【西陽の当たる地獄花~拾~】

文字数 2,761文字

 まさに地獄絵図と呼べるような絵面だった。

 もちろん、ここは極楽であって地獄ではない。だが、今、牛馬や鬼水が目にしているその光景は地獄そのものだったといっていい。

 鬼水は思わず顔を叛けるーーいや、叛けたのは鬼水だけではない。他のメンツもみな、顔を叛けるーー牛馬と神を除いて。

 神は目の前の光景を見て指を差してバカ笑いしている。対する牛馬は無機物を眺めるように死んだような目をして、目の前に広がる光景をただただ眺めている。

 一行のいる部屋の入り口には、年期の入った木の看板に、ただひとこと達筆な字で『快楽部屋』と書かれている。

 が、そこには『快楽』とは程遠いような光景が広がっている。

 陽の当たらない真っ暗な部屋は蝋燭の微かな灯りしかなく、床は石を敷き詰めた冷たく無機質なモノとなっている。室内は汗が腐敗したようなすえたにおいが広がっており、一行の中の何人かは顔を叛けつつ、鼻を被って悪臭を堪え忍んでいる。

「これが快楽か……」

 あの牛馬がそういって絶句する。その顔には笑みはなく、どこか憐憫さを漂わせている。だが、神は相変わらず狂ったように笑って、

「そうじゃ。こやつらが朕の与える快楽の奴隷。『神の寵愛を受けし陽の当たらぬ畜生たち』。まぁ、それに比べたら、主は『西陽の当たる地獄花』とでもいうべきかな」

 神のことばに、牛馬は神を流し目で見詰め、

「『西陽の当たる地獄花』か……」

「主には悪くないふたつ名だろう。まぁ、主は地獄花のように美しいとはいえぬが、なーーそれよりも、見てくれたまえ」

 そういって神は薄闇で蠢く何かを指差す。

 蠢く何かーーそれは素っ裸にされ四つん這いになって歩行する人間だった。

 素っ裸で四つん這いになった人間たちーーそれは男女ともにおり、みな、右足には枷が繋がれている。また、手足の指はすべて切断されており、喉を潰されているのか、どの者もまともなことばを発せずにいる。また身体中には青、またはドス黒いアザがいくつも沈殿している。

 もちろん、それは極楽人ではあるが、それも神に目をつけられる前までのことだ。みな、神の怒りを買いーー或いは神の殊更のお気に入りとなって、収集されてしまった者たちだ。

 その中には、先ほどの食堂から連れ去られた女中と中級極楽人の姿もある。

 ふたりとも素っ裸。暗くて確かにはわからなかったが、良く見ると手足と男の股間は手拭いのようなモノをあてがわれている。そしてその手拭いにはドス黒い血の痕。既に手足の指は切除され、男のほうは性器までもを切除されているようだった。女のほうの性器は血は滲んでいるものの、手拭いはあてがわれてはいない。その代わりに性器を鉄の釘で塞がれている。

「何で男は切られて、女は塞がれているんだ?」牛馬は顔を歪めつつ神に訊ねる。

 神は大笑いしながら、

「飼っている獣が勝手な交尾をして子供を産ませないようにするためだ。主も知っておろう。所謂『去勢』というヤツじゃよ」

 牛馬は改めて先ほど連れ去られた女中と中級役人の手足と性器を眺める。何とも非人道的な諸行に、牛馬もことばを失っている。

 尤も、これを命じたのは『人間』ではなく、『神』であるのだから、『人道』に反していようが、『人非人』とはいえないが。

「まるで畜生だな……」牛馬のひとことに信じられないといわんばかりの表情を浮かべる閻魔の遣いと中級役人たち。「コイツらを飼っているのはすべて神であるアンタなのか?」

 アンタ、ということばに場の空気は凍りつき、緊張が走るが、神はそんなことは気にしていないといわんばかりに、

「そうだ。朕の飼っている獣、畜生だ。まぁ、このような畜生を買うのは極楽じゃ、朕以下、上級極楽人にしか許されておらぬ」

「てことは、ここにいる中級の役人、極楽人には許されていないということか」

「その通り。何故なら、朕や上級極楽人のような支配者階級の者たちは、政という名目であちらの世とこちらの世の人を『飼っている』のだ。ならば、このように人を愛玩として飼ったところで何の問題もないだろう」

 そういって再びバカ笑いする神を見て、ひとりの中級役人が思わず嘔吐する。これまでの凄惨で冷酷な光景ですら耐え難いモノであったのに、そこに更なる醜いモノを見せつけられたことで耐え難くなってしまったのだろう。

 が、この嘔吐で神は一気に表情を歪める。嘔吐した中級役人は吐き出したモノを詰め込むようにして弁解しようとするが、ことばはことばにならず、弁解にもなっていない。

「何を戻しておる。朕の楽しみにたいしてそのような反吐を吐き散らすとは許せぬ。おい、この者も仲間に加えてやれ!」

 神がいうと、嘔吐した中級役人はすぐさま跪き、額を床に擦り付ける。が、神の機嫌が良くなることはなく、

「誰もこのモノを押さえようとしないというのなら、ここにいるモノすべてを快楽部屋の獣にしてしまうぞよ!」

 そういうと、他の中級役人及び、閻魔の遣いたちは、嘔吐した中級役人にのし掛かるようにして押さえつける。嘔吐した中級役人の悲鳴が室内に響き渡る。神は牛馬を見、

「主に面白いモノを見せようーー切除の瞬間だ」

 牛馬は何もいわず、神を見る。その視線には醜悪なモノを見るような蔑んだ趣がある。

「どうした、流石に刺激が強すぎたかのぉ」神はそういって部屋の奥に向かって、「おい、快楽ハサミを持ってくるのだ!」

 神がいうと、奥から全身白装束の、目元を隠した者が『快楽ハサミ』を手に現れる。白装束は神に快楽ハサミを渡すと、神は嘔吐した中級役人を押さえている者たちに、

「その者の服を剥ぐのだ」そうはいっても、周りの者は呆然とするばかり。「早くしろ!」

 周りは急いで中級役人の衣服を剥ぎに掛かる。悲鳴と嗚咽が室内に響く。

 牛馬は神の手に握られた『快楽ハサミ』に目をやる。快楽ハサミは刃の部分が非常に長く、片方の刃の側面には丸みを帯びた長方形の枠が付いている。

「その横についている枠は何だ?」牛馬。

「これか。これはーー」

 そういって神は、ハサミの側面についた枠を弄って見せる。どうもこの枠は可変型らしく、幅を広めたり細めたり、また円形、四角形と自由に変形することができるとのこと。

「そして、この持ち手は金槌にもなるように先端に硬い鋼が付いている。これにて釘を打つのだ。さて、百聞は一見に如かず。早速試してみようではないか」

 泣き叫ぶ中級役人とそれを取り押さえる者たち。神は中級役人の指を可変型の枠で強く挟み、ヨダレを滴ながら下品な笑みを浮かべる。そして神が役人の指をすべて切り落とそうとした、その時ーー

「畜生ってのは、テメェのことじゃねえのか?」

 神がその声に振り返ると、牛馬が冷ややかな目で自分を見ていることに気づく。

「……あ?」神は静かに声を荒げたーー

 【続く】
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み