応に生きるのが卑しいモノの務めだとわからせてやろう」
神はそういって手を挙げる。すると、四角に映った貧民たちは突如苦しみ出したり、不幸な目に遭って更なる苦しみを顔に浮かべる。それを見た神は高笑いをし、
「何と愚かな! これが貧民どもの愚かな姿だ。笑えるだろう?」
下品なまでに大声で、神は笑う。極楽人たちはそれを愛想笑いしているが、目は笑っていない。閻魔の遣いたちは笑いつつも困惑している。牛馬はただひとりブスッとした顔をしている。その視線の先には神の姿ーー
【続く】
牛馬がいうと、鬼水は牛馬を制するように肩を叩き、
「何てことをいうんですか!? 今は冗談でもそういうことをいうのは止めて下さい」
と囁くようにいう。
やけに豪奢な室内、その広さは江戸城も真っ青になるほどで、その造りはまるで西洋の城を思わせるような石造りのモノとなっていた。
だが、そんな中にも障子や畳といった日本的な絵を作る装置が置かれている。だが、畳の上に西洋の机と椅子、石造りの壁に障子、机の上に置かれている「ナイフ」と呼ばれる西洋の食事の道具の隣には日本の箸が置かれており、他には豪勢な食事が置かれている。
和洋折衷といえば聞こえはいいが、その見た目は何とも間抜けで不細工だ。
部屋の一番奥、机の端の椅子に座るは、西洋的なきらびやかな洋服に袴を穿くというキテレツな格好をした、白髪の薄らハゲで無作法に口回りに生やしたヒゲが特徴的な老爺が品のない笑い声を上げながら、丸焼きにした鳥の肉を手掴みでむしゃぶりついている。
老爺の周りには西洋風の露出の多い服を纏った若い女性を侍らせている。女性の髪は結わずにそのまま下ろされている。
また机の周りには牛馬や鬼水と共に新しい住人を送り届けて来た閻魔の遣いが数人。それ以外はやはり西洋風だが、どこか簡素な服を着た男たちが、老爺のご機嫌を取るように愛想笑いを浮かべている。頭は髷を結っていたり、総髪だったりと様々である。
「そうはいっても、酷え不細工だ。品もないし、格好も冗談抜きでダサ過ぎる。あんなのが神だなんて、極楽も程度が知れるな」
牛馬は奥の老爺を見ていう。
牛馬が下品なジジイといった、部屋の奥に座る老爺こそが極楽の長であり、あっちの世とこっちの世の創造主である神だった。
「……まぁ、でもいいたいことはわかります。ですが、神には逆らわないで下さいよ。今、面倒が起きたら、謀すべてがダメになります」
「おれはあぁいう品のないジジイは大嫌いだ。気持ち悪ぃし、あんなのが世の中を作ったなんて、そりゃ最低な世の中にもなるし、差別や身分で人を蔑むのも当たり前だよな」
結構大きな声でいう牛馬に、鬼水は苦笑いする。牛馬の声が神に届いていたらどうしよう、そういったこころの内が鬼水の顔に浮かぶ。
だが、牛馬の礼節を欠いたことばは、神はおろか、周りの極楽人にも聴こえていないようーーというより、聴こえてはいるが、聴こえていない振りをしているようだ。牛馬はそんな極楽人を横目で見て鬼水にいう。
「周りを見てみろよ。こいつら、自分の主であり、創造主でもある神をおれがボロクソにいっても何もいい返して来ねぇじゃねえか。ま、こころの内が読めるよな。あんな汚えジジイに遣えているだなんて、末代までの恥だってな」
「……確かに、そうですね」鬼水はそういって、牛馬に耳打ちする。「話によると、極楽でも神の評判は最悪とのことです。中には神を恨んでいるモノも少なくないのだそうで。ですが、神があの世とこの世の独裁者である以上、誰も口答えはーー」
「そこ、何をしておる」
部屋の奥からそういった声が聴こえる。室内を包んでいたあらゆる音が一辺に消える。静寂。鬼水はハッとし、牛馬は不満そうにして、ふたりは声のしたほうへと目を向ける。
神がブスッとした顔で何かを見つめている。
「これ、お前」そういって神は誰かを指さす。「お前じゃお前ーー」
神に指差されたのは、牛馬と鬼水のすぐ近くに座っている極楽人だった。その極楽人は顔を青くして小刻みに震えている。
「な、何でしょうか……?」
指差された極楽人がいうと、神は机を勢い良く叩く。机に載っている食器が音を立てる。盆を持った女中が恐怖で身体を震わす。その震えで盆から食器が落ち、砕ける。
「うるさい!」神が女中を指差す。「その女をヤツもろとも快楽部屋に連れていけ!」
が、守衛は躊躇って動かない。女中は目から涙をこぼして震えるばかり。神は守衛を指差し、
「貴様らも快楽部屋へ行きたいか?」
神にそう訊ねられると、守衛はすぐさま動き出し、女中と指差された極楽人を部屋から引っ張り出す。部屋には女中と極楽人の悲鳴がこだまし、扉が閉まる音が残響のように響く。
「何だ、快楽部屋って」牛馬。
「そこ、うるさいぞ」神は牛馬を指差すが、眉間にシワを寄せ、「そのほう、見ない顔だな。新入りか?」
「おれか? まぁ、そうだな」
「これ! 御神前だぞ!」
極楽人のひとりが牛馬を咎める。だが神は、
「いや、いい。朕にそのような口を利くとは面白い男だ。後で特別に快楽部屋を見学させてやろう。勿論、客人としてだ。そのほう、名は何という?」
「おれか、……牛馬だ」
「ほう、牛馬か。面白い。牛馬とやら、これから面白いモノを見せてやろう。こちらを見」
そういって神は頭上の透明な大きい四角を指す。少しして四角に何かが映し出される。それは苦しむ人間たち。現世で貧困や理不尽によって苦しむ生きた人間たちだ。
「これは現世で苦しむ穢多や非人、町人どもだ。見ろ、この恥ずかしい姿を可笑しいと思わないか?」神は苦しむ人間を見て笑う。「こやつら、自分の苦しみから逃れたいがために朕に祈っとるのだ。恥ずかしいとは思わないか? 誰がこやつらみたいな汚れたモノを助けると思う。分相応に生きるのが卑しいモノの務めだとわからせてやろう」
神はそういって手を挙げる。すると、四角に映った貧民たちは突如苦しみ出したり、不幸な目に遭って更なる苦しみを顔に浮かべる。それを見た神は高笑いをし、
「何と愚かな! これが貧民どもの愚かな姿だ。笑えるだろう?」
下品なまでに大声で、神は笑う。極楽人たちはそれを愛想笑いしているが、目は笑っていない。閻魔の遣いたちは笑いつつも困惑している。牛馬はただひとりブスッとした顔をしている。その視線の先には神の姿ーー
【続く】