【シー・ユー・スーン】
文字数 3,043文字
「どうして、あんなことしたんだ!」
怒号が飛ぶ。鼓膜が破れたらどう責任取ってくれるのだろうと思ったが、無責任な学校のことだ。きっとしらばっくれるに違いない。
「先生方が仕事しないからですよ」
あたしがそういうと、まるで阿修羅の如く怖い顔をした学年主任が机を叩いて威圧的な声を上げた。あたしはため息をついていった。
「暴力や圧力を背景にすれば他人を屈服させられるなんて、ヤクザや大日本軍となんら変わらないですよ。教育者なのに、よくそんな品のない真似できますね」
あたしのひとことが学年主任を爆発させてしまったらしい。机越しにあたしに掴み掛かろうとしたが、あたしはそれを捌いて肘の関節を極め、学年主任を机に突っ伏させた。
「相手の腕も見極めずに手を出すのはおバカさんのやることですよ」
呻く学年主任にいった。そこで担任に互いに落ち着くよういわれ、一旦ブレイクすると、あたしは学年主任の腕をリリースし、残心を取りながら席についた。
学年主任も担任に諭されあたしをねめつけながらも今一度あたしの向かいに腰掛け、咳を払った。学年主任が何かいい出すのを制するように担任が先に口を開いた。
「武井。どういうことなんだ? どうしてあんなことをしたんだ?」
あたしはこれまでのことをすべて話した。八重が何者かによってイジワルされていたことと、その詳しい内容。犯人たちに呼び出され、リンチを掛けられそうになったこと。その犯人の名前。すべて打ち明けた。
「そうだったのか。でも、他の生徒を傷つける必要はなかったんじゃないか?」担任はいう。
「へぇ。先生は戦場にて話せばわかるといえば何とかなるとお思いなんですね。なら、この世の戦争はすべて解決すると思いますが」
「それは……、また別の話だろう」
「別ではないです。そこの学年主任と同じ、暴力を背景にこちらを脅して来た時点で中学生だろうが、国家だろうが関係ないです。いや、国家は流石にそんなことしないでしょうが、大した責任能力もない中学生なら、相手を傷つけることなんてどうってこともないんですよ」
担任は黙り込んでしまった。が、それに乗じたか如く学年主任は机をバンッと叩くと、
「そんな屁理屈が通用するか! 大体……」
あたしはカバンからビデオカメラを取り出した。学年主任が、何だそれはと圧を掛け、カメラに手を伸ばそうとしたが、あたしはその手を払ってやった。
「人の話は最後まで聴いたらどうです? いい大人なんですから」
そういうと、学年主任は不服そうに従った。あたしはカメラを操作し、八重が隠れて撮影した五村西公園での乱闘騒ぎをふたりに見せた。
ふたりともバツの悪そうな顔をしていた。腕を組む学年主任に、地面に向かって肩を落とす担任。ビデオが終わるとあたしはいった。
「これが真実です。あたしは姉のことで調査を続けていました。ですが、その結果暴力を奮われ掛けた。だから、応戦したそれまでです」
「だが、怪我した野球部の生徒はうちの主力メンバーで……」担任がいう。
「その主力メンバーが、後輩イジメ、同級生へのリンチの主力メンバーでもあることに対してはどうお考えですか? そんなことをしていることのほうが、マズイんじゃないですか?」
反論する度に黙る担任に、あたしは愛想を尽かしていた。それからも話は平行線で、あたしと八重が入れ替わっていたことや、体育の授業をサボっていたこと、何としてもマウントを取りたいとしか思えないような屁理屈ばかり並べ立てるので、あたしはーー
「いい加減現実を見たらどうなんですか? あなたたちに教育者としての価値はない。こんなイジメやリンチ未遂をなかったことにしようとする組織など教育する場として相応しくない。本来、被害者となり得たあたしや、最初に被害を受けた八重に手を差し伸べず、問題を隠蔽することばかりに注力するなんて、所詮、学校や教師なんてその程度なんでしょうね」
そういってあたしは会議室を出ていこうとした。学年主任が勢いよく立ち上がる。
「おいッ! まだ話はーー」
「終わりました。というより、話してても時間の無駄なので、これにて強制終了。出るとこに出て欲しくなければ、もう諦めることですね」
「貴様! わたしを脅すのか!?」
あたしは思わず笑ってしまった。
「そのことば、そのままお返ししますよ」
あたしは会議室を後にした。
その日、帰宅すると既に八重が部屋で待っていた。
「帰ってたんだ」あたしはいった。
「うん。部活は来週からでいいかなって」
「そっか」
「うん」沈黙が流れる。「怒られた?」
「まぁ。でも、大したことなかったよ。結局、問題を隠蔽したいだけなんだもん」
「そっか……。ありがとうね」
「別にいいよ。だって、あたしがやらなきゃ誰も助けられる人がいないんだしさ。みんな無責任なんだよ。いつもは人のことチヤホヤするクセに自分に火の粉が降りかかりそうになると途端に無関係を装うんだから」
