【新年浮遊~四~】

文字数 1,644文字

 クライアントは予定より三時間ほど遅れて現場に着いた。

 クライアントはふたり。結構年の行った男と女。男は170センチないくらいでやけにもっさりとした茶色のダウンジャケットにくたびれたジーンズ姿。髪は白くうしろに撫で付けている。女は小柄で髪は黒の短髪。ミルク色のコートに黒の長ズボン。ふたりに共通しているのは、ともに顔が薄いということ。そして良く似ている。垂れ下がった細い目に縁の上がった口許はふたりをいい人と思わせるには充分だった。多分、いい人と辞書で引いたら凡例で出てきそうだ。

 祐太朗はふたりを見て戸惑った。基本、クライアントの情報は背面観察ーー祐太朗にとってはめぐみーーが握っているのだが、背面観察は恨めし屋にはその手の情報は渡すことはない。

「本日はお世話になります」男と女は揃ってお辞儀した。

 祐太朗も思わず合わせてお辞儀する。大抵、この手の稼業に依頼を持ち込んでくる連中といえば、何かしら人間性に問題があるか、こころにキズを持っていてまともな会話にならなかったりするのだが、このふたりは明らかに違った。

「それで、依頼のことなんですがーー」

 男が切り出そうとしたところを、祐太朗は遮る。こんなところで大っぴらにそんな話をされるのは、あまりよろしくはない。

 祐太朗はふたりを伴って、近くのファミリーレストランに入った。店内は結構人がいたが、逆に喧騒のお陰で話もいい感じに掻き消されるだろう。祐太朗は店員に席の空き状況を確認し、店の端のテーブルに座った。

 祐太朗はまず第一に、ふたりにあまり声は出さないように告げた。これはなるべく話を大っぴらにしたくないからだ。ならば、はじめから家に連れていけばいいとも思われるだろうが、詩織が感染力の強いウイルスに冒されていることもあって、それが出来ない状況であるから、それは仕方なかった。それに、何よりいくら物騒な話でも、こんな現実感のない話をまともに信じる者は早々いない。

 祐太朗の視線にめぐみが映った。すぐとなりのテーブルにひとりで座った。

「それであの、依頼のことなんですが」男のほうがいう。「わたしたちの娘のことなんです」

 わたしたちの娘。すなわちふたりは夫婦ということになる。祐太朗は相槌を打ちながら深く納得して見せると、男は財布を取り出し、中から一枚の写真を取り出して祐太朗のほうへと滑らせた。祐太朗は目を見開いた。

 写真に写っていたのは、サチコだった。

「サチコ......ッ?」

「え?」夫婦は驚き、妻のほうが訊ねる。「サチコをご存知なのですか?」

 祐太朗はサチコとの関係を話した。夫婦ーーサチコの両親は目に涙を浮かべながら祐太朗の話を聴いていた。そして、今回の依頼と経緯について話し出した。

 サチコはやはり無職だった。ただ、それも職場での人間関係の拗れから精神を病み、栃木の実家にて療養していたからだった。サチコは躁鬱だった。時に深く沈み、時に激しく爆発した。だが、精神を深く病んでいる者の気持ちなど、健全な精神の持ち主にはわからない。それもあって、両親はサチコに早く働くように促したり、お見合いをするよう急かした。が、それが何よりもサチコには重荷だったようだ。実家での療養を始めて半年、サチコはーー

 両親は泣きじゃくっていた。祐太朗は寂しげな表情を浮かべた。

「サチコが亡くなったのは......?」

「二ヶ月ほど前です......、ちょうど四十九日を過ぎたところでオタクさんのことを知りまして、それでどうしてもサチコに謝りたくて......!」

「そうでしたか......」祐太朗は口をきゅっと結び、それからいう。「最後の最後、サチコは楽しそうでしたよ。きっと、オヤジさんもおふくろさんのことも恨んではいないはずです。だから、そんなに落ち込まないで下さい」

 サチコの楽しそうに笑う顔が浮かぶ。あの瞬間、確かにサチコは幸せそうだった。しかし、どうして霊魂となって、突然に祐太朗のもとへ現れたのか。

 めぐみ、祐太朗は駅のほうを見た。

 【終】
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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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