【跪いて許しを請いやがれ!】
文字数 2,670文字
急なアクシデントというのは困ったもんだ。
突然の出来事は人から思考を奪い去る。そうなれば何かに集中することも困難になる上、正常な思考もできなくなる。
どんな時でも平常心でいられれば問題はないのだけど、そんなことができる人は中々いないだろう。ただ急場に陥った時こそ、その人の器が試されるともいわれている。
かくいうおれは、急場には強くもなければ弱くもない。子供の時は滅茶苦茶弱かったのだけど、それもバンドや芝居でアドリブ力がついたのか、まだマシなほうにはなったとは思う。
とはいえ、マシになったというだけで、急場に関しては今でも苦手なんだけどな。
さて、今日はそんなアクシデントに関する話。それも急場に対してマシになる前の話だ。
あれは高校三年のちょうどこの時期のことだった。ここ二日に渡って大学受験の話をしてきたけど、今日も受験に関する話ーーとはいえ、今日の話は昨日、一昨日の話に出てきた大学とは別の大学の受験の話だ。
その大学は、受験方式がふたつあって、ひとつは学部、学科別の通常日程、もうひとつは全学部日程のモノで、おれが受験するのは全学部日程のほうだった。理由は受験をしていく上で偏差値がいい感じに階段になっていくように日程を組みたかったからだ。
とはいえ、この全日程を受けるといったところ、クラスメイトから、
「全日程はマズくないか? 通常のほうが簡単だし、入りやすいらしいぜ」
と散々いわれ、おれもやってしまったなと少し後悔していた。とはいえ、今更日程は変えられない。おれはやるしかなかった。
受験日当日、いつも通り朝食を取り、会場となる大学へ行った。試験会場の教室へ入り、所定の席へ着いたのだけど、おれはある違和感を覚えた。というのもーー
何かにおうのだ。
何と形容すべきかわからないが、汗が凝固した感じというか、脂の塊が腐敗した感じというか、そのふたつが混じったような感じだった。
何なんだ、このにおいは。おれは思わずにおいの発生源を探した。が、おれは気づいてしまったのだ。それは、
においの発生源は前の席に座っているヤツのロン毛なのだと。
ロン毛ではあるが、その前の席に座っていたのは男だった。何で男とわかったかって?ーー振り返った時に見えた顔がそうだったからな。
そういう顔の女だった可能性はないか?ーーいいよ、そんなこと。それに女子の髪がくさいなんてとてもいえんだろ。だから、仮にそうだったとしても、ここは男と断言しとくわ。
それはさておき、何故前のヤツの髪がにおうとわかったかといえば、前のヤツが動いて髪が靡く度に強烈なにおいがおれの鼻孔を刺したからだった。
現在、受験期になると受験に関する記事やコラムがヤフーや何かによく上がり、おれもよくそういったモノをよく読むのだけど、やはり、受験の際ににおいが気になって集中出来なかったということはよくあるらしい。
そして、この時のおれもまったく同じ状況だった。試験開始前の時点でにおいが気になってしまい、参考書や過去に勉強した内容が刻まれているルーズリーフを使ってこれまでの復習しようとしてもまったく頭に入って来なかった。
マズイーーおれは空回りする頭でそう思った。
そんな中、会場である教室に試験官が入ってきた。その試験官は白人の中年男性で、アメリカンやブリティッシュというよりはロシアンのように見えたーーというか、顔がヒョードルにそっくりだったんでロシアンかと思ったってだけのことなんだけど。そんな感じでここではその試験官をヒョードルと呼ぶことにするわ。
前のヤツの髪のにおいで朦朧とする意識の中、試験開始を待った。そんな中、一限の科目である英語のテスト用紙が配られた。
正直、においが気になってテストとかどうでもよくなり、プラス気持ち悪くて仕方なかったのだけど、やる以上はそんなこともいっていられない。おれは自分の感覚を無視しようと試みつつ、テストの開始を待った。
きっと、テストが始まればにおいどころではなくなるだろうーーそう信じて。
「デハ、試験ヲ始メテ下サイ」
訛りの強すぎる口調で、ヒョードルは試験の開始をアナウンスした。
問題用紙のページを捲り、英語の海の中へとダイブしていこうとしたのだが、
においが気になってそれどころじゃなかった。