「そうかもしれないね。でも、わたしもそういう人間なのかもしれない。これでもし愛がそういう立場になってたら、わたしは同じようにできなかったと思う」
「いいんだよ。その時は自分で何とかする」
「強いんだね、愛は」
「もう慣れちゃった」
「ううん、やっぱ強いよ」照れ臭くて何もいえない。「ーーわたし、わたしね。今回のことで思ったんだ」
「何?」
「あのね。わたし、本当に嬉しかったんだ。愛が助けてくれて。だから、わたしも、誰が苦しんでいたら、ちゃんと手を差し伸べてあげられる人になりたい。それに、自分達の都合のために悪いことを見過ごすのはダメだと思うんだ。だからーー」八重は口をつぐんだ。かと思いきや、「ううん、何でもない」
「え、何? 教えてよ」
「教えなーい」
「教えてよ!」
八重は微笑した。
「……いずれわかるかも」
「何それ。気になるじゃん!」
「いずれ教えるよ!」
こうして、あたしと八重の戦いは終わった。その後は八重に対する嫌がらせもなくなり、あたしたち姉妹に対する報復もなかった。
三年生になり両親が離婚すると、八重は母と共に引っ越していった。その後もあたしと八重は順調に学校生活を送り、八重も現在では川澄市で教員をやっている。
互いに未婚で彼氏なしというのは何とも皮肉な話だが、幸せの形というのはひとつではない。彼氏がいようが、旦那がいようが、不幸な人生は当たり前のようにある。
それに八重のこころが満ちているのなら、それでも全然構わない。というより、きっと彼女のこころは満ちているはずだ。
あたしが推測するに、あの時八重がいい掛けた答えというのは、多分、
「子供たちの味方でいられる先生になりたい」
だったのではないか。それは今の八重を見れば、きっとそうなのだろうと思える。
スマホが振動した。
メッセージが一件ーー八重からだった。
ーー愛、大丈夫なの?
唐突な話。あたしは「大丈夫って何が?」と返信した。すぐに返信が来る。
ーー何か胸騒ぎがしたから……。
思わず口許が弛む。まったく八重って子は。どっちが姉で妹なのかわからない。あたしは、
ーーうん、全然大丈夫。今ちょっと忙しいから手が離せないんだけど、それが終わったら、久しぶりにご飯でもどう?
と返した。間髪入れずに返信が来る。
ーーいいよ! 楽しみにしてるね!
あたしはスタンプを送り、スマホの電源を落とした。あと少し、頑張らないとな。
あたしは荷物を持って個室を後にした。
怒号が飛ぶ。鼓膜が破れたらどう責任取ってくれるのだろうと思ったが、無責任な学校のことだ。きっとしらばっくれるに違いない。
「先生方が仕事しないからですよ」
あたしがそういうと、まるで阿修羅の如く怖い顔をした学年主任が机を叩いて威圧的な声を上げた。あたしはため息をついていった。
「暴力や圧力を背景にすれば他人を屈服させられるなんて、ヤクザや大日本軍となんら変わらないですよ。教育者なのに、よくそんな品のない真似できますね」
あたしのひとことが学年主任を爆発させてしまったらしい。机越しにあたしに掴み掛かろうとしたが、あたしはそれを捌いて肘の関節を極め、学年主任を机に突っ伏させた。
「相手の腕も見極めずに手を出すのはおバカさんのやることですよ」
呻く学年主任にいった。そこで担任に互いに落ち着くよういわれ、一旦ブレイクすると、あたしは学年主任の腕をリリースし、残心を取りながら席についた。
学年主任も担任に諭されあたしをねめつけながらも今一度あたしの向かいに腰掛け、咳を払った。学年主任が何かいい出すのを制するように担任が先に口を開いた。
「武井。どういうことなんだ? どうしてあんなことをしたんだ?」
あたしはこれまでのことをすべて話した。八重が何者かによってイジワルされていたことと、その詳しい内容。犯人たちに呼び出され、リンチを掛けられそうになったこと。その犯人の名前。すべて打ち明けた。
「そうだったのか。でも、他の生徒を傷つける必要はなかったんじゃないか?」担任はいう。
「へぇ。先生は戦場にて話せばわかるといえば何とかなるとお思いなんですね。なら、この世の戦争はすべて解決すると思いますが」
「それは……、また別の話だろう」
「別ではないです。そこの学年主任と同じ、暴力を背景にこちらを脅して来た時点で中学生だろうが、国家だろうが関係ないです。いや、国家は流石にそんなことしないでしょうが、大した責任能力もない中学生なら、相手を傷つけることなんてどうってこともないんですよ」
担任は黙り込んでしまった。が、それに乗じたか如く学年主任は机をバンッと叩くと、
「そんな屁理屈が通用するか! 大体……」
あたしはカバンからビデオカメラを取り出した。学年主任が、何だそれはと圧を掛け、カメラに手を伸ばそうとしたが、あたしはその手を払ってやった。
「人の話は最後まで聴いたらどうです? いい大人なんですから」
