【藪医者放浪記~伍拾漆~】
文字数 1,091文字
思わぬ提案に猿田も寅三郎も唖然とした。
リューという男が藤十郎と決闘するのはまだわかるだろう。だが、そこに猿田と寅三郎が介入する理由はない。猿田と寅三郎は互いに視線を交わせて困惑している。
猿田にとって目の前にいる男は、九十九街道にて倒した『牛馬』という男とうりふたつ。同じ日に同じ顔と対決し、下手したら同じ顔を倒さなければならないというのは不思議な話ではあるが、出来ることならそんな風にはしたくはないだろう。
そもそも、あの牛馬の兄弟ともなれば刀の腕も大したモノに違いない。いくら猿田のような腕前を持っていたとしても、流れ者でありながら達人ほどの腕前を持っていた牛馬と同じ腕前の人間と殆ど連続で戦えば、体力の消耗具合から考えても勝てる見込みは薄い。
対する寅三郎は藤十郎の命という以外でいえば、猿田と戦う理由はまったくない。むしろ、九十九街道にて助太刀して貰った立場であるが故に恩人に弓を向けることとなり、武士としてはこれほどまで仁義にそむく話はないだろう。
「本当に、やるのでありますか?」
寅三郎も思わず訊ねた。だが、藤十郎の表情は怒りに満ち満ちていた。もはやその熱を冷ますことは容易ではないだろう。その証拠に藤十郎からの答えはーー
「当たり前だッ!」
という非情なモノだった。これには流石に寅三郎も困り果ててしまい、尚もその突破口を探すかの如くーー
「真剣でやらなければ、ならないのですかね?」
「当たり前だ! 他に何でやる!」
「いえ、その......。源之助様は我々を助けて下さった恩人でありますから、その方と刀で切り合うというのは......」
「わたしのいうことが聞けないのか!?」
「おことばですが、わたしも武士のはしくれです! 主である藤十郎様のいうことに従うのはもっとも! ですが、命を助けて下さった源之助様に弓を引くのもまた憚られます! そもそもそんな川越、松平家の従者をさような理由で切るようなことをすれば、武田家の評判にも関わります! ここはどうにか」
「なるほど、寅三郎のいい分もわからないではないな。では、真剣でなくとも良い。木刀で充分だ!」
結局は戦わなければならないという、藤十郎のことばに、寅三郎は落胆するしかなかった。だが、猿田はいった。
「わかりました、やりましょう」
この答えは寅三郎には意外だったようで、大きな目を見開いて猿田を見た。
「いいのでございますか?」
「まぁ、木刀ならば当たりどころさえ間違えなければ死ぬことはありませんから。それに、自分も寅三郎様とお手会わせしてみたいとは思っていたモノですから」
猿田の表情は何処か楽しそうだった。
【続く】
リューという男が藤十郎と決闘するのはまだわかるだろう。だが、そこに猿田と寅三郎が介入する理由はない。猿田と寅三郎は互いに視線を交わせて困惑している。
猿田にとって目の前にいる男は、九十九街道にて倒した『牛馬』という男とうりふたつ。同じ日に同じ顔と対決し、下手したら同じ顔を倒さなければならないというのは不思議な話ではあるが、出来ることならそんな風にはしたくはないだろう。
そもそも、あの牛馬の兄弟ともなれば刀の腕も大したモノに違いない。いくら猿田のような腕前を持っていたとしても、流れ者でありながら達人ほどの腕前を持っていた牛馬と同じ腕前の人間と殆ど連続で戦えば、体力の消耗具合から考えても勝てる見込みは薄い。
対する寅三郎は藤十郎の命という以外でいえば、猿田と戦う理由はまったくない。むしろ、九十九街道にて助太刀して貰った立場であるが故に恩人に弓を向けることとなり、武士としてはこれほどまで仁義にそむく話はないだろう。
「本当に、やるのでありますか?」
寅三郎も思わず訊ねた。だが、藤十郎の表情は怒りに満ち満ちていた。もはやその熱を冷ますことは容易ではないだろう。その証拠に藤十郎からの答えはーー
「当たり前だッ!」
という非情なモノだった。これには流石に寅三郎も困り果ててしまい、尚もその突破口を探すかの如くーー
「真剣でやらなければ、ならないのですかね?」
「当たり前だ! 他に何でやる!」
「いえ、その......。源之助様は我々を助けて下さった恩人でありますから、その方と刀で切り合うというのは......」
「わたしのいうことが聞けないのか!?」
「おことばですが、わたしも武士のはしくれです! 主である藤十郎様のいうことに従うのはもっとも! ですが、命を助けて下さった源之助様に弓を引くのもまた憚られます! そもそもそんな川越、松平家の従者をさような理由で切るようなことをすれば、武田家の評判にも関わります! ここはどうにか」
「なるほど、寅三郎のいい分もわからないではないな。では、真剣でなくとも良い。木刀で充分だ!」
結局は戦わなければならないという、藤十郎のことばに、寅三郎は落胆するしかなかった。だが、猿田はいった。
「わかりました、やりましょう」
この答えは寅三郎には意外だったようで、大きな目を見開いて猿田を見た。
「いいのでございますか?」
「まぁ、木刀ならば当たりどころさえ間違えなければ死ぬことはありませんから。それに、自分も寅三郎様とお手会わせしてみたいとは思っていたモノですから」
猿田の表情は何処か楽しそうだった。
【続く】