マジで集中できなかった。最近、色んなハラスメントが問題になっており、流石に過剰反応過ぎだろうと思われるモノもあるけれど、スメル・ハラスメントーースメハラに関してはマジで深刻な問題だと思う。
そりゃカードゲームの大会でも、カードショップでも「風呂に入ってから来い」って注意書きが掲示されるワケだわ。それはさておきーー
集中できないとはいえ、問題を解かないワケにはいかない。おれは乱れる意識の中、一つひとつの問題に向き合っていった。が、突然、
誰かの携帯電話が鳴ったのだ。
もうさ、完全に集中が切れたよな。試験の時ぐらい電源を落としておけよって話なんだけど、もはやそんなこともどうでもよくなり、誰の携帯がなったのかキョロキョロして探してしまったもんな。が、電話を鳴らしたのはーー
ヒョードルだったんだわ。
「スミマセン」
と片言の日本語でいって携帯電話をマナーモードにするヒョードル。いや、スミマセンじゃねえよ。それに何が気が散ったかって、
着信のメロディがエリック・クラプトンの「いとしのレイラ」だったんよな。
いやぁ、英語の時間に「いとしのレイラ」とか選曲としては最悪よな。何で英語のテスト中に英語の曲を流すのだ……。そっちに気を取られて余計に集中できんじゃないか。「レイラ、ぼくはキミに跪くよ」じゃねえよ。
まぁ、そんな感じで完全にやる気と集中力をなくしていた五条氏ではありましたが、
何とか合格通知は頂くことができました。
正直、地方の三流大に合格してなかったら、この大学に行くつもりだったんよな。それくらい個人的には興味のある大学ではあったんよ。
まぁ、トラブル続きではあったけど、正直、難しいと聴いていた試験も実際はそこまで難しくはなく、それどころかまだ難易度が易しいといわれていた通常日程のほうが原子の問題が出たりして全体的に難しく、同じ大学を通常日程で受けたクラスメイトの大半が不合格になるという皮肉な結末が待っていたのだった。
後で聴いた話だと、この年に限って通常日程より全日程のほうが簡単だったらしい。ほんと、五条氏って変なところで運がいいよな。
急なアクシデントには負けないように。
アスタラビスタ。
突然の出来事は人から思考を奪い去る。そうなれば何かに集中することも困難になる上、正常な思考もできなくなる。
どんな時でも平常心でいられれば問題はないのだけど、そんなことができる人は中々いないだろう。ただ急場に陥った時こそ、その人の器が試されるともいわれている。
かくいうおれは、急場には強くもなければ弱くもない。子供の時は滅茶苦茶弱かったのだけど、それもバンドや芝居でアドリブ力がついたのか、まだマシなほうにはなったとは思う。
とはいえ、マシになったというだけで、急場に関しては今でも苦手なんだけどな。
さて、今日はそんなアクシデントに関する話。それも急場に対してマシになる前の話だ。
あれは高校三年のちょうどこの時期のことだった。ここ二日に渡って大学受験の話をしてきたけど、今日も受験に関する話ーーとはいえ、今日の話は昨日、一昨日の話に出てきた大学とは別の大学の受験の話だ。
その大学は、受験方式がふたつあって、ひとつは学部、学科別の通常日程、もうひとつは全学部日程のモノで、おれが受験するのは全学部日程のほうだった。理由は受験をしていく上で偏差値がいい感じに階段になっていくように日程を組みたかったからだ。
とはいえ、この全日程を受けるといったところ、クラスメイトから、
「全日程はマズくないか? 通常のほうが簡単だし、入りやすいらしいぜ」
と散々いわれ、おれもやってしまったなと少し後悔していた。とはいえ、今更日程は変えられない。おれはやるしかなかった。
受験日当日、いつも通り朝食を取り、会場となる大学へ行った。試験会場の教室へ入り、所定の席へ着いたのだけど、おれはある違和感を覚えた。というのもーー
何かにおうのだ。
何と形容すべきかわからないが、汗が凝固した感じというか、脂の塊が腐敗した感じというか、そのふたつが混じったような感じだった。
何なんだ、このにおいは。おれは思わずにおいの発生源を探した。が、おれは気づいてしまったのだ。それは、
においの発生源は前の席に座っているヤツのロン毛なのだと。
