【いろは歌地獄旅~復讐~】

文字数 1,622文字

 殺す、絶対殺す。

 そんな物騒なことばを呟きながら、野口日奈子は街を歩いていた。顔つきはまるで阿修羅のようにキツイ。腕はダランと落ち、肩は怒りで震え、背中は丸まっていた。

 日奈子は二十代半ば、都内の某販売店にて化粧品の売り子をやっている。生活は至って普通。変な客と年増のお局はムカつくが、友達もそれなりにいるし、彼氏もいる。仲良くもやっている。何不自由ないような状況。

 それに本来、日奈子は人から羨まれる程度には容姿が良く、日々のエクササイズもそれなりにやっているお陰か、姿勢もいいモノだった。

 だが、この時ばかりは違った。

 足音ひとつでハルマゲドンを起こせそうなほどには足取りが重く、地獄の底のような深い隈を目の下にこさえ、ささやかな殺害予告を繰り返し呟いている。

 当たり前だが、日奈子に殺しの経験はない。人を殴った経験もーーまぁ、幼少の頃に少々。性格はーーこんな感じだから穏やかではないのはわかると思う。とはいえ、そこまで気性の荒いタイプでもなかった。

 では何が日奈子をここまで怒らせたのか。それはーー

「あぁー! イライラするぅ!」

 思わず道の真ん中でそういってしまう。途端に周りを歩く通行人たちが何事かと驚くように振り返る。その表情はみなギョッとしており、この世の終末のような顔をした日奈子を大きく避けて足早に立ち去って行く。

 完全にヤバいヤツである。

 だが、当の日奈子にそんなことはお構いなし。日奈子は歩く。歩き続ける。

 許せない。そんなことばを残しつつ、怨霊のように街をさ迷い続ける。

 日奈子はそんな感じで、まるでニンニクまみれの体臭を振り撒いているように周りから避けられながら歩き続けた。

 それから三十分ほどして、日奈子は自室へと戻った。玄関扉のノブを回した。

 鍵が掛かっていた。

 日奈子は「あ?」と呟き、自分のバッグやら小物入れやら財布やらを探った。

 ない。

 鍵はない。

 しまった。鍵は室内に起きっぱなしだ。まったくツイてないことばかりでイラ立ちが止まらない。日奈子はダンダンと玄関扉を叩いた。その強さは回を重ねるごとに強くなる。

 日奈子は舌打ちし、足を持ち上げ、玄関扉を思い切り蹴ろうとした。その時だった。

「アンタ何やってんの?」

 強張った女の声が聴こえた。

「あぁッ!?」

 威圧的に日奈子は答えた。まったく、節操のない女だ。日奈子の視線の先にいたのは、

 女だった。

 髪をうしろで結んでおり、服装はカジュアル、というか部屋着。口に少し短くなったタバコを咥えていた。目は大きく、口は小さめ。手には某有名コンビニのビニール袋を持っている。袋は幾分の膨らみを持っていた。

「何処行ってたんだよ、あぁ?」何処までも柄の悪い化粧品の売り子である。

 が、そんな日奈子の対応に対して女は無邪気な笑みを浮かべていった。

「悪い悪い。アンタがあんなに怒るからさ、あたしも悪いと思って。それで、はい」女は手に持っていたビニール袋を差し出した。「買って来てあげたよ、プリン」

「え……?」

 日奈子の顔がパッと明るくなる。そう、日奈子の機嫌が悪かったのは、プリンのことでひと悶着あったからだった。

 このプリンを差し出して来た女は日奈子の姉で葉奈子。葉奈子と日奈子はひとつ違いの姉妹で、ひとつの部屋に同居しているのだが、姉である葉奈子が、日奈子のプリンを黙って食べてしまい、それで仕事から帰って来た日奈子が楽しみにしていたプリンを食べられていたことに気づき、こうなったワケだ。

 日奈子は一瞬やわらかになった顔を再び険しくし、

「そ、そんなことしても、わたしだって街中歩いて疲れてんだけど」

「ビールもあるよ」

「ありがとう、姉貴!」

「一緒に食べよ」

 日奈子は大きく頷いた。部屋の鍵を開け中に入った葉奈子に続いて、日奈子はウキウキ気分で部屋の中へ入っていった。

 この夜、日奈子は幸せそうな笑みを浮かべて、プリンとビールを楽しんだそうだ。

 ……プリンとビールって。
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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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