【藪医者放浪記~睦拾伍~】

文字数 1,085文字

 ピンと張った緊張に一瞬の弛みが生じた。

 リューが藤十郎に対して勝負を仕掛けるとなったところで、藤十郎は圧倒されたか荒げていたことばを引っ込めて準備があるからといって牛野寅三郎と共に一度下がった。リューは今すぐにでも出来るといったが、藤十郎がそれを受け入れるワケがなかった。

 それに伴って、戦いを終えた猿田源之助も自陣のほうへと下がって行った。猿田が戻ると、茂作のすぐ傍へと座った。

「大丈夫かい?」

 心配そうに茂作がいった。が、猿田は何もないといった様子で、何ですかと答えた。茂作はその様子に呆気に取られたようだった。が、軽くツバを飲んで猿田にだけ聴こえるような声でいった。

「その腕、だよ......ッ!」

 茂作の表情は真に迫るようだった。だが、猿田は屁でもないといわんばかりに明るい様子で、

「あぁ、気づかれてしまっていましたか、お恥ずかしい」と笑って見せた。

「いや、ならいいんだけど......」茂作は続けた。「でも、アンタ、右腕を全然動かせてないじゃないか......ッ!」

「流石ですね」猿田は笑った。「やはりお医者様とだけあって鋭いお方だ」

「違う......ッ!」

 茂作はいってからハッとした。猿田はそんな茂作のことを不思議そうに眺めていった。

「何が、違うんです?」

「......いや」茂作は視線を外した。「おれは今、何の道具も持ってないからアンタのことを治療出来ない。そんなんで医者を名乗るそとなんて......」

「何いってんですか。現にお咲の君はしゃべれるようになったではありませんか。あれは間違いなく順庵先生、アナタのおかげです」

 茂作はグッと息を飲んだ。それから猿田の着物を引っ張って立ち上がり、猿田を物影のほうへと連れて行った。物影に行くと茂作は乱暴に猿田の着物から手を離した。

「何ですか?」

 猿田があっけらかんと訊ねるも、茂作は怒りに顔を引きつらせたような顔をしていた。

「おめぇ、何で着物を引っ張るおれに何の手も出さなかった。アンタなら、そのお得意の武術で簡単におれのことなんて制することが出来るだろうに。制すことが出来なくとも、着物を握るおれの手なんて簡単に振りほどけたはずだ。違うか?」

 その時、猿田の表情が真に迫った。が、すぐにまた笑みを浮かべると、

「アナタこそ、本当にただの医者なのですか? えらく洞察力が強いようですが」

 ただの医者か、という質問に茂作は思わずハッとしたが、体勢を立て直すようにしてツバを飲み込むといった。

「洞察力とかじゃねえ。おれもあんな遊びは昔やったことがあるからわかるんだ。でもーー」

 茂作の表情に影が差した。

 【続く】
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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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