ロン毛ではあるが、その前の席に座っていたのは男だった。何で男とわかったかって?ーー振り返った時に見えた顔がそうだったからな。
そういう顔の女だった可能性はないか?ーーいいよ、そんなこと。それに女子の髪がくさいなんてとてもいえんだろ。だから、仮にそうだったとしても、ここは男と断言しとくわ。
それはさておき、何故前のヤツの髪がにおうとわかったかといえば、前のヤツが動いて髪が靡く度に強烈なにおいがおれの鼻孔を刺したからだった。
現在、受験期になると受験に関する記事やコラムがヤフーや何かによく上がり、おれもよくそういったモノをよく読むのだけど、やはり、受験の際ににおいが気になって集中出来なかったということはよくあるらしい。
そして、この時のおれもまったく同じ状況だった。試験開始前の時点でにおいが気になってしまい、参考書や過去に勉強した内容が刻まれているルーズリーフを使ってこれまでの復習しようとしてもまったく頭に入って来なかった。
マズイーーおれは空回りする頭でそう思った。
そんな中、会場である教室に試験官が入ってきた。その試験官は白人の中年男性で、アメリカンやブリティッシュというよりはロシアンのように見えたーーというか、顔がヒョードルにそっくりだったんでロシアンかと思ったってだけのことなんだけど。そんな感じでここではその試験官をヒョードルと呼ぶことにするわ。
前のヤツの髪のにおいで朦朧とする意識の中、試験開始を待った。そんな中、一限の科目である英語のテスト用紙が配られた。
正直、においが気になってテストとかどうでもよくなり、プラス気持ち悪くて仕方なかったのだけど、やる以上はそんなこともいっていられない。おれは自分の感覚を無視しようと試みつつ、テストの開始を待った。
きっと、テストが始まればにおいどころではなくなるだろうーーそう信じて。
「デハ、試験ヲ始メテ下サイ」
訛りの強すぎる口調で、ヒョードルは試験の開始をアナウンスした。
問題用紙のページを捲り、英語の海の中へとダイブしていこうとしたのだが、
においが気になってそれどころじゃなかった。
マジで集中できなかった。最近、色んなハラスメントが問題になっており、流石に過剰反応過ぎだろうと思われるモノもあるけれど、スメル・ハラスメントーースメハラに関してはマジで深刻な問題だと思う。
そりゃカードゲームの大会でも、カードショップでも「風呂に入ってから来い」って注意書きが掲示されるワケだわ。それはさておきーー
集中できないとはいえ、問題を解かないワケにはいかない。おれは乱れる意識の中、一つひとつの問題に向き合っていった。が、突然、
誰かの携帯電話が鳴ったのだ。
もうさ、完全に集中が切れたよな。試験の時ぐらい電源を落としておけよって話なんだけど、もはやそんなこともどうでもよくなり、誰の携帯がなったのかキョロキョロして探してしまったもんな。が、電話を鳴らしたのはーー
ヒョードルだったんだわ。
「スミマセン」
と片言の日本語でいって携帯電話をマナーモードにするヒョードル。いや、スミマセンじゃねえよ。それに何が気が散ったかって、
着信のメロディがエリック・クラプトンの「いとしのレイラ」だったんよな。
いやぁ、英語の時間に「いとしのレイラ」とか選曲としては最悪よな。何で英語のテスト中に英語の曲を流すのだ……。そっちに気を取られて余計に集中できんじゃないか。「レイラ、ぼくはキミに跪くよ」じゃねえよ。
まぁ、そんな感じで完全にやる気と集中力をなくしていた五条氏ではありましたが、
何とか合格通知は頂くことができました。
正直、地方の三流大に合格してなかったら、この大学に行くつもりだったんよな。それくらい個人的には興味のある大学ではあったんよ。
まぁ、トラブル続きではあったけど、正直、難しいと聴いていた試験も実際はそこまで難しくはなく、それどころかまだ難易度が易しいといわれていた通常日程のほうが原子の問題が出たりして全体的に難しく、同じ大学を通常日程で受けたクラスメイトの大半が不合格になるという皮肉な結末が待っていたのだった。
後で聴いた話だと、この年に限って通常日程より全日程のほうが簡単だったらしい。ほんと、五条氏って変なところで運がいいよな。
急なアクシデントには負けないように。
アスタラビスタ。