そういうと、学年主任は不服そうに従った。あたしはカメラを操作し、八重が隠れて撮影した五村西公園での乱闘騒ぎをふたりに見せた。
ふたりともバツの悪そうな顔をしていた。腕を組む学年主任に、地面に向かって肩を落とす担任。ビデオが終わるとあたしはいった。
「これが真実です。あたしは姉のことで調査を続けていました。ですが、その結果暴力を奮われ掛けた。だから、応戦したそれまでです」
「だが、怪我した野球部の生徒はうちの主力メンバーで……」担任がいう。
「その主力メンバーが、後輩イジメ、同級生へのリンチの主力メンバーでもあることに対してはどうお考えですか? そんなことをしていることのほうが、マズイんじゃないですか?」
反論する度に黙る担任に、あたしは愛想を尽かしていた。それからも話は平行線で、あたしと八重が入れ替わっていたことや、体育の授業をサボっていたこと、何としてもマウントを取りたいとしか思えないような屁理屈ばかり並べ立てるので、あたしはーー
「いい加減現実を見たらどうなんですか? あなたたちに教育者としての価値はない。こんなイジメやリンチ未遂をなかったことにしようとする組織など教育する場として相応しくない。本来、被害者となり得たあたしや、最初に被害を受けた八重に手を差し伸べず、問題を隠蔽することばかりに注力するなんて、所詮、学校や教師なんてその程度なんでしょうね」
そういってあたしは会議室を出ていこうとした。学年主任が勢いよく立ち上がる。
「おいッ! まだ話はーー」
「終わりました。というより、話してても時間の無駄なので、これにて強制終了。出るとこに出て欲しくなければ、もう諦めることですね」
「貴様! わたしを脅すのか!?」
あたしは思わず笑ってしまった。
「そのことば、そのままお返ししますよ」
あたしは会議室を後にした。
その日、帰宅すると既に八重が部屋で待っていた。
「帰ってたんだ」あたしはいった。
「うん。部活は来週からでいいかなって」
「そっか」
「うん」沈黙が流れる。「怒られた?」
「まぁ。でも、大したことなかったよ。結局、問題を隠蔽したいだけなんだもん」
「そっか……。ありがとうね」
「別にいいよ。だって、あたしがやらなきゃ誰も助けられる人がいないんだしさ。みんな無責任なんだよ。いつもは人のことチヤホヤするクセに自分に火の粉が降りかかりそうになると途端に無関係を装うんだから」
「そうかもしれないね。でも、わたしもそういう人間なのかもしれない。これでもし愛がそういう立場になってたら、わたしは同じようにできなかったと思う」
「いいんだよ。その時は自分で何とかする」
「強いんだね、愛は」
「もう慣れちゃった」
「ううん、やっぱ強いよ」照れ臭くて何もいえない。「ーーわたし、わたしね。今回のことで思ったんだ」
「何?」
「あのね。わたし、本当に嬉しかったんだ。愛が助けてくれて。だから、わたしも、誰が苦しんでいたら、ちゃんと手を差し伸べてあげられる人になりたい。それに、自分達の都合のために悪いことを見過ごすのはダメだと思うんだ。だからーー」八重は口をつぐんだ。かと思いきや、「ううん、何でもない」
「え、何? 教えてよ」
「教えなーい」
「教えてよ!」
八重は微笑した。
「……いずれわかるかも」
「何それ。気になるじゃん!」
「いずれ教えるよ!」
こうして、あたしと八重の戦いは終わった。その後は八重に対する嫌がらせもなくなり、あたしたち姉妹に対する報復もなかった。
三年生になり両親が離婚すると、八重は母と共に引っ越していった。その後もあたしと八重は順調に学校生活を送り、八重も現在では川澄市で教員をやっている。
互いに未婚で彼氏なしというのは何とも皮肉な話だが、幸せの形というのはひとつではない。彼氏がいようが、旦那がいようが、不幸な人生は当たり前のようにある。
それに八重のこころが満ちているのなら、それでも全然構わない。というより、きっと彼女のこころは満ちているはずだ。
あたしが推測するに、あの時八重がいい掛けた答えというのは、多分、
「子供たちの味方でいられる先生になりたい」
だったのではないか。それは今の八重を見れば、きっとそうなのだろうと思える。
スマホが振動した。
メッセージが一件ーー八重からだった。
ーー愛、大丈夫なの?
唐突な話。あたしは「大丈夫って何が?」と返信した。すぐに返信が来る。
ーー何か胸騒ぎがしたから……。
思わず口許が弛む。まったく八重って子は。どっちが姉で妹なのかわからない。あたしは、
ーーうん、全然大丈夫。今ちょっと忙しいから手が離せないんだけど、それが終わったら、久しぶりにご飯でもどう?
と返した。間髪入れずに返信が来る。
ーーいいよ! 楽しみにしてるね!
あたしはスタンプを送り、スマホの電源を落とした。あと少し、頑張らないとな。
あたしは荷物を持って個室を後にした。