【ナナフシギ~弐拾伍~】
文字数 1,103文字
空気が若干弛んだようだった。
分かれていたはずの弓永が現れたことは、確実に場の空気を変化させた。
「弓永くんッ!」エミリは弓永のほうへと駆け寄る。「無事だったんだ!」
「もちろんだよ」弓永は朗らかな笑みを浮かべる。「そっちも無事だったんだ」
「うん。一階は調べ終わったの?」
「終わったよ。そっちはまだみたいだね。手伝うよ」
「ありがとう。......でも森永くんは? 一緒じゃないの?」
そう、森永の姿が見えなかった。そもそも弓永は森永と共に一階を調べていたはずだ。にも関わらず、そこにいるのは弓永ひとりだけ。森永の姿はなく、声も聴こえない。弓永は爽やかに笑った。
「いや、森永は今トイレだよ。何か、ずっとガマンしてたんだって」
「そうだったんだ。でも、よくこんなところでトイレする気になったよね」
エミリの表情にも笑顔が増える。だが、祐太朗の顔は険しい。確かに弓永とはそこまで仲がいいとはいえないが、今の祐太朗はまるで弓永に対して不快感というか警戒心のようなモノを抱いているようだった。
「うん。でもトイレは誰だってーー」
突然、弓永は身体を前に折った。腹を押さえて咳き込んでいる。かなり苦しそうだ。エミリは叫んだ。
「祐太朗くん! 何するの!?」
弓永が突然身体を折ったのは、祐太朗が弓永の腹を思い切り殴ったからだった。祐太朗の表情は死んだように無機質だった。エミリのことばに応えることなく、そのまま弓永に一撃蹴りを入れる。弓永は祐太朗の蹴りを顔面で受け、そのままその場にて転げ回りながら悲鳴を上げた。
「止めて! 弓永くんが可哀想だよ!」祐太朗の腕にすがるエミリ。「祐太朗くん変だよ! 急にどうしちゃったっていうの?」
「テメエ、こんなところで何してんだよ」漸く発された祐太朗の声は非常に冷たいモノだった。「石川先生は見つかったのか。鮫島は? 清水は?」
矢次はやに弓永に質問を浴びせ掛ける祐太朗。確かに問題なのは、姿を消した鮫島と清水、そして石川先生の行方である。当然、ここに弓永がいるということは、三人の所在は依然として不明ということになる。
「......そういえば」エミリは呟き、弓永に訊ねる。「みんな見つからなかった感じ?」
「あぁ、うん」弓永は体勢を直しつつ、やや苦しそうにいう。「みんな、見つからなかったよ......」
「そうか......」祐太朗は意味深にいう。「ところでひとつ訊きたいんだけど」
そういう祐太朗の顔が強張っていた。さっきまで喜びと安堵に満ちていたエミリの表情に不安が宿っている。弓永は大きく呼吸しながら、「何?」と訊ね返した。祐太朗は少し沈黙した後に口を開いた。
「お前、誰だ?」
【続く】
分かれていたはずの弓永が現れたことは、確実に場の空気を変化させた。
「弓永くんッ!」エミリは弓永のほうへと駆け寄る。「無事だったんだ!」
「もちろんだよ」弓永は朗らかな笑みを浮かべる。「そっちも無事だったんだ」
「うん。一階は調べ終わったの?」
「終わったよ。そっちはまだみたいだね。手伝うよ」
「ありがとう。......でも森永くんは? 一緒じゃないの?」
そう、森永の姿が見えなかった。そもそも弓永は森永と共に一階を調べていたはずだ。にも関わらず、そこにいるのは弓永ひとりだけ。森永の姿はなく、声も聴こえない。弓永は爽やかに笑った。
「いや、森永は今トイレだよ。何か、ずっとガマンしてたんだって」
「そうだったんだ。でも、よくこんなところでトイレする気になったよね」
エミリの表情にも笑顔が増える。だが、祐太朗の顔は険しい。確かに弓永とはそこまで仲がいいとはいえないが、今の祐太朗はまるで弓永に対して不快感というか警戒心のようなモノを抱いているようだった。
「うん。でもトイレは誰だってーー」
突然、弓永は身体を前に折った。腹を押さえて咳き込んでいる。かなり苦しそうだ。エミリは叫んだ。
「祐太朗くん! 何するの!?」
弓永が突然身体を折ったのは、祐太朗が弓永の腹を思い切り殴ったからだった。祐太朗の表情は死んだように無機質だった。エミリのことばに応えることなく、そのまま弓永に一撃蹴りを入れる。弓永は祐太朗の蹴りを顔面で受け、そのままその場にて転げ回りながら悲鳴を上げた。
「止めて! 弓永くんが可哀想だよ!」祐太朗の腕にすがるエミリ。「祐太朗くん変だよ! 急にどうしちゃったっていうの?」
「テメエ、こんなところで何してんだよ」漸く発された祐太朗の声は非常に冷たいモノだった。「石川先生は見つかったのか。鮫島は? 清水は?」
矢次はやに弓永に質問を浴びせ掛ける祐太朗。確かに問題なのは、姿を消した鮫島と清水、そして石川先生の行方である。当然、ここに弓永がいるということは、三人の所在は依然として不明ということになる。
「......そういえば」エミリは呟き、弓永に訊ねる。「みんな見つからなかった感じ?」
「あぁ、うん」弓永は体勢を直しつつ、やや苦しそうにいう。「みんな、見つからなかったよ......」
「そうか......」祐太朗は意味深にいう。「ところでひとつ訊きたいんだけど」
そういう祐太朗の顔が強張っていた。さっきまで喜びと安堵に満ちていたエミリの表情に不安が宿っている。弓永は大きく呼吸しながら、「何?」と訊ね返した。祐太朗は少し沈黙した後に口を開いた。
「お前、誰だ?」
【続く】