【冷たい墓石で鬼は泣く~漆~】

文字数 2,090文字

 冷たい雪は、足許を深く覆い、膝丈辺りまでを赤く染め上げさせた。

 寅三郎は凍えて赤くなった足を震える手で擦っている。いくら摩擦で暖かくしようと、その影響などたかが知れている。というか、このまま歩き続ければ足は凍傷になり、いずれは腐っていってしまうだろう。寅三郎の顔にはその恐怖を思わせる歪みが見える。

「大丈夫、ですか?」助蔵が訊ねる。

「えぇ……、ただ少し休まないと足も持ちそうにありません」寅三郎は武士とも思えないような弱々しい声色でいう。

「仕方ありません。少し、休みましょう。あっしも足が冷えてまともに動けないでしょうから。にしても、暗いですね……」

 寅三郎は頷く。ふたりは道中たまたま見つけた洞穴にて身を休めていた。

 が、真っ昼間にも関わらず、その暗さは夜の比じゃない。入り口近辺にて休息を取るのも悪くはなかったのだが、それでは外気や冷たい風の影響もあってまともな休息など取れそうもなかった。ならば、多少不便で、その闇の中に身を置いてでも僅かながらの暖を取るほうが冷えた身体にはずっと優しかったのはいうまでもないだろう。

「かたじけない、休んでばかりで……」申しワケなさそうに寅三郎はいう。

「いえ、この寒さでは体力は減っていく一方。無理もないです。それに日に一度は身体を休ませなければ、明日への活力は沸いては来ませんから。そこは仕方がないですよ」

「……そうですね」

 寅三郎は助蔵を見る。助蔵、どういうワケかその笠を取ることはしない。

「笠、取られないのですか?」

「え?」

「いえ、このような暗い洞穴の中で笠を被っては、余計に視界が悪いでしょうから」

 そういうと助蔵は笠で顔を隠すようにしてうつむく。何か思うことがあるようだった。助蔵は念仏堂にても笠を取ろうとしなかった。

 そう考えると、助蔵に何かしらの事情があるのは寅三郎にもわかってはいたはずだが、ここまで笠を取ろうとしないのは、逆に不自然。もしかしたら寅三郎に顔を見られてはいけない事情があるのかもしれない。

 しかし、何故。

 もし、世俗との関わりを避けるならば、ヤクザ連中に襲われた際に助けに入るなどということはせずに、見て見ぬ振りをして寅三郎との関わりを避けるに違いない。

 おそらく、助蔵の本質は悪ではなく、こころ優しさのある男に違いない。だが、ならばどうして顔を隠し続けるのか。可能性としていえることは、寅三郎と何処かで面識があり、かつその出来事が比較的うしろめたいモノであったことが想像出来る。

「あぁ、取りたくなければ大丈夫ですよ。アナタにも事情がおありだろうに、そこら辺を汲むことなく勝手なことを申してしまって……」

「……いえ、そもそもこのようにお主と関わりになろうとしたのはあっしがお声掛けしたからこそ。顔を晒さずというのは、さすがに不自然でしょう。ですが、よろしいのですか?」

「よろしい、とは……?」

「後悔はなさらないで下され、ということです」神妙に助蔵はいう。

 後悔。人の顔を見て後悔するというのは、それが相手に取って見たくない顔だったということになるだろう。だが、寅三郎にはそのような顔を見たくない相手はいなかった。

 だとしたら、あるいはーー

「……わかりました」寅三郎は答える。

 自ら無理はなさらずとはいったモノの、助蔵の覚悟を決めたようなモノいいに、寅三郎も引っ張られたのだろう。

 寅三郎が答えると、助蔵は「では……」と小さく呟きつつ、笠を取る。薄暗がりの中、ボンヤリと助蔵の顔が浮かび上がる。寅三郎は何とか声を上げることは堪えた。

 助蔵の顔は左半分が焼けただれていた。

 洞穴の暗さで、その顔の細かい部分まではよくわからなかったが、助蔵の顔半分は焼けただれ、左目は閉じられたまぶたに隠れていた。おぞましい姿。ことばは悪いかもしれないが、その顔からはことばではいい表せない、いい表し切れないような修羅場が連想される。

「これはかたじけない!」寅三郎は地面に手をついて謝る。「さような事情がおありとはまったく考えてもおらず、助蔵殿に無理強いをしてしまった。どうか許してくだされ!」

「いえ、いずれは話しておかなければならないことですから……」助蔵は笠を被り直す。

 次にうつむいたのは寅三郎だった。寅三郎は訊いてはいけないことを訊いてしまった背徳感からか、それ以上何をいうことも出来なくなってしまった。

「……ここ、クマの住みかとかではないといいですね」間を取り繕うように助蔵はいう。

 この洞穴がクマの住みかでないことは、ふたりともわかっていた。生活感がまったくない。クマの住みかならば、そこに子グマや子グマに与えたエサの残骸や何かが残っている。気まぐれで休息を取りに来ることはあるかもしれないが、少なくともこの何もない状況から見るに、クマが出ることはないだろう。

「出過ぎたことを訊くようですが……」助蔵はおもむろに口を開く。「先ほど仰られていたお主の弟、とやらについてお話して頂けませんか。もちろん、イヤでなければ、ですが……」

 寅三郎はふと助蔵を見、そして視線を逸らす。少しの沈黙を置き、寅三郎は口を開くーー

 【続く】
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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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